【9】
毎年、デネボラとレグルスは屋敷内でミラの為に誕生会を開く。
この日ばかりは、豪華な料理も甘いデザートも全てデネボラが用意をしてくれる。
「ミラ、大丈夫?」
左にデネボラ。
「ミラ、俺に身体を預けろ」
右にレグルス。
しっかり両側から腕を身体を腰を支えられ、何とか歩く事が出来る状態だ。
慣れないハイヒール。それだけでもふら付くのに、ミラは真っ直ぐ立っている事も困難なほど。
「も、申し訳…――」
「いいのよ。むしろ、私に寄りかかりなさい」
あまりの情けなさに、潤ませた瞳でミラはデネボラを見上げる。
「あら、その表情、可愛いわ」
「ミラ!デネボラを見るな!見るなら俺にしろ!」
「嫌ね。そういう独占欲丸出しなのって」
「煩い!デボネラ!」
ミラは素直にレグルスを見上げる。
「レ、――っ!!」
額にキスが降りてきて、心臓が止まりそうになる。
「おや、私の紅き双星は相変わらずミラに夢中なんだね」
ミラ達は声の方へと顔を向ける。
そこには、この国の国王が柔和な笑みを浮かべて、この部屋に入って来た。
「アルファルド!」
真っ先にデネボラが駆け寄り、国王に抱き付いた。
「見て!私のミラを!可愛く仕上がったでしょう!」
「ああ、とても」
そして、レグルスは――。
「来なくてもいいものを、アルファルド」
「私にとってレグルスは家族なのだから、私の家族としてミラを祝いに来たのだ」
「………」
「もう、ミラは16になったのだから、解禁だろう」
アルファルドは笑顔を見せ「初めまして、ミラ。誕生日おめでとう」と言い、「あ、それと婚約おめでとうも言った方がいいのかな?」と、付け加える。
初めてアルファルドを前にしてミラは緊張しながらも、頬を真っ赤に染め、ゆっくりと頭を下げ、礼を取る。
一国の王がたった一人でこのレグルスの屋敷に来るなんて事は今までに無かった。
「そんなに硬くならないでいいよ」と若き王は気さくな態度で接してくれる。
「レグルス、デネボラ。どうかしたか?」
つい先ほどから、固まっていた二人は“しまった!!”という同じ表情をしている。
「わ、私まだ、ミラに“おめでとう”って言ってない…」
普段表情を変えないレグルスでさえ、片手を額に当て俯く。
「では、私が一番乗りだね」
とアルファルドは満面の笑顔だ。
国王を目の前にして緊張いつつもミラは、知らず知らずじーっとアルファルドを見入ってしまう。
「誕生日おめでとう」は、デネボラとレグルスからプレゼントと共に貰っている。
だから、二人以外の人から言われたのは、この10年間で初めてで――。
そんな初々しいミラをアルファルドは愛らしいと思う。
デネボラ達が盲目的に溺愛し、閉じ込めてしまうのも頷ける。
何よりも、あの深青色の瞳は神秘的だ。
「見るな!」
アルファルドとミラの間にレグルスは身を割り込ませる。
今にも焼け付きそうなほどの紅い目でアルファルドを睨みつける。
「見るな!」
そして、レグルスはミラと向き合い、命令する。
「誰も、見るな!見るのは、俺だけにしろ!」
あきらかな嫉妬。端から見ていて呆れるほどのヤキモチ。
「はい、レグルス様を見ます」とミラは意味が解ってない様子で、その深青色の瞳にレグルスだけを映す。
ミラが16になれば、成人だと、婚姻も可能だと、そうすれば、誰のものにもならないと教えたのはアルファルド自身だ。
そして10年間、誰の目にも晒す事無く、自分以外の者と会わせる事無く、半ばこの屋敷はミラにとって鳥籠であった。
まさか、それを実行するとは思ってもみなかったが…。
「レグルス!!ミラを束縛しないで!!」
「………」
「嫌われても、知らないわよ!!」
「…、……」
レグルスは、誰にも聞こえないほどの小さな声で「それは、困る」と呟いた。
ミラの16回目の誕生会はささやかであったけれど、16年間生きてきた中で最高のひと時だった。
たくさんのプレゼントに埋もれ、美味しいご馳走をお腹一杯に食べる。
家族を失って一人ぼっちになってしまったミラをここまで良くしてくれている事に感謝の言葉しか出てこない。
それ以上に妻にと家族にと望まれ、ミラは幸せを噛み締める。
そして、翌日。
リゲル国王アルファルドの名の元に、宮廷魔術師長レグルスの婚約成立が告知された。