【8】
そして、デネボラはミラに化粧をし、宝飾品で飾り、仕上げにかかる。
「ミラは私の事、好き?」
「す、好きです!!」
いきなり問われた質問に、素直にミラは答えてしまう。
「レグルスの事は?」
「………」
今朝、食堂で「好き」と、たどたどしくも答えている。
なのに、今は言葉にする勇気が無い。
「嫌い?」
「………」
「私と一緒に王宮へ行く?」
「行きません!いえ、行けません!」
ここで、一生を終えて――レグルス様のお傍で生涯を終えると決めている。
レグルスを愛している。
しかし、愛されていても、妻にと望まれても、ミラは応える事が出来ない。
「ミラ?」
デネボラは優しく、姉のように妹を見守る眼差しで問いかける。
「私は、老いて死ぬのです」
「誰でも、そうだわ」
「いいえ。デネボラ様やレグルス様に比べたら、私の存在など…」
「私にとってミラは大切な人よ」
「でも、ずっと、一緒に居たいのです。デネボラ様とレグルス様とずっと、一緒に…」
「嬉しいわ。私もミラとは、これからも一緒に居たい」
「それは、叶わぬ願いなのです。実際に、私は――」
愛する人と、ずっと一緒に居たい。
それは誰もが願う、とても単純で解り易い望み。
それ故に、ミラはすぐに答えを見つけてしまう。
魔人と人間の寿命の長さに。
一時、人間であるミラは妻にした所で、ミラの一生は魔人から見れば僅かな時間。
永く傍に居たくても、不可能なのだ。
実際に、私は――ミラは老いた姿だ。
きっと、妻となっても、ならなくても、私はこんな風に年を取り、老婆になる。
なのにレグルス様は今と変わらず、永遠に近い時間を生きていく。
私は手に入らないものを欲している。
それは、永遠の夢。
または、刹那の幻。
「レグルスの事を、愛しているのね」
「デ、デネボラ様っ!!」
「レグルスは、ミラを愛しているわ」
「そうよね」とデネボラは悪戯な目をドアに向ける。
そこには、ドアに背を預け腕を組みこちらの様子を監視するような目で、黒い服を身に纏ったレグルスが立っている。
急いで、着替えて来たのだろうか。
まだ濡れている髪から雫が落ちているのに気付き、ミラはクローゼットの中からタオルを一枚取り出し、レグルスの前に行く。
レグルスは何も言わず屈むと、ミラはタオルでレグルスの髪を丁寧に拭き始める。
そんな二人の様子をデネボラは少し呆れ、微笑ましくも見守る。
拭き終わるとレグルスはミラの両手首を取り「痛みは?」と訊かれる。
ミラは意味が解らず、首を傾げただけ。
レグルスは、ミラの左右の手のひらにキスを2回落とす。
赤く擦り剥けていた手のひらの皮が元通りになっていく。
「レグルス様!?」
「俺は、ミラを愛している」
「!!」
「何度でも言おう。お前が信じてくれるまで」
躊躇いがちに手を伸ばすレグルスにミラもレグルスの背に腕を回そうとする。
お互いがお互いを大切過ぎて、少しでも力を入れると壊れてしまうのでは――最悪、目の前から消えていなくなってしまうのではと不安に満ちた目で見詰め合う。
「レグルス様、私が死ぬまで私を傍に置いて頂けますか?」
「約束しよう」
ミラは決心する。
「レグルス様」
「何だ?」
「レグルス様の刹那を私に下さい」
「刹那?」
「はい。レグルス様の永く続く人生の中の刹那の時間を私に下さい」
「では、俺はミラの永遠を貰おう。未来永劫、俺の傍に居るんだ」
儚く消えていく自分の事ばかり考えて、愛される事から逃げていた。
自分さえ、レグルスを愛していれば満足だなんて…。
ミラの深青色の瞳の中にレグルスが映る。
レグルスはそれだけで燃えるような熱い気持ちが込み上げてくる。
ミラはそっと瞳を閉じて、近付く紅い瞳を受け入れる。
金色の粒子がミラとレグルスを包む。
「はい!はい!そこまで!全く、話が纏るのにどれだけ時間が掛かるのよ!!」
パン、パン、とデネボラが手を叩く。
ミラはさらに頬を紅潮させ、レグルスは「ちっ」と舌打ちをする。
「さぁ、ミラの姿も元の可愛い姿に戻った事だし、今からミラの誕生会を始めましょう」