【6】
ミラという人間に、どれほどの価値があるのだろう。
親も故郷も失った、下働き10年目の普通の人間で、少しばかりレグルスに魔術を教えて貰っている、それだけの存在だ。
そして、今は中身は16歳でも、外見はどう見ても70過ぎの老婆だ。
「デネボラ様、私は孤児です」
「そんなの分かってるわ。でも、ミラを見てるとそれだけで癒されるのよ」
「…そうなんですか?」
「そうよ!私が拾ったミラをレグルスが10年も独り占めしてズルイわ!」
「…独り占め、ですか?」
デネボラは射るような目で、ミラは解らないという目で、レグルスに視線を向ける。
「独り占めして何が悪い。ミラは俺のだ。反論があるなら、妹でも容赦はしない」
軽い冗談のつもりでも、レグルスの本気の返しにデネボラは「拾ったのは私なのに」と不満を漏らし、ミラはただ驚くだけ。
「それより、湯浴みでもして着替えなさい。二人とも土埃をかぶったままでは、アルファルドに会わせられないわ」
ミラは「え?」と自分の姿を見る。
服をはたいて土を落とそうとするが、頭からかぶっているので、その行為に意味がない。
「行くぞ」
と、レグルスはミラを優しく抱き上げる。
「あの!レグルス様まで汚れます!」
「すでに、俺も汚れている。同じだ」
レグルスは空を歩く。そして、窓から自室に入り、そのままバスルームへと足を運ぶ。
「あれ?お湯が…!」
バスタブには、既にお湯が張られている。
「私の魔術でお湯を用意したわ。着替えは私が持って来るから、レグルスと一緒に入ってなさい」
少し命令口調でデネボラに言われれば、従うしかない。
自分の着替えぐらいは自分で出来ると宣言したいが、今も尚レグルスに抱きかかえられている状態で、降ろして貰えない。
土埃で汚れた服はレグルスによって脱がされ、お湯を掛けられ、花の香りがする石鹸で身体を洗われる。
レグルスの優しい手が気持ち良くて、すりむけた手のひらが湯でピリピリと痛んだが、少しも気にならない。
何より、くすぐったくてミラは身をよじる。
ミラはまだ老婆の姿だ。
見られたくないと、思っても今さらだ。
老いても幼くても、自分は自分だと言い聞かせる。
しかも、幼い時はこんな風にレグルスと毎晩一緒にお風呂に入って――。
「ミラ?」
「ここに来たばかりの頃を思い出しました」
広い屋敷に一人は慣れなくて怖くて、常にレグルスの傍に居た。
離れたくなくて、食事の時もレグルスが仕事を仕事をしている時もお風呂も、寝る時も。
「あの頃も、こんな風にレグルス様と一緒にお風呂に入りました」
「そうだな」
「もう16なのに、レグルス様にはご迷惑ばかり掛けていて、申し訳無くて…」
「そんな事は無い」
「あ、今は老婆ですものね。今度は介護とかお願いする事になってしまいます」
「構わない」
「でも、面倒になったら、いつ捨てて下さっても構いません」
「捨てはしない」
「…私が先に逝くのです。ちゃんと先ほどの穴に捨てて下さいね」
捨てられるのも、逝くのも、仕方の無い事だ。
人には決まった寿命があり、それに見合った生き方しか出来ない。
生まれてすぐに逝く者。寿命を全うする者。
人生とは、生き急いでも早く召される訳でもなく、のんびり気ままに生きてみても長生きできる訳でもない。
でも、あきらかに、魔人と人間では生きる時間が違いすぎる。
「何度でも言おう、お前が信じるまで」
「レグルス様?」
「俺は、ミラを愛している」
「…酷いです」
「ミラ!?」
悲しくなる。
解っている事ととは言え、自分の命の短さが空しくなる。