【5】
昼下がり。
ミラは庭の掃除を終え、大きなスコップを持って庭の隅にやって来た。
堅い土にスコップの先を差し込み、土を掘り返す。
掘り起こされた土は小さな山を作り、穴は大きく深くなっていく。
スコップを握る手は痺れて感覚を失い始めている。
曲がった腰には痛みが走り続けている。
それでもミラは、穴を掘る事を止めようとはしない。
レグルスは妹の気配を感じ、紙面から顔を上げる事無く言葉を発する。
「デネボラ、来る時はいつも前もって――」
レグルスもミラと同じ事を言う。
訪問する時は連絡を入れるように、と。
デネボラにとって、レグルスの屋敷は実家と言っても過言ではない。
ミラと一緒に居ると、不思議と安らぐ。
こんな我が儘で自分勝手な兄でも、この世界では唯一の肉親だ。
いつもとデネボラの様子が違うと気付いたレグルスは「何か、あったか?」と、兄にしては珍しく妹を気遣っているではないか。
「ミラに、会って来たわ」
レグルスは「そうか」と一言だけ言って、未だに顔を上げようともしない。
その紅い瞳は、文字を追っている。
「スコップを持って、庭の方へ行ったわ」
デネボラの話に、耳だけ反応する。
「穴を掘るって」
「穴?」
庭に穴など掘って、一体何を始めようと言うのだ。
顔を上げたレグルスの目は、そう語る。
「自分が死んだら、亡骸は穴に捨てて欲しいと言われたわ」
デネボラの視線は窓の外の庭の隅を見つめている。
美しく整えられた庭園の奥の人目に付かない隅に、小さな人影が動いている。
レグルスは席を立ち、デネボラの横に並び、窓の外に瞳を向ける。
窓を開け、ふわりと自分の身体を浮かせ、空中を歩くかのように窓の外に出る。
その身は風に任せて舞う花びらのよう。
行き先は小さな影の下。
「何をしている、ミラ」
「きゃっ!?」
まさか、頭上から声が掛かるなんて思ってもみなかったミラは、驚きを隠せない。
身体を震わせ悲鳴を上げる。
「レ、レグル、ス、様!?」
「ここで、何をしているのかと尋ねている」
「…あ、穴を、掘っています」
「用途は?」
「は、墓穴、です」
レグルスは小さく溜め息を吐き、地上に降り立つ。
その様子を見逃さなかったミラは、慌てて考えていた理由を一気に話す事にする。
「レグルス様の庭隅に穴を掘る事をお許し下さい。いずれ、近い内に埋め直す事になります。墓石もお花も何も要りません」
「――誰の墓だ?」
「…わ、私の、です」
「俺が、そんな事を許すと思うか」
「ひっ!!」
ミラは腰の曲がった老婆の姿を、さらに腰を曲げ、身体を小さくし項垂れ「申し訳ありません」と謝る事しか出来ない。
ミラとて、レグルスを怒らせたくて言っている訳ではない。
今までにレグルスを叱られた事はあっても――。
でも、ここまで本気で怒らせてしまったのは初めてだ。
紅い瞳が血よりも紅く見える。
「す、すぐに、う、埋め直します」
手のひらはすっかり赤くなり、皮は剥け、少し血が滲んでいる。
そんな手でミラは、再びスコップを持ち、盛った土を穴に戻そうとする。
「必要無い」
レグルスは、ミラの持つスコップを取り上げる。
「穴が小さ過ぎる」
「え?で、でも、私一人なら、この大きさで――」
「俺も死んだら、ここで土に還ろう」
「っ!?レ、レグルス様っ!?」
レグルスは片方の手のひらに魔力を集め、地面に手を付く。
グラグラと揺れ、魔術が発動する。
地面に小さなひび割れが幾つも走り、ドンっとその部分だけ地盤沈下が起きる。
ミラが掘った穴は、あっという間に二倍の大きさになる。
「これで、二人ぐらい余裕で入れるだろう」
「レグルス!一体、何を!」と、デネボラが突然の魔術の解放に慌てて二人の下にやって来た。
デネボラはさらに大きくなっている穴を見て、眉根を寄せる。
「デネボラ、俺とミラが死んだらこの穴に一緒に埋めてくれ」
「…は?」
デネボラの唖然とした顔をしている。その反応は、極自然なものだ。
ミラは、事の成行きを否定し修正する。
「デネボラ様!レグルス様は私なんかと一緒にしないで下さい!!」
「ミラ!今の台詞!“私なんか”とは、一体どういう意味かしら?」
修正のはずが、有らぬ方へと話は進んでいく。
「例えミラでも、自分の事を“私なんか”と卑下するのは聞き捨てならないわ!」
「デネボラ様…!?」