【4】
「でも、なぜ、老婆の姿になど」
「…老婆なら誰であれ、ミラを見ない」
「ここには、兄上とミラしか居ないのよ」
「……ミラが他の男が見るとも限らん」
呆れ果てて、次の言葉が出て来ない。
ミラに対するこの独占欲、執着心。
デネボラは思う。
だからと言って、愛しい娘を老婆の姿に変えるなど理解し難い。
この10年間、ミラはこの屋敷を出た事がない。
つまり、レグルスという世界しか知らない。
必要な食材も消耗品なども、全てレグルスが揃えてくる。
故に、この屋敷を尋ねる人間はなど一人も居ないし、例え誰かが迷いこのレグルスの屋敷にやって来てもレグルスはいとも簡単に追い払うだろう。
そして、唯一、訪問を許されているのはデネボラだけだ。
「もう一度、きちんと伝えるべきだわ」
「……信じてもらえん」
「それでも、信じてくれるまで伝えるの!」
「………」
「明日は、ミラの16歳の誕生日なのよ!!」
「………」
デネボラはこの国の王妃だ。
この国の王子であったアルファルドによって召喚された魔人の一人だ。
アルファルドが王位を継承した時、デネボラは王妃として迎え入れられた。
魔人を王妃なんかに――と思う者が居ても反論する者など居ない。
何故ならアルファルドは誰よりも賢く、デネボラは何よりも強く。
そして、レグルスは神よりも優る。
デネボラは兄の気持ちを知っている。
どんなに本人が隠していても、気が付かない方がおかしいと思いぐらいミラへの想いは溢れていて、ミラもレグルスに対してとても愛情深い想いを持って接しているのが解るほど。
二人は両想いであるのは確かである。
ミラの為に小さな誕生日会を執り行う事を随分前から計画していた。
この国では16歳になれば大人とに見なされ、婚姻を掬ぶ事が出来ると言う。
レグルスがミラをレグルスの婚約者として、もっと良い結果であれば、妻としてアルファルドに報告が出来ると楽しみにしていたのに。
「とにかく、明日の朝、また来るわ」
「……」
「一刻も早く、ミラを元の姿に戻しておくのね」
「……」
デネボラは、転移の術で王宮へと戻って行った。
翌朝。
ミラは、いつもの時間より早く起きた。
そうしなければ、老婆の体力ではすぐに疲れてしまう。
休み休み働かなければ。
体調を考えて無理せず、仕事をしなければならない。
朝食を作るのに、いつもの二倍の時間掛かってしまった。
レグルスの食事が終わるとミラはお茶を淹れレグルスの前に置く。
「ミラ、そこに掛けなさい」
「…はい」
大きな食卓を挟んで二人は向かい合う。
「昨日の、俺の話だが」
「!」
ミラは予想していたとは言え、身体がびくっと揺れる。
「俺は嘘は言わない」
「…はい」
ミラは頷く。レグルスは決して嘘は付かない。
幼い頃からお互い“嘘は付かない”と約束してきた。
「俺は、お前を愛している」
「………」
「この国の女は、16になれば婚姻可能だとアルファルドが言っていた」
「………」
ミラの身は、歓喜で震え上がる。
レグルスの言葉が嘘ではないと、確かなものだと解ると嬉しさのあまり、この場でレグルスに抱き付き、「放せ」と言われても一日中放さない自信がある。
「私も、レグルス、様の、事、好き、です…」
緊張し過ぎて言葉を覚えたてのような、たどたどしい喋り方でミラは、はっきりと自分の気持ちを伝える。
今、二人の間に嘘は無い。
「でも…」
「何だ、ミラ。言いたい事は全て言うんだ」
ミラは自分の膝の上にある皺だらけの手から視線を外し、顔を上げた。
「私は、レグルス様のお側に居て、お世話が出来れば、それだけで幸せです」
「……」
「だから、レグルス様の、妻には――」
「俺の妻には、なりたくないと言うのか」
ミラは「はい…」と、小さく返事をし、もう一度皺だらけの手を見る。
正確には、なりたくないのではなく、なれるはずがないと思っている。
だから――。
「姿も、このままで――」




