【2】
「――ミラ、愛してる」
頭がおかしくなったんだろうか?
耳も?
言葉の意味が理解出来ない。
私を、誰が、愛してる?
誰が、私を、愛してる?
私は誰?
ミラって、誰?
「――ミラ、明日には、お前は俺の妻になるんだ」
明日?
妻?
それって、どういう事?
誰か、説明して。
ううん、説明なんていらない。
だって、こんな事――。
「――う、……」
レグルスが片眉を上げた。
胸の前で両手を強く握り締め、俯いたままのミラは少し身体を震わせている。
表情が解らない。
レグルスはミラの顎に指を添え、顔を上げさせた。
レグルスの瞳には、涙に濡れる少女の顔。
「ミラ」
「――う、……そ」
「ミラ?」
「そ、そんな、――う……そ」
「嘘だと?」
「誰も、し、信じ――ませ…ん」
「ミラっ!」
ミラは、レグルスを愛してる。
例え嘘でも、この上ない喜びが身体中を駆け抜けていくのを感じる。
それと同時に、絶望と自分の儚さが痛みを持って胸を引き裂く。
それはミラにとって唯一受け入れられない言葉だ。
「ミラ!信じないというのは、どういう事だ!」
「イヤっ!イヤです!!私は、私は――!!」
私は――そんな事は、望んでいない。
私は貴方を愛してる。でも、愛されたいなんて――。
「ミラ!」
ミラは両手で耳を塞ぎ、もう何も聞きたくはないと頭を振り続ける。
「お前は、俺の気持ちなど……――」
ミラには、レグルスの言葉は何一つ届いていない。
もう、届かない。
レグルスが掛けた魔術の金色の粒子がミラを包み込む。
息が苦しい。
息が出来ない。
私はレグルス様を拒絶してしまった。でも、これだけは、何を言われても、何をされても――!!
レグルスの妹デネボラに拾われ、レグルスに救われ育ててもらった命だ。
私の命は、レグルス様のもの。
このまま息を引き取っても、構わない。
涙で揺れる視界の中、レグルスの姿をミラは瞳に焼き付け、ゆっくりと目を閉じた。
目覚めた時、そこは父と母が居る天国なんだろうと思っていた。
きっと、迎えに来てくれている。
再会出来るのだ。そう思えば死ぬ事も決して不幸な事ではない。
ミラは、目を開けた。
見慣れた天井に、憶えのある部屋。
眠り心地の良いベットの上に居る自分。
ミラはゆっくり身体を起こす。
いつの間に、自室に戻ってきたのだろう?
そう思いながら、起こす身体はいつも以上に重く、僅かに腰に痛みが走る。
泣いたからだろうか、視界がぼんやりとして見え難い。
何気にミラは自分の両手を見る。
「っ!?」
自分の手じゃない。皺の多いくたびれた手がそこに在る。
まさか、重い身体に無理を言って、この部屋にある姿見の前に立つ。
鏡の中には、白髪の、顔中皺だらけの、腰の曲がった老婆が居る。
「ど、どういう…」
声も変わってしまっている。
自分が誰なのか、本当に自分はミラなのか、解らなくなる。
かさついた手で顔を触っても、老婆の姿は変わらない。
「――っ!?まさか、レグルス様の、魔術!?」
これは、罰だ。
レグルスの言葉を嘘と言い、妻になれと言われて拒絶したからだ。
鏡の中の老婆となったミラに、ミラは嗤うしかない。
レグルス様は、どうして、私なんかに「愛してる」なんて。
「妻に」などど言う理由がミラの中には、どこをどう探しても見つからない。
「これが、私の60年後の姿なんだろうね」
ミラは受け入れる。
レグルスが与えてくれるものなら、何でも、どんな事でも。
寝てばかりもいられない。
午前中は無駄に過ごしてしまった。
昼食の準備とお屋敷の掃除と庭の手入れもいなくては。
ミラはエプロンを手に取り、厨房に向かった。