【7】
柔らかな朝日が差し込み部屋中を満たす。
眩しさを感じ、ミラは朝が来た事を知る。
よく眠ったはずなのに身体は重く、言う事を聞いてくれない。
寝返りを打とうにも動くのは首が左右に――。
「レっ――!?」
「おはよう、ミラ」
身体が重く、動かないはずだ。
レグルスはミラの身体に両腕を、両脚を、絡ませている。
これは、拘束されているのと同じではとミラは思う。
解放を要求したいが、ミラは「おはようございます、レグルス様」と、先に朝の挨拶を口にする。
「レグルス様、朝食の準備に――」
「無理はするな」
レグルスはベッドから降り、脱ぎ捨てられた服を拾い、身に付けていく。
その様子をミラは呆気にとられながら見詰める。
「レ、レグルス、様!どうし、て!は、はだ、かっ!?」
「ミラ?」
着替えの済んだレグルスはミラの服を集め、ミラの前で綺麗にたたみベッドの上に置く。
「わ、わたし、も、は、はだ、かっ!?」
真っ赤になってベッドに潜ってしまったミラを見て、レグルスはふっと柔らかな笑みを浮かべる。
「ミラ、朝食は俺が作ろう。まだ、休んでいれば良い」
「い、いいえ!わ、私の仕事です!休んだりしません!」
恥ずかしがって、いつまでもベッドの中に居る訳にもいかない。
綺麗にたたまれた服を掴み、ベッドの中でもぞもぞとミラは着替え始める。
そんなミラを見てレグルスは「先に行く」と言って部屋を出て行く。
「ダメよ!ミラ!レグルス様に朝食の支度をさせるなんて…!お屋敷の仕事は、きちんとするって、昨日言ったばかり!」
思うように動かない気怠い身体をミラは叱咤する。
急いで着替えを終わらせ、部屋を飛び出て、食堂へと駆け下りた。
「無理はするな」
「無理など、していません」
ミラは野菜をスライスし、レグルスは卵を割りフライパンに落とす。
既にミラが食堂に着いた時、かまどの火は熾されていて、二人は並んで朝食を作っている。
「何だか――」
ミラはボウルに野菜を盛り付け、出来上がったサラダを手にし話し始める。
「何だか、ここに来た頃を思い出します」
あの頃は、家事など何一つ満足に出来ず、こうしてレグルスと並んで料理を教えて貰った。
「そうだな。あの頃のミラはまだ小さくて、踏み台を持って移動していたな」
「それに、最初、広いお屋敷で独りで眠るのが怖くて、勝手にレグルス様の部屋の椅子で寝てました」
「………」
「でも、朝、目が覚めるといつも自分の部屋のベッドに居て――」
「………」
「椅子が駄目ならと、部屋の隅にクッションを抱えて寝ても――」
「………」
「だから、ドアの前の廊下ならと思って毛布にくるまって寝ても――」
「………」
「今、思えば、もっと早く素直に自分の気持ちを言えば良かったんですね」
「…ミラ」
「“独りは怖いので、一緒に寝て下さい”って」
結局、廊下で眠るミラをレグルスが抱き上げた時、ミラの体温がいつもより高い事に気付いた。
看病される事になったミラはレグルスのベッドを占領してしまい、申し訳ない気持ちと、自分は受け入れられたという安心感をようやく得た。
それ以後半年ほど経ち、ミラが「一人でも大丈夫です」と言うまで二人一緒のベッドに眠ったのは、ミラにとっては懐かしい思い出の一つである。
「痛っ!?」
懐かしい思い出に浸っていて、つい手元を疎かにしてしまったミラは指先にナイフの刃を当ててしまい、小さな切り傷を作ってしまった。
「ミラ?」
「…え!――大丈夫です…。指を切ってしまったのですが…」
ミラの指先は少し血が滲んでいるが、痛みも無ければ、傷跡も無い。
「それが、魔人(俺)の魔力だ」
「………」
ミラは自分の指先を凝視する。
確かに、怪我をして、痛みも少し血も流れたはずなのに、見間違いかと思うほどの速さで傷口は塞がっている。
「ミラ」
「………」
「気味が悪いか?」
「い、いいえ!」
ミラは慌てて、否定する。
魔人の魔力に驚いて、言葉が出てこないだけ。
ミラ自信、昨日の自分と今日の自分とで、何がどう異なるかと問われても答える事が出来ない。
ただ、言えるのは―― 一つ。
「レグルス様がお望みなら、私の永遠はレグルス様のものです」




