【6】
その声は低く冷気を帯び、まるで氷針の如く全身を突き刺す。
噴き出す血飛沫が見えないのは、身体が氷結したのからなのではないか。
いっその事、この苦しみから解放されるなら、自ら氷棺に入ってしまいたいほど。
「出仕の件は了承した。だが、今回のミラを巻き込んだ件については許し難い――」
「レグルス」
この場で、唯一言葉を発する事が出来たのはアルファルド。
「この10年、他国との諍いも無くこれたのも、お前が裏で動いていたという事は知っている。だがな――」
アルファルドは、ゆっくりとした足取りで、レグルスの正面に立つ。
「お前は、私が有する双つの紅き宝玉の片割れであろう。私の紅玉が美しき蒼玉を伴侶として迎えようとしているのだ」
「――俺は、」
「私は自慢をしたいのだ」
それは、自慢ではなく権力の一部として誇示したいだけだろう。
そう思いながらも、レグルスは、この国の王に臣下の礼を取ろうとする。
「私とレグルスは義兄弟だ。今までと変わらず接してくれれば良い」
レグルスは動きを止め、義兄として振る舞う事にする。
「いずれ近い内に、ミラはレグルスの伴侶となれば、私の義姉になる」
アルファルドは、柔らかな笑みを浮かべる。
「私の義姉になる者をデネボラ(妻)の次に大事にしても、誰も文句は言わないだろう」
レグルスは沈黙する。それは、否定はしないという意味としてアルファルドは取る。
「では、王宮に戻るとしようか。今回、ここに居る者、皆、調子に乗り、舞い上がった結果だ。私が直にレグルスに出仕の事を話せば良かったと申し訳なく思っているよ」
「ミラ、すまなかったね」と言葉を残し、アルファルドは魔法陣を開き姿を消す。
その後を、デネボラが「またね、ミラ」と言って追う。
「失礼致します。レグルス様、ミラ様」とフォーマルハウトが続く。
そして、最後に「ごめんなさい」とアルヘナはミラのベッドサイドまで駆け寄り、ミラの手をきゅっと握る。
「でも、ミラ様がいけないのよ!“儚く消え行く存在”だと自分の事をそんな風に言うから。まさか、ミラが魔力も何も無いなんて思ってもみなくて――」
アルヘナはミラの手を放し、レグルスに向き直る。
「レグルス様がいけないのです。何もお話されず、ミラは自分の事を“刹那”と言い、でもレグルス様の為に“永遠”であろうとしている」
「――……」
「レグルス様がミラを伴侶にと選んだという事は、王家の外戚となります。貴方様のことです、このままミラを儚く消え行く存在のままにしておくのですか?」
「――……」
「王宮へ来たのだから、少なからずも魔力をお与えになったのだと――」
アルヘナは、少し項垂れ「今回の事、謝罪はしませんから!」と言って、魔法陣の上に立ち、フォーマルハウトの後を追った。
ミラは、この場に居た人達とのやり取りを頭の中で整理する。
陛下はフォーマルハウト様の兄君。
でも、陛下はお若く、とてもフォーマルハウト様より年上には見えない。
むしろ20代半ば――レグルス様と同じ年か、少し年下のような。
お若く見えるのは、魔人の血肉を得ているから。
その魔人は――デネボラ様。
陛下はデネボラ様の血肉を喰らっている?
「うっ!!」
料理をするミラにとって、肉の塊など見慣れている。
だが、それを生のまま食するのを想像すると、胃液が迫り上がり吐き気が襲う。
「ミラっ!?」
「だ、大丈夫、で、す」
レグルスは、ミラの背に手を回し、ゆっくり摩る。
大きな深呼吸をして、ミラは色味を失った顔で無理に微笑む。
「もう少し、横になっていろ」
「いいえ、その前にレグルス様にお伺いしたい事が」
ミラは上掛けを両手でぎゅっと強く掴み、顔を上げる。
「陛下は、魔人(デネボラ様)の血肉を――っ!!」
最後まで言えなかった。勇気を振り絞って尋ねたかったのに。
心のどこかで、まさか、そんな事あるはず無い、という思いがミラの言葉を消し去ってしまう。
「デネボラは、アルファルドに血肉など与えてはいない」
レグルスはベッドに腰を掛け、はっきりとミラに告げる。
その言葉に、ミラは、ほっと息を吐く。
デネボラの話でしか知らない国王陛下という人物。
夫であるアルファルドが、妻であるデネボラの血肉など求める訳が無い。
例え、永遠の若さと命を手にしたくても――。
「だが、アルファルドは永遠に若く、老いる事はない」
「っ!?」
一つの疑問が解決しても、また新たな疑問が浮かんでくる。
「では、なぜ、陛下は、あの、お姿なので、しょうか?」
魔人の血肉は食していない。なのに、永遠に続く若さの理由は?
「その答えを知りたいか?ミラ」
「………」
答えは、二つに一つ――「はい」か「いいえ」。
知ってしまうのが怖い。
このまま知らずに、生きていく方が楽なのだろう。
だが、それは魔人のいう者の事を知る事無く生きていく事と同じだ。
「レグルス様、――私は、知りたいです」
「………」
「この先も、レグルス様のお傍に居たいのです」
「………」
「レグルス様は、私を近くに置きたいですか?」
「――愚問だ。ミラ」
ミラの青い瞳が涙に揺れる。
それは、水面に細波が立つかの如く、レグルスは無意識にその青き瞳に唇を落とす。
「レ、レグルス、様!?」
「ミラ、俺と共に永遠を生きてみるか?」
「――はい」
「俺が死ぬまで、死ぬ事は許さない」
「はい」
「その身を以って、知るが良い。魔人の本当の魔力を」
レグルスの唇は、青い瞳からゆっくりとミラの唇へと移る。
「う、…んっ」
「そのまま、俺の想いと共に飲み込め」
「…んっ、んっ、」と喉を鳴らし、ミラはレグルスから与えられる愛を無我夢中で飲み下していく。
「一滴も零さず、飲むんだ。ミラ」
「は、い、…んっ」
ミラはレグルスの背に両手を回し、必死にしがみ付く。
荒れ狂う嵐の中に放り出された、小さな舟にでもなったような感覚に落ちる。
手を放したら最後。ミラは簡単に海の泡と消えてしまいそう。
「レ、グル、…、さ、ま…」
「ミラ、愛している」
ミラは呼吸もままならない、意識も遠退いていく。
でも、この幸せな時間をもっと感じていたい。
「お前が嫌だと言っても、永遠に俺のものだ」




