【5】
目覚めは悪くはなかった。
何か不思議な夢を見ていたような感覚に支配され、思考が上手く働かない。
ミラは見慣れた自室の天井を見詰め、夢の内容を思い出そうと試みる。
――初めての王宮。デネボラ様の下、大臣や貴族の名前と顔を覚え、デネボラ様と昼食を共にして、それから…。
「それから、フォーマルハウト様が入らして、そのご息女アルヘナ様が…――っ!!」
ミラは勢い良く飛び起きた。
あれは、夢ではない。
あのヤモリのような幻獣はアルヘナ様が喚び出したモノ。
この国の王族は、魔導師としての血を引くと言う。
召喚の術を巧みに操り、その魔力の強さで王位継承の順位が決まる。
「――という事は、フォーマルハウト様もアルヘナ様も王族の方…!!」
「その通りだ、ミラ」
「!!」
声の主を確認するまでもない。
ミラは声の方を向く事無く「レグルス様…」と俯いたまま、それ以上、何も言えないで居る。
「ミラ、今回の事、俺は――」
「レグルス様、私一人が勝手な事を――お叱りは受けます。だから、デネボラ様達は何も悪くは無いのです」
「………」
「陛下がレグルス様に出仕をして欲しいと願われて、私がデネボラ様にご相談したのです」
「ミラ、王宮へは、もう――」
「いいえ!王宮へは、これからも行きます!レグルス様がこの先も出仕されなくても、私がレグルス様の代わりには――なりませんが、お手伝いが少しでも出来れば!」
ミラは、自分の気持ちを全て言い切った高揚感から、一気に表情は青ざめていく。
レグルス相手に、あまりにも言い過ぎた。
「レグルス様…、私――…」
「――解った。しかし、次からは俺と一緒に王宮内は移動する事」
「え?――あ、はい」
ミラが「はい」と返事をしたのを合図に、部屋のドアがぶち抜けそうなほどの勢いで開く。
その勢いに任せて、廊下からどどっと雪崩れ込むかのように数人の人物が入って来た。
「これで、ようやく、レグルスが出仕すれば、仕事を回せて楽になるというものだ!」
「王妃業だけでも鬱陶しいのに!面倒な書類の運び屋なんてしなくて済むわ!」
「代理の仕事も魔術師としても引退出来ます!早速、老後の計画をしなくては!」
「だから、全てわたくしの作戦が功を奏したのよ!伯父様、ご褒美下さいますよね!」
各々が、自分の心の欲求を口にする。
レグルスは眉間に皺を寄せ、不機嫌な顔をする。
ミラは呆気に取られる。この展開に付いて行けない。
でも、解るのは、一連の出来事はこの目の前に居る4人のものだという事。
「伯父様!わたくしの望みは次期王位です!わたくしだって、あれほどの幻獣を召喚出来るのです!いい加減、お父様と一緒に引退なさって下さい!」
アルヘナは、嬉々としてアルファルドに詰め寄り、退位をするように求めている。
そして、フォーマルハウトもアルヘナと同じ気持ちのようで。
「それは、いいですね。兄上、一緒に隠居生活しませんか?」
「馬鹿な事を言うな。私はまだ引退などする気は無いよ」
「残念ですね。私の老後の介護をお願いしようかと思っていたのですが」
「よく言う。死神を召喚するお前にとって死など無縁なくせに」
「確かに。兄上を置いて死者の国へ行くなど考えただけで恐ろしい」
「フォーマルハウト、お前な…」
ミラはこの二人の会話を聞いて、一つ疑問を持つ。
「陛下とフォーマルハウト様はご兄弟ですよね。陛下が弟君なのでしょう?」
和やかな空気が一変して、緊張感が走る。
何か言ってはいけない事を言ってしまったのだろうか?
訳が解らず、ミラの表情は血の気を失う。
「もしかして、ミラは魔人について知らないと言うの?」
アルヘナの質問にミラは“何を?”と思う。
レグルスとは10年共に過ごして来た。
10年分の事は全て知っている。でも、それ以前の事は何一つ知り得ない。
アルヘナは、そんな事も知らないのという感じでさらりとミラの疑問に答えた。
「魔人の血肉を喰らえば、永遠に近い肉体と生命が得られるのよ」
今、何て?
魔人の、血肉?
喰らう?
「喰らうって…」
「そのままの意味よ。伯父様は魔人の血肉をその身に取り入れ、今もなお若き姿を――」
ミラは、不躾にアルファルドに視線を向けた。
「…ミラ、そんなに見詰められたら――照れるから」
アルファルドは、この場の空気など構う事無く、少し顔を紅くし、嬉しそうに微笑む。
「アルファルドだけ狡いわ!ミラ!見るなら私を見なさい!!」
アルファルドとデネボラ二人に、そんな事を言われたら…。
ミラは慌てて視線を外す。外した先は――。
「深青色の瞳にこの身を映して下さるとは、何んとも…」
フォーマルハウトはアルファルドと同じ反応で、頬を軽く染め、嬉しくて仕方ないと微笑む。
「イヤだわ、良い歳したオジさんが若い娘に、ちょっと見詰められただけでニヤニヤして――」
呆れかえるアルヘナは、伯父と父相手に軽蔑に満ちた目で見る。
「アルヘナ、フォーマルハウトと同じにしないでくれ。私は、ニヤニヤなどしてないよ」
「私とて、ニヤニヤなどは。蒼海の女神に、そのような気持ちなど畏れ多いというもの」
和やかな空気が漂う中、一人この遣り取りと冷徹な瞳で見ている人物が声を出した。
「ふざけるのも、ここまでにして貰おう」




