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永遠に、刹那に  作者: 塔子
その後
10/19

【1】

リゲル国は、山々に囲まれ、放牧地に恵まれた国である。


男は鉱山へ。女は機織をする。


長閑でのんびりとした国民性。


争い事は好まぬ中立国だが、他国からの侵攻には自国を守る為、女子供でも武器を手に取る。


10年前の戦争は、隣国ベテルギウスの女王シャウラが己の欲望の為に起こった争いである。


リゲル国の国王アルファルドが有する双つの紅き宝玉。


手に入れれば、永遠の若さと命が手に入るという。


それは、嘘か真か――。












レグルスの婚約者としての生活が始まったミラ。


だけど、日常は今までと全く変わらなかった。


朝も、朝食の支度で早く起き、屋敷内の掃除に庭の手入れ。


そして、レグルスの身の回りの世話。


ただ、唯一違ったのは――。



「ミラ、愛してる」



朝から、夜、眠りに付くまで、事ある毎に甘い言葉を囁かれ、ミラも心臓は落ち着く暇もない。


時には抱き寄せられ、前髪に額に頬に耳にとキスをされ意識が飛んでしまいそうになる。


少し思い出しただけで全身が真っ赤に染まってしまう。


ミラは気恥ずかしい思いを振り払うかのように首を振り、剪定ばさみを持ち、庭へと駆け足で向かった。


色取り取りの花に囲まれて、庭の手入れはとても好きな仕事の一つだ。


レグルスの部屋に、食堂に、ミラの部屋にと一輪挿しを飾れば、それだけで心が温かくなる。


夕食を用意する時、この花を食卓に飾ろう。



「やぁ、ミラ。此処だったんだね」

「!?――へ、陛下!!」



片手を挙げて挨拶をするアルファルドに、ミラは驚いて手にしていた花を思わず落としそうになる。



「訪問される時は、ご連絡をと申し上げてますのに…」



ミラはお客様を迎えるに、それなりの準備というものがしたい。


お茶や焼き菓子、テーブルのセットや茶器を揃えたり…。


今は庭の手入れをしていたのだ。


手もエプロンも土で汚れている。


ミラの誕生日会以降、こうしてこの国の国王が、ふらりとやって来ることが多くなった。



「レグルス様は、今、お部屋に――」

「レグルスに会いに来た訳ではないよ」

「?――デネボラ様はご一緒では…」

「今日は私一人。ミラに会いに来たのだよ」



アルファルドはとても申し訳無さそうに困った顔をして微笑むから、ミラは驚いて「な、何か至らない事でも…」と不躾に返してしまう。



「それより、先にミラのお茶が飲みたいな」

「!、ただ今、すぐにご用意します!」



アルファルドを1秒でも待たせてはいけない。


瞬く間にお茶の用意が整っていく。



「陛下、申し訳ありません。お茶菓子がコレしかなくて…」

「気にしないで。私も前触れなく来たのだから…」



「でも、ミラが作ったものなら何でも美味しいよ」と、アルファルドは砂糖をまぶしただけの素揚げしたパンの耳のラスクを食べている。


しかも、今朝、サンドイッチを作った時の残りものだ。



「あ、あの、陛下。それで私にご用とは?」



ティーポットからカップにお茶を注ぎ、恐る恐るミラはアルファルドに尋ねる。


カップからは薫り高い薔薇茶(ローズティ)


ピンク色の花びらが一枚揺れている。



「実は、レグルスの事なのだよ」

「レグルス様…、ですか…」

「王宮へ出仕させてくれないかな?」

「……え?」



ミラはぽかんと口を開けたまま、アルファルドの言葉を脳内で反芻する。


王宮へ出仕という事はレグルス様は――。



「レ、レグルス様はお仕事されていないのですかっ?」



「そういう訳では――」と、アルファルドは話し始める。


王宮への出仕はしていない分、魔術師達とのやり取りは魔導具を使用しているので問題はない。


時には、デネボラが伝令役を務めていたりしている。



「だけどね、10年間、一度も王宮へ顔を出していないのだよ」

「!」

「私自身も、レグルスと会うのは10年振りだからね」

「!!」



つまり、ミラの16歳の誕生会で国王がレグルスの屋敷に来たからこその再会で…。



「10年とは、短きものか、永きものか」



アルファルドの憂いに満ちた表情は、ミラには強い印象を残す。


短いなど、有り得ない。


幼かったミラという一人の少女が、10年も経てば成人となるのだから。



「まぁ、月日は兎も角、解禁なのだからミラからもひと言レグルスに言って貰えると助かるという話なんだよ」

「わ、解りました!レグルス様には王宮へ出仕するよう、申します」



ミラの言葉にアルファルドは「助かるよ、ミラ」と柔和な笑みを見せる。



「アルファルド、ここで何をしている」



地を這うような低く冷徹な声がミラの耳に飛び込み、びくっと身体を震わせる。


声の主を確認するまでも無い。



「やあ、レグルス」



軽く挨拶をするアルファルドは、レグルスの機嫌が良かろうが悪かろうが関係無く、陽の光の如く爽やかな笑みで答える。



「ミラに何をした」

「何も。しいて言えば、お願いを一つ」



レグルスの紅い瞳が細く鋭くなる。その瞳で見詰められると背中に冷たい何かが伝ってぞくっと身体が硬直する。



「ミラを見るなと、何度も言っている」

「レグルス、独り占めはいけないな。解禁したのだから構わないだろう」

「解禁などと決めたのはアルファルドの勝手だろう」

「誰も手出しはしないよ、蒼海の女神には」



ミラはレグルスとアルファルドのやり取りをおろおろと見守るだけ。


解禁?


解放?


蒼海の女神?


意味不明な内容は、ミラには理解の範囲を超えている。



「ミラとの話は終わった事だし、これで戻るとするよ」

「二度と来るな」



歯に衣着せぬ物言いでレグルスはアルファルドを追い払う。


にっこり笑ってアルファルドは来た時と同じ、片手を上げて背を向ける。



「ミラ」



レグルスはいつもの無表情な上に不機嫌さを重ねて、ミラを見下ろす。


どんなレグルスでも、ミラはその紅い瞳の中に自分が映るのが嬉しい。


にこっと微笑みを見せると、最近のレグルスは何かを諦めたかのような顔をする。


ミラは不思議に思うが、レグルスが何も言わないので何も訊かないようにしている。



「俺にも、お茶を淹れてくれ」



レグルスに用を言い付けられ、ミラはレグルスの瞳を見詰めていた事に気付き頬を染める。


新たにカップを用意し、薔薇茶(ローズティ)を淹れる。


ミラも自分の分を用意して、レグルスの向いの席に着く。



「今日は、残り物で申し訳ないのですが、パンの耳でラスクを作ったんですけど…」



捨てるには勿体無くて、自分用のおやつにと作ったラスクを――これしかないとは言え、まさか国王陛下と宮廷魔術師長に振る舞う事になるとは思いもしてなかった。


ミラは出来れば手を付けて欲しくないと思うが、サクサクと音を立ててレグルスは既に食べている。


会話らしい会話も無く。ただ、ゆっくりとお茶を飲んでミラお手製のラスクを二人して食べる。


ミラは二人で過ごす時間が余りにも幸せ過ぎて、永遠に続けばいいのに…と思ってしまった。



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