【1】
リゲル王国の王子王女は、王位を継承にあたり召喚士としての力量を問われる。
何を召喚するか。
神か悪魔か、精霊か魔獣か。
王子アルファルドは、魔人を2体も召喚した。
絶大な魔力。
黒髪に紅い瞳。
妖艶で美麗で完璧な容姿。
平静で柔和な物腰、かと思えば冷酷で非情な魔人。
アルファルドにしか許さない従順振りに、誰もが己の保身の為にアルファルド王の治世を選択するしかなかった。
リゲル国とベテルギウス国の戦火は、すぐさま終わりを告げた。
圧倒的な魔力を持つ魔人が、ベテルギウス国を――否、何もかも形あるもの全てを一掃してしまった。
残虐な魔人の前では、人はなす術もなく、敵味方無く、ひれ伏すしかなかった。
愚かなベテルギウスの女王シャウラは早々に処刑され、この日を境にベテルギウス国の名は歴史上から消え、リゲル国の統治下に納まった。
ミラは、戦災孤児である。
戦場となった村を彷徨い歩いている所を魔人であるデネボラに運良く保護された。
今、思えば、あれは保護と言うより気まぐれに拾われたという方が正しいとミラは思う。
でも、あの出逢いが無ければ、自分はこうして何不自由なく生きていない事は想像するに容易い。
あれから10年、今日も朝早く起き支度をする。
命の恩人であるデネボラの兄の為に屋敷内の仕事をたった一人でこなしていく。
朝食の準備に取り掛かろうとした所で、背後から「ミラ」と名を呼ばれる。
「はい、レグルス様。今すぐ、朝食を――」
「朝食は後でいい。先に俺の部屋に来てくれ、話がある」
レグルスは、伝えたい事だけを言い厨房を後にする。
「はい、すぐにお伺いします」と、レグルスの背に向かってミラは答える。
何か、粗相でもしたかな?
思い当たる事柄が浮かんでこない。
しかし、わざわざ朝早くに直接ミラに言いに来るぐらいだ。
大変な事をしでかしたに違いない。
さーっと、血の気が引いていく。
デネボラに拾われたのは6歳の頃。レグルスに預けられてから10年間、レグルスの為だけに頑張ってきた。
とにかく、レグルスを待たせる訳にはいかない。
ミラは青ざめた顔を上げ、レグルスの部屋へと向かった。
レグルスの部屋は、さほど広くもなければ豪華でもない。
大きな屋敷内には、とても広く高価アンティークの品が沢山飾ってある部屋もあるというのに。
この部屋がいいと言ってレグルスは気に入っている。
レグルスは魔人でありながら、この国の宮廷魔術師長という立場である。
ほとんどをこの部屋で過ごし、魔術の研究をしている。
ミラはドアの前で一つ深呼吸をして、ノックをした。
中からは入室の許可の声は無いが、それはいつもの事でドアノブに手を掛け「失礼します」と、少し声を詰まらせドアを開ける。
ドアの傍に立ち、主人であるレグルスの姿を確認する。
喉がコクリと鳴る。
何を言われるのかと思うと、立っているのが精一杯で眩暈を感じる。
「ミラ」
少しかすれた低音の声色が、耳に甘く響く。
ミラは、レグルスに名を呼ばれるのが好きだ。
名を呼ばれるだけではない。
どんな小さな仕草も、さり気ない言葉も、些細な出来事も、レグルスがミラにくれるものなら全てが愛しい。
そう。
ミラはレグルスを愛している。
幼い気持ちが、少しずつ成長していくのに時間は掛からなかった。
いつも傍に居て、掃除も炊事も庭の手入れもレグルスの為なら、何でも率先して覚えた。
仕事の合間に、レグルスはミラに語学や数学なども教えてくれた。
時には、ミラには素質があると言い、簡単な魔術も教えてくれた。
永遠と言われるほどの寿命を持つ魔人のレグルスにとって、ミラは一時の暇つぶしの様な存在なのであろう。
従順な小間使い。愛玩動物。
ミラは自分自身をそんな風に思っている。
それでも、例え一時でも、自分が年老いて死ぬ瞬間までレグルスの傍に居て役に立ちたい。
決して、不興をかって捨てられてしまわないように、日々努力する事がレグルスへの愛情表現だと思っている。
「ミラ」
再び、名を呼ばれ、意識をレグルスに集中する。
「は、はい」
レグルスの言葉なら、何でも聞こう。
私に出来る事なら、如何なる事でもやってみせましょう。
どんな命令でも、私の答えは決まっている。
レグルスはゆっくり歩き、ミラの前に立った。
「――ミラ、愛している」