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あなたの知らない世界

その日は太陽がまぶしくて、もう初夏の空気さえ感じられた。

雨上がりの朝はとてもさわやか。

球技大会に向けて、校庭では生徒達がそれぞれ練習に励んでいる。

ミクと菜穂は乾いたアスファルトを探して腰を下ろした。

いつも元気な菜穂が今日は少し憂鬱そうな表情を浮かべている。


「相談って何?この前からつき合ってる年下君の事でしょ?」

「うん…実は、私、司くんに隠し事されてたってゆうか…」

「隠し事?どんな?」

恋愛で悩んだ事なんてない。自分から振り回す事があっても、振り回される事なんてあんまりないって菜穂はいつも自信まんまんに笑って話してたのに、こんな日はめずらしい。

私は菜穂の彼、“司くん”が浮気でもしてるんじゃないか…なんて、瞬時に想像してしまった。


しかし…。事はもっと…。


笑える事だった…。


「実は…」


「うん…」

思わずつばを飲む。

最近司くんが日曜日も遊んでくれない事とか、挙動不振で何かを隠しているっぽい事とか、色々。菜穂は話し始めた。しかもその理由が…。


「は?宗教?」

思わず聞き返してしまった。

「そう、何かおかしいと思ってたんだよ、だって日曜の朝は用事があるから平日の夜しか会えないとか、お泊まりしても必ず朝、晩トイレでこそこそ一人でなんか言ってたりするし、浮気じゃないかって問いつめたら、日曜日はお祈りに行くから…とか言いだしてー!もう、引くよね、大ショックー

!!」拳を握りしめる菜穂。

申し訳ないけれど、菜穂の自慢の年下彼氏がそんな事をやっているとはちょっと、いや、かなりうけた。菜穂の彼、“司くん”背も高いし、顔も結構かっこよくて、何より今時のオシャレな男の子って感じ。パッと見年下には見えないし、菜穂が自慢するのも無理ないなって思ってたのに…。

「…ふっ、ふふ」菜穂の深刻そうな顔を見ると、さらに笑えてしまう。

「ひっどーい!!ミクなら相談乗ってくれると思ったのに−!!!」

「あはは、ごめん、ごめんね!あまりにも予想外だったからさぁ、ちゃんと聞くから〜」


それから菜穂と私は、その〈宗教〉って物について約1時間程話し合う事になった…。


菜穂の話によれば、まず彼がその宗教に入ってしまったのは、どうやら変な先輩が原因で、初めはもちろん半信半疑だったけど、毎日とにかくお祈りを欠かさずやれば、近いうち必ず願いが叶うとか色々言われたり、そして何より特別な資金などもいらないって事から、おもしろ半分に手を出してしまったらしく、今ではどっぷりはまってしまった様だ。

お金もかけず、信じてさえいれば、例え地震がきても絶対に助かるとか、逆にこのお祈りを知らない人やさぼってしまった人間は、不幸になるとまで言っているらしい。


そして今ではすっかり信者の彼は、何とかして菜穂をそこへ連れて行こうとしているのだ。

「幸せになれる宗教だからこそ、菜穂と2人でやりたいんだ。」…とまぁ、こんな感じで言っているらしい…。


「で、菜穂も行くの?」

「まさか!そんなキモイ所どーして私が行かなきゃいけないの!?絶対嫌!!」

「でも、本当に、お金もかかってないならそんなに問題ないし、2人で通えば日曜日も一緒に過ごせるよー。」

「それはそうなんだけど…。」

「じゃあ、司くんと別れる?」

菜穂がぶんぶん首を横に振った。何だかんだ言いながら一度つき合うとちゃんとまじめに相手の事を好きになるところがこの子のかわいいところだなーと思う。

「よし、それならやっぱり一度見ておいでよ。やめさせるにしたって、それが一体どんな物なのか見てみないとどうにもならないしね。」

「そっかぁ…そうだ!じゃあさーミクも一緒に行ってよ☆」

「はぁ?何でそうなる。」

「だって何かやっぱりちょっとキモイとか思うし1人で行く勇気ないよ〜。無料で幸せになれるんならあんたも損ないでしょ!!」

「そ、そーだけどぉ…。」

「よし、決まり♪司に伝えとくから日曜日空けといてよ^^」

菜穂の誘いについつい乗せられてしまった…。


でもその時の私は、とても弱ってて、本当に先が見えなかったから、今だったら笑っちゃうそんな宗教話にさえ、本当は少し期待していたのかもしれない。

得はしなくても損はしないし、色々お願いしてみようかな、なんて、実は内心興味しんしんだった。


って、事で早速次の日曜日、

宗教って物を体験する事になった私は、駅ビルの前で、2人を待っていた。

田舎から電車を乗り継いで1時間のこの町は、学校帰りには毎日の様に、よく遊んでいたけど、休日は特に、ギターを引く人、踊る人、何かを売る人に、もちろん乗り継ぎでホームを行き交う人なんかでごった返していた。

ミクは、休日のこの町が少し苦手だった。

田舎者だし、あんまりお金もなかったその頃の私は、洋服もそんなに持ってなかったし、ブランド品も化粧品も、そんなに買えなかったから、ひとたび制服を脱いでしまうと、この町の中で、自分が一番ショボイ小さな存在に思えて、時々、暗い気持ちになってしまうのだ…。

劣等感…それはリュウタの彼女に対して感じている気持ちにも似ていると思った。


しばらく待っていると、2人がやって来た。


「ミクー、お待たせ☆紹介するね、こちら彼氏の司くん。」

「初めまして、いつも菜穂がお世話になってまーす!」くったくのない笑顔で笑うかわいい男の子。プリクラなんかでいつも見てるけど、こうしてまじかに見ると、オシャレでお似合いの2人

。会話にぎこちなさもなくって、自然な雰囲気でこの町の雰囲気に溶け込んでいる。

(いいなぁ、うらやましいな〜〜〜)

ミクはリュウタとつき合っていた遠い日の事を思い出していた。

私は始めから彼が自分とつき合ってくれるなんて思ってなかったし、つき合ってからも、彼は、

スラッと背が高くって後輩からラブレターをもらったりしていたし、私はチビで、顔も普通程度だし、隣に立ってていいんだろうか?っていつも引け目を感じていたんだ。

今思うと、〈自分がどう見られてるか〉って事ばっかり考えてて、かんじんの彼との恋愛に没頭できなかった様な気もする…。本当に子供だった…。


(よーし、今日はそんな自分とおさらばする為に祈るぞ!)何だかちょっとやる気が湧いて来てしまった。


そして、「ちょっと、ミク、解ってるの?私達、司を止める為に来たんだからね!」なんて、耳元で菜穂に叱られたけど、その後、菜穂の心をも、ゆるがす人物が現れる事となる…。


私達3人は、にぎわう駅から薄暗い路地に入ると、いくつかのプレハブ倉庫が並ぶ、あやしい細道を抜けて、集会場(?)を目指した。怖さと好奇心でドキドキする。こんなわけの解らない体験はなかなか無いだろう。

「ここだよ。」司くんの指さす先には、いかにも怪しい小さなビルが建っていた…。

「じゃあ、男子部とはまた別だから、2人はここで待ってて。すぐにリーダーの人が来るから。」そう言うと司くんはさっさとどっかへ行ってしまった。


ミクと菜穂は会話もなく立ち尽くしていた…。

(どーしよ、やっぱヤバいのかな?リーダーって何?どうせ頭ハゲた油臭いおっさんか、髪の毛ぼーぼーのデブのおばさんとか、とにかく怪しい人間にちがいないんだろうなぁ…。)

隣で菜穂も険しい顔をしている。たぶん今、私達の考えは同じ、心は一つなのだ。


と、その時だ…。


「はぁい♪あなた達ね、見学したいって言う司くんのお友達は?」

少しハスキーで甘ったるいかわいらしい声…。振り向くと、そこに立っていたのはブスでもデブでもない…。

「浜崎あゆみ…系…」

「そ、それだ!あゆだね、うん、間違いない…。」

女子部のリーダーは意外な事に、あゆ系の金髪美人だったんだ…。

しかもその後出て来た男子部のイケ面ワイルドリーダーとは超お似合い夫婦で、かっわいい〜娘さんまでいたのだ!!!


「うそ、信じられない…。」菜穂とミクは顔を見合わせた。


2人はここで、幸せを願う物同士出会い、恋をして、人生最大の幸せな結婚をしたと言う…。

その他にも、本当にお金がかからないって理由で、女子高生やら鼻ピアスのおにーちゃんやら意外な面子が勢ぞろいしていた…。


あっけにとられていた私達だったけど、

「浜崎あゆみじゃやるっきゃないでしょ。」

「そうだよね…、別に損するわけじゃないしね…。」


そうしてミクと菜穂は成り行きで宗教の信者になってしまった。


でも、やっぱりミクに取っては、そんな事簡単に信じれるわけなくて、暇潰しってゆうか、昔女の子がよくやってたおまじないみたいな感じで、気が紛れればいっかぁ、くらいにしか思っていなかったんだけどね。


しかし、何かにすがっているうちは、何故だか“守られてる”様な気がする物で、お祈りをし始めてからの私は何かちょっと落ち着いていたし、明るく頑張れた。

そして一見どーでもよかったその宗教のおかげなのかどうなのか(たぶん気のせい)リュウタとの仲がやっと進展し始めたのは、偶然なのか、必然だったのか、本当にそのすぐ三日後の事だった…。


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