季節が変わる頃。
うとうと温かい日射し、どうやら春は近い様だ。
学校、バンド、バイト、恋…。
毎日がめまぐるしく過ぎて行く、季節もどんどん変わってく。
私は相変わらず、携帯片手につまんない授業中に内職(手紙書いたりとかね。)の真っ最中!
「何書いてんのー??」同じく暇そうなクラスメートに声をかけられた。
「ん?コレ?交換日記ー♪」
「はぁ?うけるね。」笑われた…。
最近ミクは交換日記にハマっている。相手は当時一緒にバンドを組んでたサヤと。
サヤとはお互い“バンド仲間”って感じでプライベートには干渉しない…みたいのが最初あったし、のほほんと平凡に暮らしてる私と違って、さやは家庭の事とか、将来の事で色々大変で、あまりにも環境が違ったから、絶対解りあえないんじゃないかなんて勝手に思ってて…。
でも意外にも、彼女は私の歌詩を好きと言ってくれて、価値観もどことなく似ていたから、いつからかお互い足りないところを補える様な関係になっていた。
サヤが書いてくる物のほとんどは、日記と言うより彼女の“心の葛藤”とか、抽象的な物が多く、時々絵がついてたりもする。彼女の日記からインスピレーションを受けて、歌詞を作ったりもした。
彼女と私は頭いいクラスとちょっとバカなクラス(もちろんミクが…。)で、校舎も別だし、校内で出会う事はあんまりなかったけど、週に2回、バンドの練習の日には、決まって二人一緒にお茶する事になっていた。
練習はだいたいあと2人のメンバーの学校に合わせて午後7時からだったから、私達はマク○ナルド
で、何時間でも色んな事を語り合ったり、歌をつくったりした。
その頃のミクにとって、バンドや歌を歌う事は、何物にも変えられない大切な物だった。
私とサヤと、当時大学院に通ってたトシくんと、ヨっぺ。年齢も住んでる所もバラバラの四人。
それぞれ違う日常を送ってて、週に2回だけ、一つの音楽の元に集まる四人。
お互いの事はあんまり知らなかったけど、だからこそ、友達にはなかなか言えない事も平気で言えたし、何を聞いても軽蔑したり、嫌いになる事もなかったし、お互いの事をよく知らなくても、好きな音楽を一緒に演奏する時は一体感を感じられたから、自分だけの居場所を感じられる様な気もしていた。
私はあの頃やっぱり寂しかった…。
リュウタとの消えてしまいそうな関係や、学校の授業も何となくついてけなくて、今いる場所や将来とかに対して、毎日言い様のない不安にかられていたんだ…。
メンバーはいつもそれぞれ自分のポジションがどんな感じかって事ばっかりだったから、あんまりミクの歌詞は注目されなかった(笑)
それでも私は沢山歌詞を書いた。皆につっこまれない分、何でも言いたい事を大きな声で歌えたんだよね。
ある時いつもの様に、マックでお茶してたらサヤがこんな事を言った。
「わたしさぁ、やっぱり家出てみようかなぁ。何か今の状況嫌なんだよね〜。」
何とかなるって感じで笑うサヤってちょっとかっこいいなと思った瞬間である。
私はまだリュウタとの事で答えが見つからなかった。
これからどうなるのかは、ほとんど彼次第で、私の意志とは関係なく、運命に身をゆだねている状態だったし、依然友達のまま進展は難しかったし…。
それから2人がスタジオに向かうと、遅れてトシくんとヨっぺがやって来た。
「よぉ、ミクこないだ書いてきた詩なんか良かったよ☆」トシくんが言った。
「えっ!いっつも歌詞なんか見ないじゃん!ちょっとうれしいんだけど。」
「いくらなんでも自分らの歌の歌詞くらいタマには見るって!!」トシくんに頭をこずかれた。
それから私達は約月一回のペースで、色んなイベントに出ては演奏をしていた。
もっぱら、無名のアマチュアバンドの演奏は、立ち止まる人だって少なかったし、せわしない町の空気に掻き消されて、消えちゃいそうなくらい自分の小ささを感じさせたりもしたけど、
気兼ねなく思ってる事を歌える時は何かちょっとすっきりしたものだ。
〈子猫の鈴の音、ちゃんとならない。あなたがキチンと首輪をしていてくれないせい。
あたしが逃げても関係ないフリ?がっかりさせずに楽しませてよ。〉
〈どうしたっていいの。悪い夢なら早く覚めて!!甘い夢の中でいつまでも溺れていたい…目を閉じて、二人が一つでいられる夢の中へいきたいよ。〉
〈例え投げ出した足が雲からはみ出し地に足着かずに彷徨っても、未完成な翼で不器用に飛ぶののは、小さなこの胸ドキドキしたいから…。〉
歌を歌うみたいに、心に思っている事がもっと素直に言葉になれば良かった。
そしたらもっとリュウタに気持ちを伝える事ができたかもしれない…。
私はきっと心の中の半分もリュウタに伝えられなかった。
あの子の好きよりも、もっと私の気持ちは勝っている自信あったのに…。
何年も待ったのに、どうして「好き」って言えないの?
彼女がいるから?彼女ってそんなにえらいの?
心に思う事はいっぱいあったけど、言葉にはできなかった。
自分勝手な言葉で、彼を傷つける事も、自分が傷つくのも、関係が切れてなくなるのも怖かったんだ…。
3月に入ると、私達の周りはまた少しづつ変わり始めていた。
大学院に通う二人はそろそろ就職活動をすると言い、サヤは秀才クラスから、普通クラスへ変更
届けを出した。
「だって、そんなに勉強したっていい大学受ける気ないから。」サヤはハッキリ言い切った。
私は…。
季節が変わる。皆がどんどん未来に向かって歩き出す時、
私はまだリュウタとの初恋に淡い夢を抱いているだけで、これから先の事は何一つ考えれなかった…。
「ミク、こないださぁ、ライブのチケット余ってるって言ってたよな?良かったら俺行きたい!!一緒に行こうや!」
ある日、トシくんから電話があって、私とトシくんは二人でライブを見に行く事になる。
何年も前からずっと好きで、私達のバンドでも曲を練習した某バンドの解散直前のライブだった。
何年も前、ほとんど売れてなかったはずなのに、そのバンドは気が付いたら大きなスタジアムで、解散ライブをやる様になって、思わず時間の流れを実感してしまう…。
憧れていた、いつも聞いていたバンドの解散が悲しいんじゃない。
昔小さなライブハウスで見た小さなバンドがこんなに大きくなって、沢山の人からの声援を浴びるまでになる程時間は経ったっていうのに、私はあの頃のまんまで、恋さえ自分の物にできない。
今自分のやっているバンドでさえ、皆がそれぞれ歩き出せば、いつかは絶対になくなってしまうはず。そういう事が急に悲しく思えて来た。
(あぁーやるせない。寂しい。居場所が見つからない!!)
涙が滝の様い次々と頬を流れていった。
「俺も泣けて来た〜!」トシくんもなんかちょっと泣いている。(単にライブ自体に…。)
大きなドームを彩る沢山のライトの花が花火みたいに生まれては消えて行く…。心を揺さぶる。
沢山のお客さんの声援を受けて、あの人達はどんなにいい気分なんだろう?
私はたった一人の心をつかむ事さえできないし、この先どうなるかも解んないのに…。
何だか言い様のない虚無感に襲われた…。
私達のバンドが解散したのは、それからしばらくたった日の事だった。
理由はやっぱりそれぞれの進路や、環境の変化で忙しくなったからだ。
その頃、あるイベントの審査員として来ていたラジオのプロデューサーみたいな人が、アマチュアバンドを取り上げたラジオ番組に出ないかと誘ってくれたりもしたけど、すでに解散後の事だった…。
人生ってドラマや映画みたいにはいかないんだな…。
大切な物が一つ消えて行った。卒業とも呼べたかもしれない。でも、あたしの中では“消えてしまった”って感じだった。
それから自分の中にある大事な物が、消えてしまう事が怖いと感じる様になったんだ。
いくつも通り過ぎていった昨日という幸せ。そして、明日には過去になっていつか消えてしまう今日という日。
迷ってるうちに何かを手放したり、答えが見つからないまま取り残されるかもしれない、そんな毎日に不安を感じていた。
そしてその頃始めてリュウタに言ってはいけない事を言ってしまう。
「ねぇ、あたしの気持ち解ってるくせに、何でそんな態度でいられるの?彼女の事そんなに好きなの?だからはぐらかしてんの!」今までリュウタに対して彼女の事を問いつめたり、好きだと言わない様に気を付けてたのに…。
リュウタはそんな私にちょっとめんどくさそうに言ったんだ。
「うん、ごめん、そりゃ彼女が一番だから。」
金づちで頭を殴られた様な衝撃…。
リュウタは何だかんだ私の事はまんざらでもないのかと思ってた。なのに彼女の事を言われたとたん、私は突き放された。彼にとっては“その程度”の“友達”なんだ…。
それから…桜が咲いて、暖かくなる頃、
寂しくなると私はひとりぼっちで、桜の公園によく行く様になった。
そこはいつでも暖かい空気や幸せそうな子供の声がしていた。何より、人に涙を見せて突き放されるのが怖かったあの頃は、一人になれる場所は必要だったし、落ち着いた。でも寂しかった…。
その時リュウタとは何とか縁が切れずに済んだけど、好きだったバンドと、自分のバンドの解散、リュウタとの事…、大事な物が通り過ぎようとするやるせなさを知った春の日、大事な物が離れて行く恐怖を感じたあの春以来、今でも私は桜を見ると無償に寂しい気持ちになる様になってしまっった。
奇麗な花は短い命が終わると、バラバラになって皆どっかに飛んで行っちゃうものなんだよね。