彼の隣り。
原付きで15分、私は彼を見つけて思いきりブレーキをかける。
ズザ===!!!!
砂利道の上で原付きが鈍い音を立てて止まった。
「リュウタ!!」
ヘルメットを乱暴に投げ出すと、私は彼の元に駆け寄った。
「ミク!」
リュウタがにこにこしながら手を降っている。
映画や漫画の世界なら、こんな時、思わず抱きついちゃったりするのかな?
でも、現実世界ではそれはやっちゃ駄目。最大のタブーなのだ。
私も軽く手を降って、赤い顔を冷たい手のひらで冷やしながら彼の前でポーカーフェイスを装った。
「久しぶり、お前全然変わらないな。チビだな〜。」
リュウタが目を細めて笑う。彼も全然変わっていない。ちょっとうれしい。
白くて奇麗な肌、少し長めに延ばした日に透ける細くて茶色の髪。
それをかきあげるしぐさや、ポテっとしたタラコみたいな唇、背の高い彼と話す時はちょっと首が痛かったな。それを上から見てるいじわるそうな細い目や、無駄におっきい手足を私に重ねる時の、子供の様な表情とか、記憶の中の彼と、目の前の彼が、重なりあって,色んな彼が、脳の中に一気に流れ込んでくる。
ドーパミン??とかα波?とか解んないけど、たぶんそういう物質が私の脳の中に大放出されたような感じ。頭が真っ白になる。
彼の手も、唇にだって触れた事があるし、一度はそんな事さえ当たり前になって、自分から別れてしまったくせに、改めて彼を目の前にしたら、あの頃の自分がとても妬ましくなって、後悔という二つの文字が、私の頭ん中いっぱいに広まっていくのが解った。
もうこの髪に触れる事も、唇を重ねる事も二度と無いんだ。
目の前にいる彼と、恋をして、2年もつき合ったなんて信じられない。
私は何でこの人を手放しちゃったの???
その瞬間、私は改めて彼に一目惚れしてしまったみたいだった。
「浅田と孝介来るまでここで座ってるか〜。ちょっと寒いけど。」
コンビニの駐車場には私達以外誰もいなかった。(平日の午後だったしね。)
リュウタはモコモコのジャケットに手を突っ込んで、駐車場の小さな縁石に座ると、隣をポンポンと叩いた。
隣に座ると、リュウタの柔らかい髪が私の耳に時々触れた。
「寒い。ってゆーかお前なんでそんな顔赤いの?」
「え?!」どきっとした。きっと今私の顔すごく赤いんだろうな。こんな時なんて言えばいいのか解んないよ。
思わずリュウタの隣だからだよ。とか言ったらどう思うかな…なんて考えたけど、あまりにもひとりよがりだって解ってるから、ぐっと言葉を飲み込んでこらえた。
「急いで来たから熱くなっちゃっただけだよ!」笑顔の作り方が解んなくなってた…。
彼は煙草に火を付けて、フワフワ輪っかを作っては嬉しそうに私に見せる。
その頃の私はまだ少し煙草が苦手だったけど、彼の煙草の匂いは何だかちょっと心地よくて、私はあったかい布団から出られない朝みたいな、夢の中でまどろんでいる様な、不思議な気持ちになっていったんだ。
「吸う?」彼が私に煙草を差し出した。
「ううん、いい…。」
私は彼の煙草の煙につつまれながら、学校の事とか、バイトの事とか、たわいもない話をすっとずっとしていたいと思った。
もちろん彼の今カノの話題にはお互い触れなかったけど…。
しばらくすると、孝介と、浅田がやって来た。
「よぉ、お待たせ!ミクちゃんがいるなんて珍しいね。」
二人は一瞬驚いた顔をしてニヤニヤ顔を見合わせた。
(やっぱり今更うちらが二人でいるのって不自然なのかなぁ…)少し悲しくなった。
私は、孝介とも浅田とも学校が違ったけど、高校に入ってすぐの頃、よく駅で見かけてて、その駅は色んな学校の子が集まってたから、何となく顔見知りで何度か一緒に話した事もあった。
二人はどうやら学校はやめてしまった様で、近頃見かけてなかったのだが、リュウタとはちょくちょく遊んでいたらしい。
もちろんリュウタの今カノとも、顔を合わせているだろう。
どっちかと言えば、人に説教する様な感じの人達ではなさそうだけど、おもしろがって彼女に言っちゃいそうな二人だ…。
リュウタはちょっと不機嫌そうに眉間にしわをよせて、二人に言った。
「何ニヤニヤしてんだよ!別にそーゆうんじゃないから!なぁ?」
リュウタはめったに怒らないけど、割と気分屋なところがある。今まさにちょっと気分悪い!って
感じだろう…。こんな時は笑顔で話を合わせる。
「うん。そーゆうんじゃないから。うちらなんてもうとっくに終わってんだし、たまたま暇で来ただけだよ。」
二人はとりあえずリュウタの機嫌が悪くなると厄介なので、
「ふーん。」と言ったキリ、特につっこんで来る事もなく、そのまま皆でたわいもない話をして、日が沈む頃、寒いし帰ろうという事になった。
「じゃあ、またな。」
リュウタが軽く手を振って、少し笑って帰って行った。
「うん、またね。暇な時メールちょうだい。」私も笑顔で返す。
でも解ってる。また今度はずっとずっと先で、もしかしたら“今度”なんてないかもしれない。
彼からのメールだって、彼がフっと暇な時に、彼女が忙しかったり、誰も遊ぶ人がいなかったら、たまたま私を思い出してなんとなーくメールを打ってみるだけなんだろうな。
私はそんなメールを、また何日も待ち続けてしまうんだろうな。
リュウタが帰ってしまうと、急に空が暗くなって、風がとても冷たかった事に気づく…。
彼の隣は暖かい、冬でも日だまりの様に私を包み込んでしまう不思議な空間だった。
何となく帰れなくて、立っていると、浅田が心配そうに私の顔を覗き込んで来た。
「お前、大丈夫か?ちゃんと帰れる?」
「何が?大丈夫だよ?」笑顔を作るけど、引きつってるんだろうな…。
「…リュウタの事好きなんだろ?でもあいつ彼女いるしやめといたら?」
「…。」泣きそうになる。うつむく私に浅田は念を押す様にポツリポツリと彼女の事を話し出した。
本当は聞きたくなかった…。(何でそんな事言うの?別に友達でいいって言ってんだからいいじゃん。)
でもその頃の私は何だかんんだやっぱり甘かった…。
気付いてなかった…。彼女の存在の強さを…。自分の愚かさを…。
浅田はポツリポツリと言葉を並べた。
浅田の話によると、リュウタの今カノは、結構可愛くて、スタイルも良くて、すごく一途な女の子らしい。
でも、一つ問題なのは、結構束縛が激しいって事で、女の子のメモリーが入っているなんて知れたら大変な事になる様だ…。
だからリュウタの携帯には女の子の番号なんて入れれないはずだと言う…。
「リュウタはきっとお前の事深く想ってくれないぜ…。どーゆうつもりか解んないけど、あの彼女にバレタラただじゃ済まないし、俺はあんまり関わらない方がいいと思うけど…。」
「うん…。」
私は聞いているようで、結構聞き流していたけど、あの頃は本当に皆に同じ事を言われていた。
好きな人がいるからって一緒になれないし、一緒になれたって幸せかなんて解んない。
未来がどんなに暗くても、あなたがいないよりはマシ。
どんな地獄の果てにだって、行こうと思えば行ける気がするんだから!
ただし一人で…なんて、あたしじゃなくても無理ですよね?




