あの子と私の一時間
「もしもし、パンダちゃんかな?」
むかつく。
たぶんそれはあたしのアドレスの中にpandaって文字があるから。
見透かされてるというか、馬鹿にされている。
わかる。
彼女…どうしてこんなに余裕なの?
わたしには余裕なんて残されてなかった。
受話器を持ちながら手が震えていた。
(助けてよリュウタ…あんたは今どこにいるの?)
「何?なんであんたがこの携帯で私に電話してくるの?彼はどこにいるの?」
ミクは千理に負けないように、必死で平然を装った。
千理はもちろん余裕で返す。
「何でって千理はリュウタくんの彼女だからにきまってんじゃん?リュウタくんがどこにいようがあんたに関係ないし、どうでもいいじゃん。」
千理はくすくす笑って言った。
胸の中がざわざわして頭に血がのぼる。
「リュウタ昨日、彼女と別れたって言ってたよ。それにだいぶ前から別れたいって言ってた。」
(どうだ!)
言ってやった!って感じだった。
実際ミクが彼女だったらこんな事聞い,,,て、彼とこれ以上どうこうしたいと思えないだろう。
彼が私と会っていた事、昨日の夜の事、その上こんな事を前から言っているんだよ?
傷つけばいい。
早く彼を嫌いになって、どっか遠くに行っちゃえばいい。
もうどうでもいい、
あんたが邪魔なの。
どっか行っちゃえ!!
私はどんな嫌な奴になってもかまわないと思った。
彼が好きになってくれるなら後はもういらないと思ったんだ。
千理はそんな事で同じる女じゃないのに…。
強がった。
「リュウタくんがそう言ったの?」
千理が不機嫌そうに聞いた。
「そうだよ、携帯勝手にいじられるの嫌だしわがままだし別れたいって!」
ミクは震える声で返した。
「ふーん。あ、そう。」
千理はさらりと聞き流す。
ミクのイライラはピークに達していた。
(何この人…どうしてこんなに平然としていられるの?私が電源を切っていた数時間の間に何があったの??)
どんなに平然を装ったところで、動揺を隠せずにいた。
胸の奥に広がる不安…。
どうして…??
駄目だ…。
気が付くと、ミクの頬にはぽろぽろと涙がこぼれていた。
こんなところで負けられないのに!!
胃がきりきりと痛み始めた。
彼女の声、数時間の間の出来事、何もかも、
理解できなかった。
「ミク、大丈夫?」
受話器に耳を近付けながら、多香子もテンパっていた。
答えられずにいる私に、千理は言葉を続ける。
「リュウタくんに全部聞いたの。そりゃショックだったよ。やっぱ信じてたし、まさか何?そんな風に二人で会ってたなんて想像もしてなかった。千理の事とか相談してるうちに何かよくなっちゃって?冗談じゃない!!でも千理別れる気ないしリュウタくんの事許してやり直すからもうかかわらないで!!!」
千理が強い口調で言った。
ってゆうか相談してた?って何?
リュウタは確かにずっと彼女と別れたいって言っていた。
でも相談なんてされた覚えは一度もない…。
よく解んないけどそういう事になっているらしい。
ずるい男。
それでも私達は彼が好きだった。
彼の嘘に振り回されて、傷付いて、
それでも彼が好き…。
手放すなんてできない。
「あんただって人のメールとか見たくせに…。」
千理がぼそっとつぶやいた。
「…。」何も答えられない。
「何とか言ったら?」
「…初めは…二人を邪魔するつもりじゃなかった。ただ、好きで友達としてでもいいから、もう一度会いたかった。でも今は、私も本当に彼とつき合いたいと思ってる。」
「何それ?会ってる時点でもう邪魔だし、もう一回なんて、虫が良すぎるんじゃない?」
確かに千理の言ってる事は間違っていない。
それでも今ここで引いちゃったら、彼と私はもう…。
「彼と話したい。彼を出して。」
「絶対嫌。」
千理の強い口調はミクの弱々しい声を遮った。
「もともとあんたがリュウタくんを捨てたんでしょう?それを私がもらったの。もうあんたにリュウタくんを渡すつもりもないしあんたにはそんな権利ない。」
「………。」
「千理はリュウタくんを離したりしない。千理はリュウタくんと結婚する。もちろんあんたはその式にも呼ばれない。どっかで他の誰かと幸せになればいい。もう二度と私達の邪魔をしないで。」
リュウタとの将来を語ってみせる千理を心から憎いと感じた。
多香子も黙ってそれを聞いていた。
千理の言っている事は否定する隙もないくらい正しくて、
私の考えたくなかった現実をズバズバと言ってくるその態度も、
強くて、自信に満ちていて、
それだけで、何だか心の中が痛くて、辛くて、
私は途方に暮れていた。
これ以上何を話せばあの過去を、この思いを、清算できるって言うの?
「あんたリュウタくんとやったんだら??」
「…え?」
「やったならやったって言いなよ。いいんだよ、一回くらいどうって事ない。千理、リュウタくんとこれからもいくらでもそんな事できるし今までだってそうしてきた。一回くらいどうって事ないから。」
「やってないよ。」
「嘘付くな!」
千理の口調が強くなる。
「リュウタがそう言ったの?」
「さあ?」
確かに…
昨日の夜…ミクとリュウタは体を重ねてキスをした。
でも、そんな中途半端な状態で、千理とリュウタに比べたら、
本当にやったとは言えなかった…。
余計空しくなるだけだ…。
「やってないよ。」
悲しいけどそう答えた。
同時にそれは、ミクの負けを決定付けた瞬間だったのかもしれない。
「あ、そう。」
千理は不満そうに言った。
「千理、電話するまであんたがどんな嫌な女なのかって考えてた。でも、意外と性格は悪くないみたいだし、すぐに新しい恋できると思うよ。」
「余計なお世話だし。」
「まあ、今回は運がわるかったけど、人生は長いんだからさ。これからいくらでもいい事あるって!!」
千理は何だか楽しそうに笑って言った。
彼女なりに強がっていたのかな…。
ミクはそんな彼女がやっぱりムカついた。
どうして?彼はどうしてこの子なの?
どうして私じゃないの??
彼女の声が耳に残る。
心の中に、モヤモヤとした寂しさだけが広がって行く。
また明日から、またあの灰色の景色をかんじるのかな?
自信はなかった。
ただ、一心に彼との復縁を願う気持ちだけがミクの気持ちをかりたてた。
それから堂々回りの二人の会話は1時間くらい続いた。
最後の方はもうあんまり記憶がない。
ミクも千理もただ必死に、自分の事を喋るだけで、
リュウタの気持ちなんて考えられない…。
なんて滑稽なんだろう私達。
悲しい気持ちが広がって行った…。
私は返す言葉を失って、
千理もだんだんと静かになっていった。
そして静かに千理が最後の言葉を述べた。
「どんな女なのかって考えてた。すっげームカついてたし今もムカついてたけど、そんなに性格は悪くないみたいだね。あんたならきっとすぐ次の恋ができるよって事で…。」
「…。」
「まぁ今回は諦めてよね。」
「…。」
「残念、無念で、サヨウナラ…。」
ザンネンムネンデサヨウナラ。
私は絶対忘れない。
屈辱的で、悲しくて、こんな思いは、
自分のせいなのにね。