接触
灰色の景色、歪んだ気持ち。
明日、希望、永遠や約束。
あいまいな物なんて大嫌いだった。
だって信じて裏切られるのって怖いでしょう??
だけどミクは解ったんだ。
信じられないからこそ信じたい事もある。
例えば彼との事、永遠とかって言葉も…。
今日は結局終業式とHRだけだから学校が終わったのはまだ午前だった。
退屈な担任の話が耳を素通りして行く。
窓の外はもう夏の熱気に包まれていた。
誰もが明日からの夏の予定を思い描いてる。
ミクも例外じゃない。
はっきり言って浮ついていた。
今夜の彼との会話、それからまた花火が一緒に見れて、
彼のバイクが来たら一番に見せてもらう事。
他にも沢山!
想像は尽きない。
彼の隣で手をつないで歩きたいな…とか。
勝手な妄想で胸がいっぱいになる。
(千理は今頃どうしてるのかな?夏休み初日から可愛そう。)
…なんて
ライバルの心配までしてみる自分。
本当にのんき。
…でもうれしいな。
今日ばかりは皆ホームで溜まって喋る事もない。
菜穂達も大人しく反対方面の電車に乗って帰って行った。
ミクと亜子も寄り道せずに電車に乗って、
それぞれに思い思いの夏休みが待っているんだろうな。って考える。
今しかできない、若くて、幼くて、きっと人生で一番の夏の始まり。
18の夏、もう2度と来ない最高の季節になるかもしれない。
大好きな彼と再び巡り会えた事で、
ミクの胸もいっそう期待で膨らんだ。
「今日は何だかいい顔してる。本当うっとうしーよアンタ。」
亜子にほっぺたをつねられて、ミクも亜子のほっぺをつまみ返す。
二人で変な顔をしながらクスクス笑ってはしゃいだ。
流れる景色や町の風景もギラギラ輝いている。
電車の中は楽しそうな学生でにぎわっていた。
「リュウタくんとは何時に会うの?」
「うーん、解んない。でも夕方かな?」
「去年行ったかき氷のお店がまた始まったらしいよ、時間あるなら寄ろうよ。」
「いいねー♪化粧直してから帰りたいし。あそこならすぐ帰れるしね。いいよ。」
ミクは機嫌良く誘いに乗った。
「やったー、決まり♪」
(楽しいな。)
ミクは友達が大好きだった。
この季節も、おいしいお店に寄り道する事も、バイトも、恋も。
何もかもが揃った気がして、心満たされた日だった。
(こんな日が明日から続いたらどんなに楽しいだろうな。)
幸せと言う、形のない物をミクは信じてもいいかなって思い始めていた。
あんなに期待しないって決めてたのが嘘みたいだ。
でも、そんなミクの心のどこかにはやっぱり不安が残っていたのかもしれない。
そして、それはもう、すぐ近くまで近付いていた。
私の知らない所で、黒い影は確かに広がっていたんだ…。
流れる景色、にぎわう車内、ミクと亜子を包んでいた楽しい気持ち、
一通のメールから全て崩れて行く。
それは彼からの一通のメール…。
電車は長いトンネルを抜け、圏外だった携帯の電波が二本になる頃だった。
ミクの携帯がいつもの着信音を鳴らす。
「噂をすればリュウタくんじゃない?」
亜子がニヤニヤ携帯を除いた。
「うん、そうみたい♪」
「じゃあ、亜子が読んであげるよ。」
携帯を手に取る亜子。
フォルダを開いたとたん、
彼女の顔は、まるで自分が告白でもされたみたいに赤くなる。
「ねぇ、何て?」
私が覗き込むと、何故か亜子が照れながら読んでくれた。
【声が聞きたい、電話して!】だってー!!!
「え!?」
予想外な内容に私も思わず赤くなる。
「やだ、ラブラブじゃん。もう心配いらないね。」
亜子にひやかされて私も恥ずかしくなった。
「やだ、こんなの冗談だよ、そんなキャラの人じゃないから。」
そう言いつつもついついにやけてしまった。
まさか彼がこんなの送ってくるなんてまったく予想外な出来事だったから。
でも浮かれていた私達はそんな事深く考えなかった。
彼も浮かれてる。
勝手にそう思っただけ。
私は亜子にせかされるままリュウタに電話をかけた。
すぐさま彼に繋がった。
私達は何となく嬉しくて顔を見合わせた。
受話器の向こうから声が聞こえる。
「もしもし…。」
その瞬間だった。
黒い影が私を包み込んだ瞬間。
ミクは携帯を握りしめたまま言葉を失っていた。
「ミク??どうしたの?」
亜子の不思議そうな顔を今でも忘れない。
さっきまでの穏やかさはどこに行っちゃったのか?
私は黙って亜子に携帯を渡した。
数秒後、亜子も同じ様に青ざめる。
電話の持ち主はリュウタじゃなかったんだ。
確かに番号は彼の物で、彼の携帯に間違いないんだけど…。
聞き慣れない高く細い声、
その声の持ち主は、今までに一度も聞いた事のない声で、
だけど確かに私は知っている。
甘えた様なかったるい口調。
かわいらしく振舞えそうな器用そうな女の声。
耳障りで、大嫌いな声。
初めて聞いた…でも解る。
私と同じ様に彼女も何となく正気じゃない。
その声は千理…リュウタの彼女、
それ以外の誰でもなかった。
「パンダちゃんね、引っかかると思った。私、誰だか解るよね?リュウタくんの彼女です。」
甘ったるくて耳障りな細い声、
どうして彼女が電話に出たの?
頭が混乱して、思わず電話を切った。
その後すぐに彼からメールが入る。
【彼女が勝手にメールして、電話した。本当にごめん。】
ミクと亜子は顔を見合わせた。
二人は同じ事を考えていたと思う。
今度は誰が打ってんだ?????
リュウタの事が信じてあげられなかった。
どうして彼は今彼女といるの?
どうして別れたのに“彼女”って呼ぶの?
今電話に出たら私はどうなっちゃうの?
二人は何をしているの?
【本当にリュウタなの?誰がメール打ってるの。不安だよ。夜家電から電話ちょーだい。今は電話出れないよ。】
せいいいっぱいの言葉だった…。
冷静で居られなかった。
楽しそうににぎわう学生達の声が、
もうずっと遠くで響いてる気がした。