序章
既に陽は西に大きく傾き、その古びたビルの片廊下の壁に窓の桟がその影を映していた。
「只今帰りました」
「ああ、お帰り、御苦労さま。で、どうだった?」
「ええ、かなり信憑性がありますね、あっ!」
山野は川村の机の上に見覚えのある菓子箱が無造作に開けられしかも空になっているのを見つけた。 「えーっ、食べたんですかっ!?僕のエクレア」
「ん?あ、これ、君の?」
「あたりまえじゃないですか、所長!」
「いや〜、鴻上さんの差し入れかと思って・・・」
「そんな訳ないでしょ、まったく意地汚い、人の物を勝手に食いやがって」
「食いやがってとはなんだ!上司に向かって、その言葉は聞き捨てならんぞ」
「何言ってんですか!あなたが人の物を勝手に食べるからでしょ。それを謝るどころか、とんでもない言い訳しようとするから」
山野は菓子箱を握りつぶすとゴミ箱に叩き込んだ。
「ふんっ、たかが菓子の一つで目くじらたてやがって、ケツの穴の小さい奴だ」
「三つです!エクレアがみぃ〜つ!」
「だいたいなー、危機管理がなっとらん。
他人に食われたくなかったらちゃんと隠しとけ」
「だから、一番下の引き出しに入れといたでしょ!鍵までかけて」
山野は自分の机を指さした。
彼は川村が無類の甘党なのを知っていた。
しかもスイーツに対して犬並みの嗅覚をもっていることも承知していた。
しかし、欲望に負けて人の道を踏み外すとは思ってもみなかった。
完璧な窃盗、あるいは是見よがしのパワハラ。
彼は後悔していた。
前の会社をリストラされ、蓄えもなく、家のローンと育ち盛りの子供を抱え、早く再就職せねばという焦りから、とんでもない所に入ってしまった。
[調査員募集]
「(有) 地球警備隊 中目黒支部 」
日給:八千八百円 社会保険完備
マイカー通勤:可 交通費:実費
年齢:不問 学歴:不問 経験:不問
長い沈黙を破ったのは、以外にも川村だった。
「すまなかった、大人気なかった。エクレアの甘い誘惑にどうしても抗うことができなかった」
普段の高圧的な態度は影を潜めている。
あまつさえ、うっすらと涙を浮かべている。
『六十男の涙なんか見たかないわ』
「いえ、もういいです」
『よくなーい、一生恨んでやる』
「勘弁してくれるのか?」
「ええ、僕も言いすぎました」
川村は顔を上げると洟をすすり、眼鏡をかけ直した。
「そうか、ありがとう・・・。ところで、どこで買ってきたのかね、このエクレア。とても旨かった」
「いえ、それは今朝、柿畑のお婆さんから貰ったものなので・・・」
「柿畑って、このビルのオーナーの?」
「そうです」
「なんで、また?」
「この間、大きな荷物を抱えて管理人室へ入って行こうとしていたので僕が手伝って、ついでにトイレの電球が切れてたのを交換してあげたのですが、そのときのお礼にと頂きました」
「へー、あの婆さんがねぇ・・・」
「?」
「いや、あの婆さん、相当なケチだっていう噂だし・・・」
「そうですか?そんな風には見えませんが、いつも小奇麗にしているし、柔和な感じで
品が良いですよ」
「よく会うのか?」
「知らないんですか?毎朝ここの一階のロビーを掃除していますよ。ああ、所長はいつも来るのが遅いから・・・」
「ふーん、ところで今日の情報は?」
「はい、信憑性は高いと思います」
「エージェントは誰だっけ?」
「ダブル・ポップコーンです」
「そうか、ダブル・ポップコーン・・・、懐かしい名前だ。この地球警備隊創設当時からのエージェントだ。彼の情報なら確かだろう」
「所長は彼を御存じですか?」
「うむ、何度か彼と仕事をしたことがある。
彼の情報収集力には称賛に値するものがある。
我々が判断するのに必要な材料を彼が全て集めてくれたので、我々の分析作業や行動計画の立案も容易に進めることができた」
「有能なエージェントなんですね」
「その通りだ、エージェントの中でピカイチだ」
川村は自分の机の引き出しからファイルを取り出すと山野に手渡した。
表紙には「極秘」と朱印されている。
山野がページを捲ると、そこには日本各地に所在するエージェントのコードネームと連絡方法が記されていた。
山野はそれらの名前を指でなぞりながら呟くように読み上げた。
「バブル・キャット、ダイナマイト・チョコ、シルバー・ホース・・・ピンク・バーニー」
十三の個性的なコードネームが並んでいる。
「この最後のピンク・バーニーって、女性ですか?」
「ん?いやそいつは男だ。我々のエージェントに女性はいない」
「でも、ピンクでバーニーでしょ、そっち系ですか?」
「さあ、コードネームは本人が勝手につけているから・・・」
「それにしてもスパイ映画に出てくるような名前じゃないですね、どれも」
「と云うと?」
「はい、ホワイト・イーグルだとかキング・コブラ、レッド・ブルなんて強そうなイメージの名前がないようで・・・」
山野は川村にファイルを返しながら言った。
「まあ、言われてみればそうだな。ま、いずれにしろ本人達に一任しているから、コードネームについては・・・」
川村は思い出したようにスーツの袖から腕時計をのぞかせて時間を確認した。
「あっ、いかん。こんな時間だ、今日はこれまでとしよう。ダブル・ポップコーンの報告書の詳しい検討は明日やることにしよう。山野君これを金庫にしまっておいてくれ」
山野は報告書を受け取ると部屋の北側の壁にかかっている安っぽい風景画の前に立った。
どこかの湖らしい光景、遠景は深い緑の森、
朝霧の中小さなボートが何艘か浮かんでいる。
彼はガラスの上からその中の一艘に人差し指を軽く当てた。
額は音もなくスライドし、隠し金庫が現れた。
金庫の前面には十ニ個のキーが並んでおり、彼は自分に与えられた四つの数字を打ち込んだ。
「虹彩認証開始します、確認するまで顔を動かさないでください」
抑揚のない合成音声が流れた。
「確認しました」、「エアーロック解除します」
『なんで、こんなしょぼい事務所に、こんな大げさな金庫。指紋認証、暗証番号、虹彩認証にエアーロック。ありふれたUFO情報なのに、何でこんなに厳重にしなくちちゃいけないの』
空気の抜ける音がして金庫の扉が開いた。
「・・・」
「どうした?山野君」
「いったいどうした!?」
川村が駆け寄ってきた。
「何ですか?これは」
山野は金庫から薄茶色の紙袋を掴みだすと
川村に突き付けるように開けて見せた。
「あっ」
「・・・」
「あははは、こんなところに・・・、すっかり忘れてた」
紙袋の中には見るからに干乾びたタイ焼きが三つ哀れな姿で収まっている。
「所長ですね」
「ああ、これね、ほら下の鴻上さんが持ってきてね、食べてくださいって」
「その鴻上さんて一体誰なんですか?それはともかく、何で金庫の中に入れとくんですか。この金庫はエアーロック掛けると中はほとんど真空状態になるんですよ。こんなにカラカラになっちゃ食べられんでしょ、あ、いや、そもそも食い物を入れるところではないでしょ」
「いや〜、私ぐらい危機管理意識が強くなると、なんでも金庫にしまう習慣がついてしまってな、あはは」
「あははじゃないです。あっ、もしかしてその鴻上さんと云うのは下の階の機械メーカーの女性?」
「なんだ、君は彼女の名前を知らなかったのか」
「時々、エレベーターとかで一緒になったときに会釈するぐらいで、名前なんか知りませんよ。先週の木曜日だったか、駐車場で彼女の車がパンクして困ってたから、とりあえずスペアーと交換してあげたことがあったけど・・・」
「女性には親切なんだな」
「んー、と、い、う、こ、と、は、このタイ焼き、その時のお礼?」
「流石だね、明智君」
『明智君じゃねーよ、このおっさん、きっと僕には内緒にしておくつもりだったんだ。
一人占めするつもりだったんだ。
金庫に入れたはいいが、そのことをすっかり忘れてしまったんだな。お前は百舌かっ!』
川村はそそくさと帰り支度をすませ、「じゃあ、明日」と短い挨拶を残して部屋を出て行った。
山野の机の上には紙袋がひとつ。
『僕が事務所を空けたのは先週の金曜日。
とすると、鴻上さんが持ってきたのは金曜日ということになるから・・・』
彼は指を折って数えた。
『五日も経ってるのか・・・』
彼は肩を落として部屋を出た。
廊下の薄暗い照明がチカチカしている。
『もうじき切れるな。柿畑のおばあちゃんに言っておかなきゃ』
「山野君、やはりこれは当たりだ」
モニターの画像を食い入るように見つめていた川村がかすれた声で山野に告げた。
ダブル・ポップコーンから受け取った画像はかなり鮮明で、疎らな木立を抱える稜線の上空に浮かぶ物体の細部までを鮮明に見ることができた。
「動画はないのか?」
「残念ながら動画はありません」
「うーん、間違いない。アフロダーニャの空母だ」
「SC(雪結晶)型母船、中心部からの各先端までの長さ七百メートル、中心部の高さ九十メートル、バレルレス光子収束砲十八門装備、菱形小型戦闘機百五十機搭載、以上が分析結果の概要です」
「あからさまな挑発行為だ」
「補足データによると出現時間は十八分間だったそうです」
「場所は?」
「撮影場所は長野県大滝村です。ダブル・ポップコーンさんの実家のすぐ近くだそうです」
「へー、そうだったんだ・・・」
「たまたま帰省してた時に遭遇したらしいです」
「・・・」
「どうしたんですか、所長?」
「山野君、これは大変なことになりそうだ。
エージェント全員に至急連絡をとってくれ、各自身辺に十分警戒するように」
「どう云うことなんですか?」
「奴等もどうやら探りを入れてきたようだ。昨日、君がダブル・ポップコーンに接触したとき不審なところはなかったか?」
「不審なところと言われても、顔写真は見てましたが、実際会うのは初めてでしたし、
プロフィール通りの体型、話し方、ガニ股、右利き・・・」
「ん、右利き?彼に情報料渡した時、領収証を貰っただろう?」
「はい、貰いました」
「サインはどっちの手で書いた?」
「もちろん右手です」
「あぁ、やられた。彼は領収証のサインだけは左でするんだ!」
「と云うことは・・・」
「君が昨日会ったのは、偽物だ。おそらくアフロダーニャの工作員だろう」
「工作員?」
「アフロダーニャのコマンド、略してAコンと我々は呼んでいる。地球人になりすまして任務を遂行するアフロダーニャの特殊工作員だ」
「それじゃあ、このファイルは偽物ですか?」
「いや、それはないと思う。偽情報を掴ませて我々を混乱させるなんてショボイ手は使わんだろう。この程度の情報なら我々に知られても何のリスクもないだろうからな。むしろ、あえて我々に接触してきた理由はこの地球警備隊の存在に気がついたからだろう」
「・・・」
「もう少し君には黙っておこうと思っていたが、我々地球警備隊の本当の姿を君に見せる時がきたようだ」
川村は椅子から立ち上がると廊下に通じるドアへ向かった。
「ついて来なさい」
川村は廊下に出るとエレベーターとは逆方向へ向かった。
『おいおい、そっちは、トイレだぞ』
山野が躊躇していると川村が振り返って手招きをした。
川村は男子トイレに入ると、一番奥の個室を指さして言った。
「そこに入って便器に腰かけるんだ」
川村は隣の個室に入り壁越しに次の指示を与えた。
「右側にレバーがあるだろ、水を流すレバー。それを引っ張ってみろ」
勢いよく水が流れ出した。
「ちがーう、回すんじゃない、引っ張るんだ。手前に引っ張るとレバーの丸いところが赤く光るから」
「あっ、光りました」
「そうだ、そしたら〈大〉の方へゆっくり回せ。カチッと音がしたら、ランプが青に変わる」
「青になりました!」
「そしたら、十数えろ」
山野が数え終わらないうちにその個室の便器は床ごとゆっくりと降下しはじめた。
その速度は徐々に速くなり、山野は両手で便座を押えなければならなかった。
『おおっ、こんな仕掛けが・・・、秘密のエレベーターかい、でも、なんでトイレなの』
程無く一人乗りのエレベーターは目的地に到着した。
そこはエレベーターホールらしく天井も壁も金属的な素材で出来ており、床はクッション性のある床材で非常に滑らかなカーペットのようにも見える。
天井には埋め込み型の照明が円を描くように配置されている。
ホールから続く通路も同じ素材の壁や天井で出来ており、幅は四メートル、天井の高さは三メートル程である。
山野はその通路の先を見つめた。
奥に半透明の仕切りがありそれを通して部屋の中がぼんやり見える。
彼は背後に気配を感じて振り返った。
川村がニヤニヤしながら立っていた。
「ようこそ地球警備隊本部、地下百五十メートルの秘密基地へ」
「・・・」
「あはは、こんなことで驚いてどうする、さあ行こう」
川村が先だって歩き出したので、山野は彼の後に従った。
二人が半透明のスライド式ドアの手前まで来るとそれは自動的に音もなく開き、彼らが中に入ると直ぐに閉まった。
「結構広いですね」
それが山野の第一印象だった。
「そうだな、中学や高校の体育館ぐらいの広さはあるかな」
「天井も高いし、地下室や地下街に居るような圧迫感はまったく無い。空気も淀んだ感じではなくて、地上と全然変わらない」
その広い空間は胸高ほどのパーティションでいくつにも仕切られている。
一際広い中央のブースには、外側の直径が五メートル程のドーナツ型の机が設置されおり、その上には二十ほどの液晶モニターやキーボードが等間隔に並んでいる。
ドーナツの中心部には3D投射機がゆっくりと回転するリアルタイムの地球を浮かびあがらせていた。
そのブースの奥は一段高くなっており、コの字型の重厚な机が全体を見渡せるように配置されている。
さしずめ、司令官席といったところだろうか。
「すごい施設ですね」
それは山野の率直な感想だった。
「どうかね、これで我々の組織が単なるUFOオタクの同好会ではないことが分ってもらえたかね」
「と云うことは、アフロダーニャのこともダブル・ポップコーンのことも本当だったんですね。僕は今まで全て物好きなSF愛好者の手の込んだ作り話だと思っていたんですが・・・」
「さもあらん」
「ところで、他の職員というか隊員というか、ここには誰もいませんが?」
「まだみんな仕事中だ」
川村は右手の人差し指を立てて上を指した。
「上で仕事中?」
「そうさ、うちの中目黒支部のビルには何社入ってる?」
「二階は機械メーカーの出張所で三階がうちの支部、四階が医薬品販売の営業所、五階に英会話の教室と占星術の占い師が部屋を借りてますね」
「その通り。つまりだ、うちのビルで働いている人間はすべて組織の人間と云うわけだ。私たちを含めて総員四十七名。普段は普通のサラリーマンやOL、英会話の先生、占い師として働き、緊急時にはここに降りてきて勤務にあたる。常駐でUFO情報の収集や分析にあたっているのは君と私。さらにサポート隊員として各地のエージェントが活動している」
『うーん、やっぱり信じられん、たった六十人の地球警備隊なんて・・・』
「さて、もう少し詳しいことは車中で話すことにしよう。今から出ればあまり遅くはなるまい」
「えっ、これから何処に?」
「決まってるだろ、大滝村さ。ダブル・ポップコーンの安否を確かめなきゃならん。サポーターとはいえ彼は有能な我々のエージェントであり大切な仲間だ。このまま放っておくわけにはいかん」
「そうですね」
二人はホールに戻り今度は普通のエレベーターに乗り込んだ。
エレベーターは途中で一旦停止し水平方向に移動したかと思うと再び上昇した。速度は徐々に遅くなりやがて停止したが、直ぐにはドアは開かなかった。
「エリア確認中ですしばらくお待ちください」若い女性の声が室内に流れた。
「周囲に部外者がいないかどうか確認してるんだ」
川村は訊かれるとも無しに答えた。
ドアが開いた時、山野はその言葉の意味を理解した。
「なるほど、柿畑ビルの一階エントランスホールにもつながっていたんですね」
川村は愉快そうに笑みをこぼすと駐車場へ向かって歩きだした。
柿畑ビルの一階の三分の二は駐車場になっており、鋼製の防火ドアでエントランスホールと仕切られている。その駐車場の片隅に地球警備隊唯一の社用車が置いてある。
川村はその車に近づいて行った。
埃を被った黄色いステーションワゴン、ボディのあちこちがへこんでいる。天井の塗装もかなり剥げている。
山野は今まで一度もこれに乗ったことがない。乗れるとも思っていなかった。
『げっ、まさかこれで行く気?動くの?
片道五時間だよ、中央道走れるの?高速だよ、
タイヤつるつるだよ、山道もあるんだよ』
川村は車の傍まで来ると周囲を見回し他に誰もいないのを確認すると、ズボンのポケットからキーを取り出して車に向け小さなボタンを押した。
ボロ車は床ごと反転して地下に消え去り、
ブラックマイカのスポーツカーが入れ替わって現れた。
『おお、やっぱりこうでなくっちゃ。本当はこういう展開になるんじゃないかと思っていたんだ、へへへ』
「何をニヤついているんだ、さあ行くぞ」
川村はすでに助手席へ乗り込もうとしている。
『よーし、やったるでー』
何をやったるのか自分でも分らないまま山野の気持ちは昂ぶっていた。
M社のスポーツカーR系の最新型はスポーツタイプとしては大人四人がくつろげる空間を提供している。
高速に上がると川村は話し始めた。
「我々地球警備隊の使命は、地球外からの侵略者に対しその侵攻を阻止することにある。
今回、長野にアフロダーニャがおおっぴらに姿を現したことは、奴等の力を見せつけんとする明らかな示威行動だ」
「彼らの目的は何なのですか?やはり地球征服ですか」
「いや、地球征服というより、食料調達だ」
「食料調達って、地球上の食料を狙っているってことですか?」
「いや、そうではない。地球人そのものを食料として狙っているってことだ」
「げっ、人食い人種なんですか、アフロダーニャって」
「まあ、そう云うことになるかな。我々の概念からすると、人類はこの地球上で食物連鎖の頂点に立っているから、自分たちが食われることは無いと思っているが、奴等にしてみれば、我々人間も牛や豚と同様に単なる食料でしかないんだ」
「・・・」
「君はアフロダーニャが人類と同じ姿をしていると思っているから『人食い人種』って発想になるんだろうが、奴等の本当の姿を知らないからそう思うのさ」
「本当の姿って?」
「ナメクジ、直立する等身大のナメクジだと思っていればいい」
「気色悪い。じゃあAコンは何なんです?完璧に人間の姿でしたよ」
「それは、奴等の特殊能力のお陰さ。奴等は体細胞の配列を自由に変えることができるんだ。それによって外見的にはどんなものにも変身することができる」
「へー」
「それだけじゃない。Aコンは自分が成り済まそうとする者の言語を理解し使いこなす能力に長けているから厄介なんだ。どんな言語も二、三日あれば習得してしまうらしい。そもそも奴等が最初に地球に来たのは千三百年前だから、地球人の言語はおろか慣習や文化も既に習得している」
「千三百年前から来てるんですか!」
「我が国でいうと元明天皇が平城京に遷都した頃の時代だ」
「その頃から人間狩りを・・・」
「いや、奴等は人間を襲ったりはしなかった。意味がないからな」
「食料にするんでしょ?」
「そのつもりだったんだが、食料にはできなかった。とは云うのは、我々地球人は奴等の生命を脅かす毒をその体内にもっていたからだ」
「フグみたいに?」
「まあ、そう云うもんだな。地球人なら誰でもその身体の中にβテリオサリシンという酵素をもっている。それが奴等にとっては恐ろしい毒となるんだ。奴等の体細胞を壊死させてしまう猛毒。それで地球人に手を出すのを諦めた」
「だとすると、今回再び地球に現れた理由は?」
「・・・君はこの千三百年の間、人類が身体的に全然変化しなかったと思うかい?」
「・・・あっ、そうか、長い年月の間にそのβなんとかが無くなってしまった」
「βテリオサリシンだ。無くなってしまったと云うより、その毒性が弱まったと言ったほうがいいだろう」
二人は須訪湖サービスエリアで休憩を兼ねて遅めの昼食をとることにした。
川村は肉蕎麦を註文し山野は海老フライセット特盛りをたのんだ。
「おいおい、ちょっとボリューム多くない?」
二人のテーブルに注文の品が運ばれてきたとき川村は呆れ顔で山野の皿を見て言った。
「これからまだ三時間の道程だ、あんまり食いすぎると運転がつらいぞ」
「はあ、そうですね、でも僕の好物ですから、海老フライ。しかも家では滅多にでないメニューですもんね、ここで食べておかないと今度いつお目にかかれるやら・・・」
山野はお構いなしにナイフとフォークを手に取った。
二人は食事を終えると再び車に乗り込み、目的地へ向かった。
山野は川村にさっきの話しの続きを促した。
「βテリオサリシンの毒性が弱まったのでアフロダーニャにしてみれば好機到来と云うわけですね。千三百年も待った甲斐があったわけだ」
「そう云うことだが、そもそも奴等はこの広大無辺の宇宙を食料を求めて渡り歩く流浪の民なんだ。一つの星で食い物が見つからなければ他の惑星を探す。それを何千年と繰り返している。千三百年ぶりにやって来た地球で思いがけなく人類が食べ頃になっていた、
と云うところだろう」
伊奈インターを降りると高速道路の単調な風景から郷愁を誘う田園風景に変わったが、それもつかの間でこんどは二千メートル級の山々を左右に拝しながらの道行となった。
彼らが大滝村役場近くの古びた宿に着いた時にはすっかり辺りは暗くなって、部屋の窓から楽しめるはずの湖畔の風景も小さな集落の僅かな明かりをその揺れる水面に映すだけであった。
「ところで、ダブル・ポップコーンの実家というのは?」
川村は浴衣の上に袢纏を羽織り、すっかりくつろいだ様子で山野に尋ねた。
「はい、ここから車で四十分ぐらいでしょうか、川沿いの道を行ったところらしいですね、発電所が近くにあるって言ってましたから。戸数も僅かですから、すぐに探し出せると思います」
山野は地図を見ながら答えたが、ふとあることに気がついた。
「ダブル・ポップコーンの本名はなんて言うんですか?」
「知らん」
「知らんって、じゃあどうやって彼の実家を探すんですか?」
「写真を持って来てるだろ、小さな集落なら彼の写真を見せれば何処の誰兵衛だかすぐに分るさ」
「ああ、なるほどね。写真を見せて人を訪ね歩くって、なんだか刑事ドラマみたいですね」
「あっ、そうだ、君に渡すものがあったんだ」
川村はいつも持ち歩いているショルダーバッグを開いて中を覗き込んだ。
「はい、これ」
「何ですか、これは!」
「君の身分証明書だよ」
「そうじゃなくて、まさかこれは・・・」
二つ折の革ケースを開くと片方には顔写真付きの身分証明書、もう一方には金色のエンブレム、旭日章が後光を放っている。
「えーっ、ニセ警察手帳だ!犯罪行為だ!大変だ!これで終わりだ!刑務所行きだ!なんて不運なんだ!知らない間に犯罪組織に加担していたなんて!」
「おいおい、何をうろたえているんだ。心配いらん、これは正規のものだ」
「そんなデタラメ通用しませんっ!僕は警察に就職した訳じゃないですよ。有限会社・地球警備隊・中目黒支部ですよ。ただでさえ胡散臭いと思っていましたが・・・」
「落ち着いて聴きくんだ、山野君」
川村は山野の動転ぶりを楽しんでいるかのようにニヤけて言った。
「いいかね、これは国家公安委員会から特別に許可をもらって作った身分証だ。だからこれを所持していても犯罪ではないし何の心配もいらん。一見すると警察手帳だが、警察のとまったく同じと云うことではない。
エンブレムを良く見てみろ、POLICEではなくてDETECTIVEとなっているだろ」
「あ、ほんとだ」
「これは、我々地球警備隊がUFO調査に関して公式の捜査をすることが出来るという日本政府からのお墨付きなのだ。場合によっては警察の協力を仰ぐことだってできる」
翌日、二人は宿の朝食を食堂で済ませるとそのままチェックアウトした。
「彼の実家に行く前に、この写真の撮影場所を確認しておこう。この村の周囲を一回りしてみてくれ」
川村は山野に指示すると、ダッシュボードの開閉ボタンを押した。
蓋がゆっくり回転して上下に並んだ十ばかりのスイッチやツマミが現れた。
「おお、何ですかそれは、秘密兵器ですか?」
山野の声は好奇心に刺激されトーンが少し上がっている。
「まあ、秘密兵器と言えなくもないが」
川村が上段左端のスイッチを入れるとカーナビモニターの表示が変わって車の周囲の風景が映し出された。
「テレビカメラですか?」
「そうだ、この車の屋根に取り付けられているカメラの映像だ。そしてこのツマミを回すと水平に360度回転する、上下角も自在だ。これをオートに設定しておいて、次に画像照合を選択して・・・。このメモリーをモニターの横側のスロットに差し込んでくれ」
「これは?」
「例のUFO画像のデータだ。その画像と似通った風景をカメラが捉えたら、コンピューターが教えてくれる」
「へー優れ物の装置ですね。これなら運転に集中できます」
「そういう訳だ、君はキョロキョロしないで運転に集中したまえ」
「了解!」
二人の乗った車は狭い集落を一周し山道へと入って行った。
「この先は?」
「スキー場やキャンプ場があります。温泉宿もあるようですね」
「そうか、ではこの道を上がってみよう」
撮影場所を特定するのに時間はかからなかった。
車載コンピューターがシグナルを発し山野は車を路肩に止めた。
「どうやら、ここらしいな。降りてみよう」
二人はモニターが示す方向を確認して車外に出た。
川村は写真を前にかざし、目の前に広がる景色と見比べて言った
「あっちの方角だ」
「間違いないですね
遠岳山上空八百メートルのUFOをここから捉えたってことですね」
川村は写真をポケットにしまいながら大きく頷いた。
二人はその近辺にダブル・ポップコーン失踪の手掛かりは無いと判ると再び車に乗り込んだ。
「よし、次はダブル・ポップコーンの家だ!」
川村の言葉が合図となって山野はサイドブレーキを緩めた。
四WSの特別仕様車は難なく狭い山道をUターンする。
ボンネットに降りていた夜露はエンジンの熱ですっかり蒸発していた。
「時代劇のロケにはもってこいの場所だな」
「もってこい?」
「うってつけってことだ」
長い年月、風雪に耐えた木造の民家がその歴史を誇示するかのように点在している。
「日本の農村の原風景ってこんなのだったな」
川村は懐かしむような口ぶりでダブル・ポップコーンの故郷を評した。
「ちょっとあの店の前で止まってくれ、タバコを買いたいんだ」
「それなら僕が買ってきます。ついでにこの写真を見せて彼のことを尋ねてみます」
山野は日用品・雑貨の店「竹山商店」の脇の空き地に車を止めて店の中へ入って行った。
「ごめんください・・・、ごめんくださーい、誰かいませんかー」
「はいはい」
店の奥から出てきたのは腰の曲がった白髪の老婆だ。
「はい、何にしましょ?」
「タバコを下さい、ピースを二箱」
「ピース二つね」
老婆は陳列棚からピースを取り出すとカウンターの上に置いた。
山野は代金を支払い財布を胸ポケットに収めるとその手で写真を取り出しながら尋ねた。
「お婆さんちょっと伺いたいのですが、この写真の男性を見たことありませんか?」
老婆は怪訝そうに山野の顔と差し出された写真を何度か見返した。
山野は出来るだけ善良そうな笑みを浮かべて老婆を見つめた。
「ああこりゃ、亀山さんとこの息子じゃが・・・、あんた刑事さんかね?」山野は例の手帳を出そうかと一瞬迷ったが、首を振って 答えた。
「いいえ、ちょっとした仕事の関係で・・・」
「ふーん、そうかね・・・」
「家はどこかご存知ですか?」
「この道を先に行くと二股に分かれておるから右に曲がって、そうすると突きあたりの家じゃ。庭先に大きな柿の木がある。だけんど、今は誰も住んどらんで」
「誰も住んでいない?」
「そうじゃ、五、六年前、奥さんが病気で亡くなっての、一年も経たんうちに旦那さんも後を追うように死んでしもうたわ。一人息子は学校を卒業して東京で就職したとかで、しばらく顔を見せんかったが、親が死んでから年に何回かは墓参りに帰って来よるようじゃ」
「そうですか、ありがとうございました」
山野はタバコと写真をポケットにしまうと店を出た。
「ここだな」
「そうですね。かなり痛んでますね」
「そりゃそうだろ、無人の家ってすぐに朽ちていくもんだ。掃除をしたり修繕をしたり風を通したりしなきゃ家が痛んでいくのは早いもんだ」
二人は車を降りると前庭を通り玄関へと向かった。
葉をすっかり落した古い大きな柿の木が寒々とした情景を醸し出している。
「亀山」
山野は玄関の上の表札を指さした。
川村は頷いて、無言で次の指示を出す。
山野が一歩前に出て引き戸に手をかけた。
当然、玄関の鍵はかかっている。
「裏へまわってみよう」
「了解!」
南に面して縁側が設えてあるようだ。
艶を失った雨戸が十数枚この無人の屋敷を守っている。
「所長、あそこに勝手口があります」
二人はその扉の前に立つと顔を見合わせた。
「所長、このドアだけ建物とは不釣り合いですね」
「そうだな、後から付け替えたようだな、しかも最近のようだ」
山野はドアノブを回そうとしたが、ガチャガチャと音を立てるばかりでドアは開かない。
「どうします?」
「開けるしかないだろ、とにかく中に入らなきゃ何の手掛かりも得られない」
川村はそう言いながらズボンの後ろポケットから何かを取り出した。
長財布ぐらいの大きさだが厚みがある。
「何ですか、それ?」
川村は答えず、そのジッパーを引いて開けてみせた。
「どこでも解錠ツールゥ」
『あんたは、どら○もんかっ!』
「そんな物まで持ち歩いているんですか」
川村は山野の言葉を無視して作業にとりかかった。
十七分間会話は途切れて、名も知らぬ野鳥の鳴き声だけが何処からか二人の耳元に届いた。
ガチャリと音がして山野は慌てて周囲を見回した。
「よしっ、開いたぞ」
川村は振り返って山野を見上げた。得意げな笑みを浮かべているが、額には汗がにじんでいる。
「さあ、入るぞ、気をつけろ」
「了解!」
北側の高い位置にある格子の嵌ったガラス窓からの光が幾筋かの帯となって家の中を照らしている。
カビ臭い空気が漂っているが荒れた様子はない。
このまま十分生活出来そうである。
「へー、誰か管理しているのかな」
「そうだな、今でも住んでるみたいな感じだな。あっ、お前土足じゃないか!」
「そういう所長だって」
「よく見ろ」
川村は右足を上げて山野に自分の靴を見せた。
彼の靴には透明なカバーがかけられている。
「えーっ!いつの間に、ずるいなー、僕はそんなの持ってないですよ」
二人は隈なく家の中を探索したが、ダブル・ポップコーン失踪に結びつくような手掛かりは得られなかった。
「何もないですね」
「そうだな、手掛かり無しか」
「東京へ戻りますか?」
「そうだな・・・」
二人は和室の大広間から中廊下を通って台所へと戻った。
「あれ?」
「どうした?」
山野が立ち止まって指をさした。
「ほら見て下さい、この台所の戸を・・・
鍵がかけられる様になっています。他のどの部屋にも鍵を掛ける様にはなってなかったのに・・・」
「ふーん、ということは、そこの勝手口の鍵を掛けると一応この台所は密室ということになるのか・・・、臭いな」
「あっ、すいません」
「ん、何が?」
「オナラしちゃって」
「あっ、臭い。すかしっ屁しやがって。じゃなくて、怪しいっての、この部屋が」
「よーし、もう一度調べ直してみます」
二人は流し台の下や食器棚、周囲の壁も丹念に調べていった。
彼らが再び諦めかけた時、声をあげたのは山野だった。
「あっ、あった」
「何かあったか?」
「はい、これを見て下さい」
山野はテーブルの下に屈みこんで板張りの床に視線を落としている。
「ほら、こんなところに穴が」
それはちょうど大人の指が入るくらいの大きさだ。
「下が覗けるか?」
川村は山野にペンライトを手渡した。
「ダメです、暗くてよく見えません。でも、多分こうすると・・・」
山野はその穴に指を差し込んで六十センチ四方の床板を持ち上げた。
「おっ、床下収納か」
「いいえ、地下室ですね」
山野はペンライトの光をその暗い穴の中に向けて言った。
「降りて見ましょう」
木造の階段はキシキシと音を立てながら二人を暗い地下へと導いた。
山野は階段を降りついた所で壁にスイッチがあるのに気付いた。
「電気、点くんでしょうか」
「押してみろ」
天井の蛍光灯が弱々しく点灯しそのひんやりとした室内をぼんやりと照らした。
四方は石積みの壁で、その一角に長机が一つとオフィス用の椅子が一つ、机の上にはノート型のパソコンと薄型のプリンターと用紙が数枚、空のバインダーが開かれたまま置いてあり、ボールペンが一本所在なく転がっている。
「何か書き残したものはないか?」
「ありませんね、パソコン立ち上げてみます」
山野はそう言いながら椅子に腰を下ろし電源を入れた。
ハードディスクの回転音が狭い空間に微かに響いた。
初期画面が消えると、警告表示が表われた。
「パスワードを入力してください、か」
「入力してみろ」
川村は山野の肩越しに画面を見つめている。
「入力してみろって言われても、僕がパスワードを知ってる訳ないじゃないですか」
「いいから、ダブルとかポップコーンとか適当に入れてみろ。ややこしい推理小説じゃあるまいし」
川村の無責任なアドバイスは功を奏した。
「ほらぁ~、見てみろ~」
「・・・、あっ、これだ、このファイル[ONT]がきっと今回のやつだ」
アイコンをダブルクリックすると見覚えのある画像と文章が表示された。
山野は画面をスクロールさせながら確認していった。
「あれっ、所長、このファイルには我々が受け取った以外の情報が入ってますよ」
「どういうことだ?」
「はい、前半は我々が受け取った報告書とまったく同じ内容ですが、後半はその中に無かった情報なんです。えーと、《大滝村住民に関する疑惑》ってタイトルなんですが」
「どういう内容なんだ」
「えーと、まさか・・・、大滝村には既に複数のAコンが侵入している怖れがある。最も疑わしいのは村役場の職員であり、相当数の職員がAコンと入れ替わっている可能性がある。彼らは地球人家畜化計画の第一歩をここ大滝村で踏み出そうとしている・・・」
「うーん、厄介なことになったな」
「これが事実だとすると、とんでもないことですよ」
「そうだな、これが事実だとすると長居は無用だ。早くこの村を出たほうがいいな。そのパソコンを持って東京に戻ろう。詳しい検証はそれからだ」
二人は地下室を出ると足早に自分たちの車へ向かった。
彼らが車の傍まで来た時その陰から一人の巡査が不意に姿を現した。
「ちょっと、あんた達ここで何をしてるんだ!」
山野は一瞬たじろぎ川村の顔を見た。
川村はまったく動じた様子もなく、険しい目つきで巡査を睨むと胸ポケットから手帳を取り出し、彼の目の前に突き付けた。
「失礼しました、警視!」
巡査は直立不動の姿勢をとるとぎこちなく敬礼をした。
川村は慣れた様子で軽く敬礼を返したが、巡査を見つめる目つきは変わらない。
「うむ、君は?」
「はい、自分は駐在所勤務の沢上です。東京から来た不審な男達が空家の周りをうろついているとの住民からの通報がありましたので・・・」
「そうか、ご苦労だな。我々はある失踪事件の捜査のためここに来ている。なにぶん極秘捜査のため君に詳しいことは言えない。所轄にも通せない事案なのだが、何か問題があるかね?」
「いえ、何も問題ありません!」
「そうか、では君は通常勤務に戻りたまえ、我々も今から帰るところだ」
二人は車に乗り込むとその場を離れた。
山野は分かれ道を左折するまでの間、巡査が自分達をいつまでも見送っているのをミラー越しに見ていた。
「若い巡査ですね。こんな寒村だから滅多にない事件だと張り切って来たんでしょうね」
「ははは、そうかな。君は気付かなかったようだが、アイツは偽警官だ。日本中どこを探したって左手で敬礼をする警察官なんかいやしない。しかも、我々が東京から来たってどうして知っているのか」
「車のナンバープレートを見たんじゃないんですか」
「ふふふ、この車は秘密捜査車両だ。県境を通過するたびにその土地のナンバーに自動的に変わる仕組みなんだ。他県ナンバーだと目につきやすいからな。今は松本ナンバーになっている」
「ひぇー!そうだったんですか。全然気がつかなかった。と云うことは・・・」
「つまり、あの警官もAコンのうちの一体と云うことだ。ダブル・ポップコーンは役場の人間が怪しいと思っていたようだが、もしかするとあの警官のことは見過ごしていたかもしれない。高速に上がったら最初のパーキングエリアで車を止めてくれ」
川村はそこまで言うとシートを倒し目をつぶった。
程無く車は舗装された県道に入り、山野はスピードを上げた。
「ところで、地球人家畜化計画って何ですか?」
山野の問いに川村は答えることは無かった。
聞こえてきたのは彼の鼾の音だった。
『やれやれ、寝付きのいいおっさんだ。横になってから一分と経ってない』
「所長、着きましたよ」
山野は川村に言われた通り最初のPAに入って駐車場に車を止めた。
「ああ・・・」
川村は大きく伸びをすると、シートを起こしドアを開けた。
「トイレですか?」
「うん」
川村は用を足すと車へは戻らず、隣接する売店の中へ入っていった。
彼は直ぐに売店から出てくると、手に紙袋をぶらさげて車に戻って来た。
「ほら、肉まんだ」
川村は運転席の窓越に紙袋を山野に渡した。
「ありがとうございます、いただきます」
川村は手ぶらになると助手席側に回り体を屈めて車体の下を覗きこんだ。
「どうかしたんですか?」
山野は熱々の肉まんを頬張りながら尋ねた。
「あっ、やっぱりな、これを見ろ」
山野が二つ目の肉まんに手をつけようとしたとき、川村が彼つまんで見せたのは丸い小さなボタンのようなものだ。
「何ですかそれ?」
「発信器さ、追跡用の。さっきの偽警官が仕込んだのさ。あのとき奴がすんなり引き下がったので妙だと思ったんだが、最初からこれが目的だったんだ」
「気がつかなかったら地球警備隊の秘密基地の所在を知られてしまったってことですね」
「そうだ、だがヤツらにしては幼稚な手を使いやがる」
川村はそう言うと自分たちの車を離れ大型車専用の駐車スペースに向かった。
彼はそこに止めてあった長岡ナンバーの運送会社の大型トラックに歩み寄って行った。
「Aコンの諸君には新潟まで行ってもらおう」
二人を乗せた車はPAを出発すると帰路についた。
彼らが中目黒の柿畑ビルに帰り着いたのは午後五時半を少し回ったときだった。
「ちょうどいい時間に帰り着いたぞ」
彼らは三階の事務所には戻らず、直接地下基地へ降りて行った。
「もうみんな集まっているだろう」
川村はエレベーターの中で呟いた。
二人が秘密基地本部の中央ブースに入ると隊員たちは彼らを会釈で出迎えたが、誰が話しかけるでもなく直ぐに各自の作業に戻った。
ドーナツ型のデスクには揃いのブルーの制服に身を包んだ十数人の隊員が着いており、目の前のモニターをじっと見つめている。
間仕切り際のソファーには二人の男が座って書類をめくっていたが、彼らの制服は鮮やかなオレンジ色だった。
ブルーの制服を着た女性隊員が席をはずし山野の方へ近寄ってきた。
「お帰りなさい、お疲れ様でした」
「あっ、鴻上さん、ですよね?」
「はい、先日はありがとうございました」
「いえ、こちらこそタイ焼きをありがとうございました」
「いいえ、つまらないもので。美味しいって評判だったので買ってみたんですが、いかがでした?」
「はい、えー、美味しかったです、とても」
『ごめんなさい、実はあのタイ焼き、ゴミ箱直行だったんです。たぶん旨かったんでしょうね』
「鴻上君、このパソコンの中の《大滝村の住民に関する疑惑》ってファイルを分析してくれないか。おそらく大滝村に侵入しているAコンの情報が得られるはずだ」
川村が二人の会話に割って入ったのはタイ焼の話題を変えたかったからだ。
「はい分りました」
鴻上は山野からパソコンを受け取るとペコリとお辞儀をして自分の席に戻った。
「さて、我々は少し休憩をとるとするか。
君も五時間運転しっ放しで疲れただろう。
あのドアの向こうが居住区になっている。トイレ、シャワーに湯沸かし室、簡易ベッド、
畳敷きの和室には炬燵とテレビ。飲み物の他にホットドッグや焼きそば、カップ麺とかスナック菓子なんかの自販機も置いてあって、ちょっとした簡易旅館みたいになってるぞ」
山野はシャワーを浴びてから軽い食事をとり二段式の簡易ベッドに身を横たえた。
彼はいくつかの疑問に対する自分なりの答えを見つけ出そうとしたが睡魔がそれを妨げた。
山野が目を覚ました時には、すでに日付が変わっていた。
見回すとブルーの制服隊員が数名仮眠をとっている。
『なるほど、どこかで見たような顔だと思ったが、工作機械の会社の人達だ。鴻上さんもブルーの制服だったからな』
山野は顔を洗い本部へ向かった。
中央ブースではブルーの制服隊員が三名、オレンジ色の隊員が五名、さっきは見かけなかった黒い制服の隊員が十数名、皆で円陣を組んでいる。
円の中心には誰かがいるようで、彼ら隊員達に向かって話しをしている。
山野はその聞き覚えのある女性の声の主を確かめようと隊員達の肩越しにその円陣の中を覗いた。
『やっぱり、柿畑のおばあちゃんだ!』
「総司令官だ」
山野はポンと肩を叩かれ振り返った。
川村が面白そうに微笑んでいる。
総司令官は山野に気付くと円陣の中に入るよう手招きした。
「皆さんも既に御承知のことと思いますが、改めて紹介します。こちら山野陽一さんです。中目黒支部の新入社員ですが・・・」
彼女はここで一息ついた。
「実はアロイナイトでもあります」
隊員達はどよめいた。
総司令官は右手を軽く挙げ鎮まるように促すと再び話し始めた。
「山野さんが偶然にも私たちの組織の一員となってくれたことは天の采配だと思わざるを得ません。心強い味方を得たと云うことです。今アフロダーニャは恐ろしい計画の準備段階に入ったと思われます。私たちはこの計画が実行に移される前にこれを阻止しなければなりません。先ずその手始めとして大滝村住民の奪還とAコンの排除を行います。非常に危険な任務となりますが、地球の命運が皆さんの双肩にかかっていることを常に念頭に置いて、沈着冷静、勇猛果敢に行動して下さい。では、九里浜機動隊長よろしく」
彼女は話を終えると山野の手を引いて円陣を離れた。
「あのエクレア美味しかったでしょ」
「ええ、はい、美味しかったです」
『所長が全部独り占めして食べちゃうくらいですから』
「出動〇四:〇〇時、 現地到着〇四:五〇分。目標は大滝村役場。三階の公文書保管室に監禁されていると思われる住民の救出が我々の任務である。村役場職員十二名全員と駐在所の警察官がAコンと入れ替わっている。
Aコンも現段階では普段通りの住民を装っているはずだ。と云うことは、作戦開始時刻に村役場に居るAコンは宿直で残っているニ体だけと云うことになる。この二体を制圧するのは困難なことではないはずだ。救出作戦での無用の戦闘は避けたい。第一班、第二班は正面玄関から突入しAコンを制圧する。第三班は屋上に降下し、突入の指示を受けて住民の救出にあたる。第四班は第一班、第二班の援護だ。建物の包囲及び県道封鎖は県警特殊部隊が秘密裏にあたってくれる。作戦暗号名は『ソルト』」
山野は九里浜隊長の作戦の概要を聞きながら自分の抱いている疑問が一向に解消されず、むしろその数が増えていくのを歯がゆく思った。
『アロイナト?家畜化計画?』
「で、僕は何をしたらいいんですか?」
山野は川村に訊ねた。
「後は彼ら黒服組の仕事さ、君は彼らの作戦がうまくいくことをここで祈ってやればいい」
「だけど、ほんとに大丈夫なんですか。アフロダーニャの方がはるかに進んだ科学技術をもっているんでしょ、物凄い武器なんか持ってるんじゃないんですか?」
「Aコンの主な任務ってのは情報収集だ。ド派手な武器は装備していないだろうってのが我々の見解だ。まあ、今回の作戦で奴等がどう反応してくるかは未知数だが・・・。何しろ奴等と正面切ってやり合うのは初めてだからな。そうだ、我々の力が不安だというのなら、君に良い物を見せよう。ついてきたまえ」
川村は山野に先だって本部室の右手、居住区とは反対側のドアへ向かった。ドアを開けるとその先は長い通路になっている。途中で何度か右に折れたり左に折れたりしながらエレベーターに辿り着いた。
高速エレベーターは二人を乗せて音もなく上昇した。
「さあ、着いたぞ」
風除室を出ると、山野は風にあおられて髪が乱れた。
「ここは?屋上ですか!」
「ほら、あそこに柿畑ビルが見えるだろ」
通りの向こうに小さな古ぼけたビルが見下ろせた。
「すると、ここは向かいの保険会社のビルの屋上ってことですよね、二十二階建ての」
「君に見せたいものは、あれさ」
川村の指さす方には艶消しの黒い大きな物体が暗闇にその輪郭を溶け込ませている。
「ステルス輸送ジェットヘリだ。輸送ヘリと言っても多少の兵器は装備しているがな。
例えば、バレルレス光子収束砲とか・・・」
「バレルレスって!アフロダーニャの兵器じゃないですか!どうしてそんなものが・・・」
「まあ、そのうち説明してあげるよ。他にも聞きたいことが山ほどあるだろ。とりあえず、我々も奴等に十分太刀打ち出来るってことを知って欲しかった。後の話は長くなるから、もう少し落ち着いたらゆっくりとな・・・」
川村はタバコを取り出すと火を付けた。
煙は真横に流れ、隣に立つ山野の鼻孔をくすぐる。
川村はフェンスに寄りかかると遠くの夜景をぼんやりと眺めながら呟いた。
「眠らぬ街、東京か・・・」
「いえ、眠れぬ街です」
「夜明けまであとどの位だろう」
「さあ、どっちみち出動は夜明け前ですね」
「隊長、あと十七分で目的地です。これから超静粛飛行にはいります。機内の照明をオーガニック・ライトに変えます」
「うむ、分った」
操縦士が天井のスイッチをいくつか操作すると気圧低減装置の微かな振動が始まった。
「反重力・レセプター解放」
「解放します」
副操縦士が複唱する。
「メインローター停止」
「メインローター停止します」
ステルス輸送ヘリVS205はそれまでの騒音を断ち切って飛行船のように音もなく漆黒の空を飛ぶ。
「降下準備完了しました」
春日副隊長が九里浜に報告する。
「分った。若林君、向こうに着いたら高度二十に落としてくれ」
九里浜は操縦士に告げた
「了解、目標地点で高度二十に降下します」
回転翼の爆音から解放された機内は嘘のように静かだ。
「いいか諸君、五時までの十分間が勝負だ。
役場のAコンを制圧するのに手間取ると他の仲間に察知される。そうなると必ず戦闘になるだろう。戦闘になれば一般市民にも危害が及ぶ怖れも出てくるし社会にアフロダーニャの存在も知られてしまう。アフロダーニャのことはもちろん我々の存在、活動も決して公になってはならないものだ。そのことを十分肝に銘じて行動してくれ」
九里浜は隊員達に念を押すと装備のチェックを指示した。
ヘリは役場駐車場に制圧班と援護班を降下させ続いて屋上に救出班を降ろした。
春日は救出班が位置についたことを確認すると援護班に指で合図をおくり玄関の左右に配置させた。
彼は右手の拳を突き上げると突入のタイミングを見計らった。
春日の拳が開かれて制圧班七名が室内に突入するのに三秒もかからなかった。
役場受付カウンターの奥には眼鏡の中年の男が事務机に頬杖をついて居眠りをしていたが、異変に気がついた時には既に彼の身体は三人の隊員達に押さえつけられて身動きが取れなくなっていた。
「な、な、な・・・%&$!ξφ☆§≠¶ζΒΓΘεΦ!・・・」
男はもがきながら意味不明の言葉を発したが薬剤を打たれると直ぐに動かなくなった。
『もう一人は?』
春日は六人の部下に人差し指を立てて警戒を促すと奥の部屋へ通じるドアに目を凝らした。
ドアの磨りガラスに人影が映ったのを春日は見逃さなかった。
彼は隊員達に合図をするとカウンターの蔭に身を隠した。
「山下さん、できましたよ、カップ麺・・・」
長身の若い男が丸いお盆に湯気の立ち上る
発砲スチロールの器を二つ載せて部屋に入ってきた。
「山下さん?!・・・」
男が異変に気づいたのと同時に春日達は男の前に飛び出しスティフェナイザーを構えた。
「な、な、な・・・%&$!ξφ☆§≠¶ζΒΓΘεΦ!・・・」
若い男の発した言葉は中年眼鏡の男とまったく同じであった。
隊員達は銃を構えたまま彼の周りを取り囲むようにして間合いをとった。
若い男は形相を変えて手に持っていたお盆を春日に向かって投げつけた。
関西味の熱々の汁、艶をおびた極太麺、汁をたっぷり含んだ大判の『おあげ』が宙を飛ぶ。春日は体を捻ってかわそうとしたが『おあげ』が彼の右肩に命中した。
隊員達は一斉に銃の弾き金を引いた。
一発の針弾が、男の首筋に突き刺さった。
男は上着の内ポケットから何かを取り出そうとしていたがもう遅かった。
彼は身体を仰け反らせると激しく痙攣しバッタリと床に伏した。
春日は銃を構えたまま慎重に男に近づいていく。
隊員達は彼の両脇で男に照準を合わせたまま身構えている。
春日は男の腰のあたりを軽く蹴とばした。
男はピクリともしない。
春日は男が右手に握っているものを見て苦笑いした。
『七味唐辛子かよ』
彼は隊員達に男を仰向けにさせると衣服を調べさせた。上着の右ポケットにペン型のサイクロガンを忍ばせていた。
「これを取り出すつもりだったんでしょうね」
隊員の一人が春日に言った。
「多分な、こいつ等どういう訳だか左右の手の使い分けが苦手なようだ。よし、救出班に連絡してくれ。おっとその前に保管室の警報機を切ってくれ、この奥の管理室にあるはずだ」
「了解!」
救出班が公文書保管室に踏み込むそこは異様な光景だった。
保管室のスチール製の棚には書類の代わりにこの村の住人が押しこめられていた。
彼らは一様に半透明のマスクで口と鼻を覆われていたが、マスクの上部には長さ七センチ直径二センチほどの円筒形の器具が取り付けられている。
廊下に人の気配がして、隊員達は銃を抜いて身構えた。
春日副隊長が二人の部下とともに部屋に入ってきた。
「大丈夫なのか?」
救出隊員の一人が一番手前の体格のいいスキンヘッドの男の脈をとる。
男の顔は青白く胸の動きはみられない。
「微かですが脈はあります」
「眠らされているのか?」
「おそらく仮死状態ですね」
「他の住民は?」
「みんな同じです」
「そうか、これは予想外だったな。とにかく隊長の指示を受けよう」
輸送ヘリはさほど広くもない役場の駐車場に機体後部を建物に向け上手く降り立っていた。後部のハッチが開かれ、オーガニック・ライトの光が月明かりのようにその機体の内部を照らしている。
九里浜隊長が県警特殊部隊の指揮官らと話をしているときに無線が入った。
「そうか、こちらは今Aコン二体を収容したところだ。援護班と県警からの応援を上がらせるから住民の搬出準備をしてくれ。そのままの状態で搬出するんだ。ただし、宿直の本物二人はそのままにしておいてくれ。それと、我々のエージェントもそこにいないか確かめてくれ。そうだ、ダブル・ポップコーン、体格の良いスキンヘッドの中年男だ。今から松田君をそっちに遣る」
輸送ヘリは昏睡状態にある十人の村役場職員と若い警察官、二体のAコンを収容すると音もなく離陸した。
九里浜は輸送機が暗闇に紛れるまで見送ると建物の方へ向かった。
保管室では床に寝かされた三人の男を春日と彼の部下達が取り囲んで心配そうに見下ろしている。
「どうですか?松田隊員」
ダブル・ポップコーンの傍らに片膝をついて彼の容体を診ているオレンジ色の制服を着た女性隊員に春日が訊いた。
「ええ、命に別条はありません。昏睡状態にありますが、外傷もないですし脳波も正常です。恒常的なレム睡眠状態に陥っています。
ただ基礎代謝を著しく低下させて身体機能を奪っていますね、おそらくこのマスクから何らかの薬物が吸入されているんだと思います。
このマスクをはずしてみます。保温シートの用意をしてください」
松田はダブル・ポップコーンのスキンヘッドから脳波計の電極を取り外しながら隊員達に指示を出した。
三人の男達は保温シートに包まれ階下の宿直室へ運ばれた。
「室内の温度を上げてください」
松田はそう言いながら点滴の用意を始めた。
「どうかな、松田君」
九里浜がいつの間にか出入り口に立って様子を見守っている。
「はい、大丈夫です、もうすぐ目が覚めるはずです」
「そうか、それは良かった。ところで、時間差を作るって可能かな?」
「時間差?」
「うん、ダブル・ポップコーンと他の二人の目覚めの時間差なんだけど、少し遅らせてほしんだ職員達のほうを」
「はあ、それは出来ないこともないですけど・・・」
「そうかね、では二時間ぐらい・・・」
「うーん、腹減った」
ダブル・ポップコーンが 役場の宿直室で目覚めたときの第一声は隊員達の失笑を買った。
「御気分は如何ですか?」
「は、はい、大丈夫です、なんともありません」
松田隊員の優しげな眼差しに独身の中年男は、はにかんだ様子で答えた。
「大変な目に遭ったな、ダブル・ポップコーン」
「おお、九里浜隊長!お久しぶりです」
「うん、久しぶりだな、また君に会えて嬉しいよ」
九里浜はダブル・ポップコーンに握手を求めた。
「私もです」
「君にはここでもう少し休ませてあげたいが、そうもいかない、時間がないんだ。歩けるかね?」
「はい、大丈夫です」
ダブル・ポップコーンは立ち上がると身体をほぐすように手足を動かした。
「では、行こうか。春日君、三階の後始末は終わったのかね?」
「はい、県警の隊員たちにも手伝ってもらって保管室は元通りにしてあります」
「そうか、あとはホールのキツネうどんの始末を忘れないでくれ。事件の痕跡をすべて消してから帰還だ」
「あっ、そうだった、あれを片づけないと・・・」
隊員達は二人の職員を布団に寝かせると建物を出て駐車場へと向かった。
駐車場にはすでに地球防衛隊の二番機が待機しおり柳井副操縦士が彼らを出迎えた。
「お疲れ様です」
「うむ、御苦労さん」
九里浜は手を挙げて答えた
「例の物は?」
「はい、スティフェナイザーと耐サイクロガン・インナースーツはさきほど県警特殊部隊に渡してあります」
「そうか、ではもう彼らは配置についてるころだな」
九里浜は腕時計に目をやった。時計の針は五時五十分を指している。
「我々の任務はひとまず完了だ。あとは県警に任せることとしよう。春日君は二名の部下とここに残ってくれ、以後は県警の後方支援と連絡係だ。作戦が無事終了したらスティフェナイザーとスーツを回収して本部に戻ってくれ」
「了解です。で、自分達の車両は?」
「あれだ」
九里浜は駐車場の片隅にあるワンボックスカーを指さした。白い車体にホルスタインがデフォルメされている。
「ん、美味しい牛乳屋さん?」
「はっはっはっ、気に入らんかね?あれなら朝早くウロチョロしていても怪しまれないだろ。借り物だから運転は慎重に頼むよ」
九里浜たちを乗せた輸送ヘリは東京へと向かった。南アルプスを越える頃には東の空が白みはじめていた。
「あと二十七分で本部に到着の予定です」
柳井副操縦士が九里浜に告げた。
「うーん、六時四十五分か、日の出時刻を過ぎてしまう。超過禁止速度一杯ではどうなんだ」
「三分しか短縮できません」
「そうか仕方ないな、では八王子辺りから超静粛飛行で飛んでくれ。時間がかかってもその方がいいだろう」
「了解しました」
九里浜は横並びのシートの隣に座ってメープル味の固形携帯食にパクついているダブル・ポップコーンに視線を移した。
「どうかね、少しは落ち着いたかね、腹の虫は」
「は、はい、ははは」
「ところで本部に着く前に君に少し訊きたいことがある」
「はい、何でしょう?」
ダブル・ポップコーンは手の甲で口を拭うと九里浜の質問を待った。
「君の情報はいつもながら正確で的を得ている。最も有能なエージェントだ。今回君が捕まったと聞いて驚いていたんだが、どうしてあいつ等にあっさりと捕まったんだい?」
「私のミスです」
彼は頭を撫でながら申し訳なさそうに話し出した。
「あの警官までもがAコンだったとは気がつきませんでした」
「なるほど」
「私が役場職員がAコンと入れ替わっているという報告書ををまとめて家を出たまでは良かったんですが、村外れであの警官に車を止められ不注意にも窓を開けてしまって・・・、それからの記憶がありません」
「そうだったのか。ところで、アフロダーニャはどうして役場職員に目を付けたんだい?」
「はい、役場からだと全国の市役所や区役所へアクセスできるからです。彼らは役場のパソコンを使って日本全国民の情報を得ようとしていたんです」
「なるほど、例のアロイナイトを探し出すためだな。ふふ、そのアロイナイトだがね、
もう見つかったよ」
「えーっ、そうなんですか、いったい誰だったんですか?」
「君が会うはずの男だったんだ、アフロダーニャに眠らされなければ」
大滝村での全てのAコンの捕縛が県警の特殊部隊によって無事終了したとの連絡を受けたとき、山野と川村は畳敷きの休憩室で炬燵に入っていた。
「良かったですね、無事に終わって」
「うむ・・・」
川村は板チョコを頬張りながら番茶をすすっている。炬燵の天板の上には口の開いたマシュマロの袋が載っている。
「一つ貰ってもいいですか?」
山野はその袋に手を伸ばしながら言った。
「一つだったらいい」
『ドケチ!』
「ところで、拘束されたAコン達はどうなるんですか?」
「政府の秘密施設に移されているはずだ。
まあ当分は眠らされているだろうな」
「眠らされる?」
「そうだ、君にも前に言ったが奴等は自在に変身出来る能力を持っている。例えば蛇のようにだって変身できるから、鉄格子なんか簡単にすり抜けられてしまう。換気口からでも逃げられてしまうんだ。彼らを収容しておく為にはそれなりの施設が必要になってくるんだが、政府ではその対応が整っていなかった。そこで我々は大滝村での作戦で、奴等が変身出来ないような措置をとったんだ。簡単に言うと奴等の体細胞を硬直状態にさせたと云うことだ」
「麻痺させたということですか?」
「まあ、そんなところだ」
川村はマシュマロを三個一度に口に入れるとお茶をすすり、それが口の中で溶けていく感触を楽しんだ。口角からこぼれそうになるトロリとした温かい液体をゴクリと呑みこんでニヤリと笑った。
「それと、アロイナイトって・・・」
山野が次の質問をしようとしたとき、休憩室のドアをノックする音がして鴻上隊員が入ってきた。
「機動部隊が帰ってきました。ダブル・ポップコーンも一緒です」
「ああ、どうもありがとう。山野君、本部室へ行ってみよう。話しの続きはまたいつか・・・」
二人は休憩室を出ると本部室へ向かった。
彼らの前を歩く鴻上隊員の微かな香水の香りが山野の心をときめかせた。
三人が本部室に入ると片隅のソファーに九里浜隊長、ダブル・ポップコーン、その向かいに柿畑総司令官が座って和やかに話をしていた。
ダブル・ポップコーンは川村の姿を見ると立ちあがって深々と頭をさげた。
「御無沙汰をしております、川村所長」
「おお、無事でなによりだった」
川村は握手をするとダブル・ポップコーンの肩をなでて彼の労をねぎらった。
「面目ありません、皆さんにご心配をおかけして・・・」
「いやいや、気にするな、君の元気な姿を見られて良かったよ」
ダブル・ポップコーンは山野に気がつくと川村に尋ねた。
「こちらが例の・・・」
「そうだ、山野君だ」
「初めまして、エージェントのダブル・ポップコーンです」
「あ、ど、どうも初めまして・・・」
「あっ、そうか山野君にしてみれば初対面じゃなかったんだ。偽物だけどもう会ってるからな、ははは」
まごついている山野を見て川村は愉快そうに笑った。
川村と山野は柿畑総司令官の隣に腰を下ろすと話に加わった。
「さて、大滝村の件はひとまず解決しましたが、早急に片付けなければならない事がありますね。彼のAコンを見つけ出さなければなりません」
総司令官はダブル・ポップコーンを見つめて言った。
翌日、山野と川村それに鴻上の三人はダブル・ポップコーンに化けていたAコンの行方を探るため山梨へと向かった。
『ラッキー、鴻上さんと一緒だなんて』
山野は顔が緩みそうなのを我慢しながらハンドルを握った。
「なぜ山梨なんですか?」
助手席の鴻上が後ろを振り返って川村に尋ねた。
「うん、とりあえず山野君とAコンが接触した場所に行ってみようかと思ってるんだ。
先ずは相手の足跡をたどるのが定石だろうし、
たぶん奴にしてもそうだと思う。運が良けりゃバッタリってこともあるだろうが、それは万に一つだろう。どちらかと言うと、エサを撒きに行くと言った方がいいかもしれんな。
山野君、甲府駅前だったよね?」
「はい、駅前の牛丼屋で会いました」
三人は目当ての牛丼屋に着くと駐車場に車をとめた。駐車場にはもう一台車があったが
店内には彼らの他に客はおらず若い女性店員が一人暇そうにテレビに見入っていた。
「いらしゃいませ」
三人は窓際のテーブル席に着いた。
「牛丼三つ」
「僕は大盛りで」
「はい、並み二つ大盛り一つですね」
川村はテーブルを離れようとする店員を呼びとめて手帳を開いて示し、ダブル・ポップコーンの写真を見せて尋ねた。
「最近こういう男を見かけなかったかね」
「いいえ見たことないです、すいません」
「いやいや、いいんだ、ありがとう」
「無駄足でしたかね」
「うーん、どうだろ・・・」
川村は窓越しに外を見ている。
「それにしても暇な店ですね、前来た時も客は二、三人しか居ませんでしたよ」
三人は食事を終えて店を出ると駐車場へ歩き出した。
「どうします、これから・・・」
「本部へ戻ろう」
「運転代わりましょうか、山野さん」
「いえ、まだ大丈夫です」
「遠慮するな、鴻上君の方が運転上手いし、
あの車の扱いも慣れている。この辺の地理にも詳しいから・・・」
「そうですか、じゃあお願いします」
山野は助手席に座ると横目でチラリと鴻上を見たが、彼女の目つきが少し変わっている様な気がした。
三人の乗った車は牛丼屋の駐車場を出ると駅前の大通りを南下して高速道へ向かった。
南インターから上って暫く走ると、鴻上がしきりにルームミラーを見るようになった。
「どうかしました?鴻上さん」
「後をつけられているようです」
山野はシートベルトを緩め振り返った。
「あっ、牛丼屋にいた車だ!」
古い型のワーゲンが彼らと同じスピードで追走してくる。
「山野君、カメラに切り替えてくれ」
山野はダッシュボードのボタンを押して車載カメラの画像をモニターに映すと、追跡者にズームインしてその顔を確かめた。
「あっ、ダブル・ポップコーンだ」
「いや、Aコンだな。本物は午後から本部で健康診断を受けているはずだから」
「所長、どうしましょうか?」
「そうだな・・・、このまま奴に後をつけさせてくれ。鴻上君は奥多摩の訓練施設を知っているかい?」
「はい、ずっと以前に行ったことがありますが、閉鎖されてかなり経ちますよね?」
「うん、そこに行ってみよう」
「了解!」
三人の車は大月インターで高速を降りると川沿いの県道を北に向かった。曲がりくねった山間の道を一時間余り走るとようやく県境となった。
山間部の日没は早い。夜の帳が下りるのはもう間もなくだ。
「この先二キロで右折だ」
「はい」
「そこを曲がると湖に沿って走ることになるが、人家はほとんど無い。奴が仕掛けてくるとしたらその辺りだ」
川村の読みが当り、湖の狭隘部分に架かる橋を渡ったところで追跡者はスピードを上げてきた。
「鴻上君、うちの施設まではもう少しだ。ここで奴に追いつかれるとまずい。このまま奴との距離を保ってくれないか」
「はい」
鴻上はアクセルを踏み込んだ。湖に沿った道路はその入り組んだ湖岸に合わせて激しく蛇行している。彼女はブレーキを踏むことなく巧みなハンドル捌きで難所を乗り切っていく。
追跡者はじりじりと間合いを詰める。
「くそったれ!距離を縮めてきやがる」
『ああ、鴻上さん。可愛い顔してなんてことを・・・』
鴻上がハンドルを握ると性格が変わってしまうという事実は山野にはショックだった。
「所長、奴が仕掛けてきます!」
山野がモニターを見ると追跡者は運転席の窓から片腕を前方に突き出している。
「サイクロガンだ!ハンドルを切れ!」
追跡者が放ったサイクロガンの光の矢が彼らの車をかすめて道路わきの土手に大きな穴を開けた。その穴から白い煙が立ちのぼる。
「いかん、最大レベルで撃ってきやがった。
山野君、シールドを張ってくれ」
「えっ、シールドって何ですか!?」
「そこの黄色いボタンだ、早くそいつを押すんだ!」
山野がボタンを押すとほぼ同時に車の後部で火球が炸裂し周囲を真昼のように照らした。
「ふう〜間一髪、強硬手段に出てきやがった。大滝村の奴の仲間がみんな捕まって自棄になったのかな。それとも山野君の命を狙っているのか・・・」
「何で僕を?」
「いやいや、冗談さ」
「・・・」
「とにかく奴は我々を車ごと吹き飛ばすつもりらしい」
「でも、シールドがあるから大丈夫なんでしょ」
「冗談じゃない、この車のシールドは一時凌ぎさ。今のレベルであと二発食らったらアウトだ。鴻上君、コンピューターで弾道を予測するから出来るだけハンドルでかわしてくれ。タイミングは着弾予想から〇.七秒前にコンピューターが指示してくれる」
「〇.七秒もあれば十分です」
彼女は平然として言ってのけた。
道は次第に湖から離れ、その両側に杉木立の山道となった。
ヘッドライトの明かりだけを頼りに真っ暗な山道を縫うように走る二台の車。
曲がりくねった道が長い直線道路へ変わった。
追跡者は半身を窓から乗り出した。
山野は思わず叫ぶ。
「撃ってきます!」
コンピュータのアラームが鳴った。
鴻上がハンドルを切ると同時に路肩の杉の巨木に火柱があがる。
「もう少しだ!次の分かれ道を右だ!」
舗装された道路は途切れて狭い砂利道となった。
二台の車はバラバラと砂利を蹴散らし砂埃をあげて疾走する。
道の両脇に『部外者立ち入り禁止』の立て看板がヘッドライトの光を受けて浮かび上がった。
「もうすぐだ!」
「あーっ所長、門が閉まってますよ!」
「構わん、突っ込め!」
「了解!」
鴻上は相変わらず眉ひとつ動かさない。
山野は両腕で顔を覆った。
シールドで守られた彼らの車は鋼鉄の門扉を轟音とともに空中へ弾き飛ばした。
追跡者は落下してくる破片をうまくかわして追って来る。
「見えた!あの建物の蔭に回り込め!」
鴻上は思いきりハンドルを切って、既に廃墟となっているコンクリート造りの建物の裏に車を止めた。
追跡者は建物から距離をおいて車を止め、ゆっくりとドアを開けた。
「どうするんですか、所長?」
山野は怯えた目で川村の顔を見ている。
川村はそれには答えず鴻上に伝えた。
「本部に応援を要請してくれ。それと、ここの監視衛星がまだ生きてるはずだからアクセスコードを教えてもらってこのモニターで画像を受信できるようにしてくれ」
「了解!」
「山野君はこれを持っていなさい」
川村は後部座席のコンソールボックスから取り出したものを山野に手渡した。
「銃ですか?」
「スティフェナイザー、アフロダーニャの体細胞を硬直させる一種の麻酔銃だ。今の奴の武器には太刀打ちできないが、無いよりもましだ。あと二発は最大レベルで撃ってくるはずだから」
「あと二発って?」
「汎用サイクロガンの場合、最大レベルでは五発しか打てない。あとは対人モードに切り替わってさっきのような破壊力は無くなるんだ」
「じゃあ、この車から出なきゃ大丈夫ってことですか?最大レベルでもあと二発は持ちこたえられるんでしょ?」
「たぶん・・・」
「微妙だなあ、その言い方」
「まだ実証したことがないんだ、この車のシールド性能。あくまでも計算上・・・」
「・・・」
「所長、監視衛星からの画像が出ます」
二百キロメートル上空からの画像は夜間では暗視カメラに切り替わり昼間のように地上を鮮明に映し出せなかったが、追跡者の輪郭とその動きを把握するには十分だった。
「こっちへ近づいてきますよ」
追跡者はゆっくりと建物の方へ近づいてくる。
「鴻上君、私が合図したら車を急発進させてくれ。射撃訓練場の防塁の蔭に回り込むんだ」
「はい」
鴻上はシフトをリアーに切り替えると山野の合図を待った。
「今だ!」
タイヤが砂利を跳ね飛ばし地面を削り黒煙を上げる。
追跡者は瞬時に狙いを定めてサイクロガンの弾き金を引いた。
直撃は免れたものの、火球がえぐり取った防塁の土砂が車の上に降りかかった。
車内に警告を示す赤いランプが点滅した。
「しまった!シールドが破壊された、車を捨てるぞ!」
三人は車外に飛び出した。
月明かりもない漆黒の闇が彼らを呑みこんだ。
「こっちだ!」
「どっちです!?」
「こっちよ!」
「だから、どっちなんです!?」
「まったく性のない奴だ」
川村はペンライトの光で自分の姿を照らしてみせた。
「げっ、何ですかその眼鏡?」
「暗視ゴーグルだ」
「暗視ゴーグルよ」
「二人ともいつの間にそんな物を・・・」
「夜間勤務じゃ、常識だろ」
「夜間勤務では、常識ですよ」
「えー、僕持ってないですよ。支給無かったですよ、そんなの」
「仕方無い奴だ。鴻上君、手を引いてやってくれ」
山野が死神に追われる身でありながら、恐怖をさほど感じなかったのは、鴻上の柔らかく温かな手のお陰だった。
三人は林の中に続く真っ暗な小道を、息を殺しながら走る。
鴻上と山野は手をつないで前を並んで走る。
川村は背後を警戒しながら二人の後を走る。
「この先を行くと湖に出る。畔に山小屋があるからそこに逃げ込むぞ」
「山小屋ですか・・・」
「なんだ、不服そうだな」
「サイクロガン一発で吹き飛ばされませんか?」
「行けば分る。文句を言う前にもっと早く走れ!」
川村が振り返ると、遠くにフラッシュライトの弱々しい光が上下に揺れているのが見えた。
「急げ!奴が来るぞ」
三人が辿り着いたのは、一抱えほどの丸太を積み上げた大きなログハウス風の建物で、
急こう配の屋根には煙突が突き出している。
建物の正面は湖に面しており、鎧戸を開ければその景色が大きな窓から楽しめるようになっている。建物の裏手には切り立った岩山が建物の十数倍の高さでその背後を守るように聳えている。
玄関ドアは埋め込み型のナンバーキーシステムで施錠されていた。
川村が埃を被った金属製の蓋を開けて六桁の数字を打ちこむとガチャリと音がしてドアが開いた。
「へー、まだ大丈夫だったんだ」
川村はドアロックのシステムが正常に機能することが意外だったように呟くと、ドアを開けて中へ入っていった。
川村は暗視ゴーグルを外すと上着の内ポケットからケミカルライトを取り出し山野に手渡した。
三人はケミカルライトの光を頼りにラウンジ風の広間を抜けて奥のダインニングキッチンへ移動する。
キッチンは業務用の仕様になっていて大型の冷蔵庫が目を引いた。
「これだ!スイッチは何処だっけ・・・」
川村は厨房の中を見回している。
「うーん、分らん・・・」
「何を探しているんですか?」
「シェルターの開閉スイッチです」
川村の代わりに鴻上が答えた。
追跡者は山小屋を発見するとサイクロガンを対人モードに変えた。
彼は木立に身を隠しながら徐々にその距離を縮めていった。
川村はシェルターの開閉スイッチが見つからないことに焦っている。
「どこだ、この部屋の壁のどこかにあるはずなんだが・・・」
キッチンはL型のカウンターで食堂と仕切られていているだけで、そこから食堂全体が見渡せるようになっている。
『あれ、あの絵は・・・』
山野は食堂の壁に掛けられている風景画に見覚えがあるような気がしてケミカルライトを掲げるとその絵に近づいた。
『あっ、この絵は中目黒支部の事務所にある絵と同じだ。事務所はこの裏が金庫になってるから、もしかして・・・、ほらっ、当り〜』
「所長!これじゃないですか!?ボタンみたいなのが絵の裏に・・・」
山野が言い終わらないうちに追跡者の玄関を破壊する音が三人のところまで響いた。
「来たぞ!そのボタンを押すんだ!」
キッチンの大型冷蔵庫が横スライドして壁にシェルターへの入口が現れる。
「この中へ入るんだ!」
追跡者の荒々しい足音が間近に迫った。
「山野さん早く!」
鴻上がシェルターに飛び込む。
追跡者が食堂に現れた。
山野はカウンターを飛び越えるとシェルターへ這うようにして進む。
追跡者は山野をめがけてサイクロガンを連射する。サイクロガンの光跡がレーザーアトラクションのように部屋の中を照らす。
光の矢は壁や床に鞭のうなるような音を立てて幾つもの小さな穴をあけた。
「ひえぇ〜、所長、鴻上さん助けて〜」
山野は二人に上着を掴まれると力任せにシェルターの中へ引きずりこまれた。
川村は閉鎖レバーを引く。
追跡者はサイクロガンを最大モードに切り替えて弾き金を引いた。
「あれは、なんだ!」
ダブル・ポップコーンは救援機のコックピットから目的地上空が一瞬オレンジ色に染まったのを見て不安に駆られた。
『間に合わなかったのか・・・』
上空からサーチライトで照らされた山小屋はまるで爆撃を受けたかの様に原形を留めない無残な姿になっている。
春日副隊長は救援機を湖畔の空き地に着陸させるとダブル・ポップコーンや隊員達と灰燼のくすぶる現場へと急いだ。
春日はダブル・ポップコーンに声を掛けると部下を指揮して捜索の準備にかかった。
投光器が十数台設置されその一画を隈なく照らした。
「ライブサーチャーの反応は?」
「いいえ、反応ありません」
「反応なしか・・・」
その春日の声の響きはダブル・ポップコーンに三人の生存について否定的なニュアンスを感じさせるものだった。
「副隊長!来て下さい!」
夜が白み始めた頃、崖の近くで捜索していた隊員の一人が叫んだ。
春日とダブル・ポップコーンは顔を見合わせると覚悟を決めて駈け出した。
湖には朝靄がたちこめている。穏やかな水面がその靄の切れ間から見え隠れしている。
桟橋には小さなボートが数隻繋がれていて、そのペンキの剥げた船体をゆらゆらと揺らしている。
二人の男が並んでその光景を眺めている。
静寂がほんの数時間前の出来事をすべて夢のように感じさせていた。
「危機一髪でしたね」
「うむ、なんとか無傷で助かったのは運が良かった」
「ええ、シェルターのドアが閉まるのがあと一秒でも遅かったら・・・」
「うん」
川村はタバコに火をつけると深く吸い込んで、ゆっくりと吐きだした。
「一本貰えないですか?」
「えっ、君吸うんだっけ?」
「ええ、今は吸いたい気分です」
「そうか・・・」
山野は川村からタバコを受けとると、口にくわえた。
川村は無言でライターの火を近づけた。
二人はぼんやりと湖面を眺めながら、紫煙を燻らせた。
足音がして二人は振り返った。
「帰る準備が出来ましたよ」
「ああ、ありがとう鴻上君。君には危ない目に合わせて申し訳なかったね」
「いいえ、全然。結構楽しかったですよ、エキサイティングで」
「ははは、頼もしいお嬢さんだ」
傍らのダブル・ポップコーンが相好を崩してその巨体を揺らした。
四人は迎えの車に乗り込むと本部へ向かった。
車中で話を切り出したのは、山野だった。
「あいつどうなったんでしょうね」
「さあ、遺体は発見できなかったようだが・・・」
「また狙ってくるんですかね?」
「ん?」
「僕のことをです。僕がアロイナイトだから狙ってきたんでしょ?」
「・・・、そうだな、奴等はまだ諦めないと思うよ、君のことを」
「大丈夫よ、私達がしっかりガードしてあげますから」
「自分もこれからはあなたの身辺警護にあたりますから、安心して下さい」
「ありがとう、鴻上さん、ダブル・ポップコーン」
山野は二人の言葉に二コリと笑って見せた。
「さてさて、本部に帰ったら、早速次の計画をたてなきゃな」
「次の計画?」
「・・・」
川村は応えなかった。聞こえてきたのは彼の鼾。
「やれやれ、寝つきのいいおっさんだ」
三人は口を揃えて言った。
次章に続く・・・かも




