青女月の少年/3
「今度は、って……お前学校辞めるのか」
さらっと言い放った瓜生の言葉に青木は引っ掛かった。
「元々この学校に最初に入ったのも、現場近くでここの生徒らしき人物が頻繁に目撃されてたからなんです。もうお役御免ですよ。高校生活ってのも悪くなかったなあ」
「ちょ、ちょっと待てよ。それだけの理由で坪井高校に潜りこんだってのか? 犯人がその学校にいるって確信があったわけじゃねぇのかよ?」
「そうですよ。意外とボクらも地道な捜査してるんですよ、これでも。今回は見事一発で当たりだったわけですけどね。それにあの老夫婦殺人事件までヴァンパイアが絡んでるとは最初は思いもしませんでした」
あははと陽気に笑う瓜生に、青木は呆れてしまった。これでは全ての事件の答えが、まさに偶然によって導きだされたように思えたのだ。
『ネイヴ』は計算で動いていると思っていたが、それは青木の思い過ごしだった。
もしも坪井高校の関係者が全員シロだったのなら、瓜生をはじめとした『ネイヴ』は、次の行動を起こしていたのだ。
青木がここまで通り魔事件にあそこまで首を突っ込まなかったなら、下手をすれば沙耶と竹本に罪を着せ、真犯人の坂本はまんまと逃げおおせていたかもしれないのだ。
結果を見れば、全てが偶然によってうまくいったに過ぎない。大久保沙耶の死を除けば――。
「青木さんがいて良かったですよ」
「なんだそりゃ」
瓜生の意外な言葉に、青木はなんだか首筋がむずがゆくなった。
「青木さんが首を突っ込んでくれたおかげで早期解決できたんです。青木さんは色々と不満も残ったでしょうが……」
老夫婦殺害事件の真相は結局表沙汰にはならず、校内の事件は竹本が全ての罪を背負い、江津湖での連続通り魔に至ってはニュースにもなっていない。
木下の事件ですら警察のメンツがあるからと全署員に緘口令が敷かれ、事件自体が揉み消されたのだ。青木に不満が残っていないと言えば嘘になるが、もうこれ以上ヴァンパイアに関わりたくないというのが本音だった。
「木下もぶつぶつ言ってたぞ。襲われ損だってな」
木下も先週無事に退院して、今は休暇を取っていた。
「申し訳ないです。まあそのうち『ネイヴ』が何らかの犯人を用意しますよ」
『ネイヴ』は何でもありかよと愕然としたが、
「いらねぇよそんなもん」
と、青木はその申し出を木下の許可もなしに突っ撥ねてしまった。
「そうしないと捜査一課の方たちも警察上層部に不信感が溜まりますからね。そこからヴァンパイアの情報が何らかの形で漏れても困ります。ガス抜きも必要ですよ」
青木は、ふんと鼻を鳴らした。
「今回の俺の暴走のせいか、異動の噂が出てるってよ。そりゃそうだ、一課の連中も俺があの高校のそばに偶然居合わせたのも不審がってるからな。居心地が悪いぜ、まったく」
「少し休めって事ですよ。家庭を省みず仕事ばかりだったんですから。娘さんは帰ってきたんですか?」
「何でてめぇがそんな事知ってんだよ」
自分のプライベートを指摘され、青木は慌てた。
その態度に瓜生は、
「『ネイヴ』は何でも調べてるんですよ」
と、いたずらっぽく笑った。
それからしばらくの間、二人は何も会話を交わさず、相変わらず釣り糸を垂らす老人を揃って眺めていた。
陽も傾き、西日が湖面に反射してキラキラと眩しい光を放っている。ジャージ姿の老夫婦が肩からタオルを掛け、ゆっくりとした歩幅で通り過ぎ、ランドセルを背負った男の子と女の子が仲良く湖内の遊歩道を掛けて行く。
平和を絵に描いたような穏やかな光景が、江津湖内に広がっていた。
「あっ、釣れた!」
「おいおい、ほんとかよ」
瓜生が思わず声を上げると、青木も思わず身を乗り出した。
老人が、竿を上げると小さな鮒が釣り糸の先でぴちぴちともがいていたのだ。
あれじゃ釣れないと高をくくっていた青木も驚いたが、釣りあげた老人本人が一番信じられないという顔でその鮒を見つめている。
その姿があまりにおかしく、青木と瓜生は一緒になり腹を抱えて笑ってしまった。
「魚も釣れた事だしボクはそろそろ行きます」
瓜生はくいっと背筋を伸ばし、青木の方へ体を向けた。
「次はどこ行くんだ? ヴァンパイアさん」
青木は嫌味混じりに言うと、瓜生が
「しばらくゆっくりしたいんですけどね。山口のほうでちょっと……」
と、残念そうに顔をしかめた。
「大変だな、お前らも」
「警察も『ネイヴ』も一緒ですよ。犯罪はなかなか減ってくれない。でも多くのヴァンパイアはヒトと友好的なんですよ。そこは誤解しないでください」
「分かったよ。しばらく関わり合いになるのは御免だがな」
二人は顔を見合わせ口元を歪ませた。
「今度会う時は一緒に酒でも飲みましょう。友人として」
瓜生の言葉に青木は思わず吹き出してしまった。
「高校生が偉そうな事言ってんじゃねぇよ」
「青木さん、忘れたんですか? ヴァンパイアは少々、年の取り方が遅いんですよ」
奥さんと娘さんによろしく、付け加え瓜生は一礼して青木に背を向け歩きだした。
瓜生の言葉にしばらく固まっていた青木は、我に返ると慌てて瓜生の背中に声を掛けた。
「瓜生、お前本当はいくつなんだよ」
瓜生は振り向くと、
「青木さんとそんなに変わりませんよ」
そう言ってニヤリと笑い、手を振りながら去っていった。
遠くなる瓜生の背中に青木は、
「この野郎……」
そう呟いて、同じようにニヤリと微笑んだ。




