赤いファイル/4
青木はイライラしていた。
犯人を早く捕まえろと言っておきながら、正確には犯人を特定しろなのだが、降りてくる情報は全て中途半端なのだ。
しかも交番勤務の警官にまでかん口令を引いている。
一体何をしたいのか見当もつかない。
木下の問いにも驚いた。
警察庁?
なぜここにきて警察庁が出てくるのだ。こんな九州の片田舎で起きた小さな不審者出没事件で、である。
青木はふと思った。
木下はなぜ警察庁から指示がきたと考えた?
警官が言葉を濁したからといってすぐ警察庁と結びつけた?
木下は警官に当時の状況を詳しく聞いている。
もちろんその辺の話は報告書にもあることだからかん口令はひかれていない部分だ。
「その中学生の話だと犯人は付け爪をしていたそうだね」
「はい。痛みが走った左手を見たらすごく鋭い尖った爪が刺さっていたそうです。傷口も見ましたがそこまで深くはありませんでした。ですが多少の血は出ていました」
大野巡査はさっきとは違って饒舌に話し始めた。口止めされた事への追及が止んでほっとしたのだろう。
青木はまだ腕を組んでその様子を睨んでいる。
「服装とかは分らなかったわけだね。相手は男だったという確信はあったのかな彼は」
木下は続ける。聞き込みは青木よりも物腰の柔らかい木下の方が向いている。見た目がイカツイ青木はどうしても一般市民は警戒してしまうのだ。青木の方も別に威嚇するつもりも無いのだが。
「はっきりと確信は持てない様でしたがおそらくは。物凄い力だったと。その子も中学三年生で小柄な方でもありませんでしたからね。それを抱えあげたんですから」
「女でも力が強い奴がいるだろうがよ。曖昧な報告書書くんじゃねぇよ」
青木が強い口調で横から入ってきた。若い警官は固まってしまった。
木下は構わず続ける。
「前の三件も犯人は男と確信が持てるわけではないんだね。フードを深めにかぶっていたわけだから」
「そうですね。ただ三件目の女性は襲われた時犯人の足を踏みつけたらしいんです。その時一瞬、唸ったそうなんです。その声が男っぽかったと……」
それだけなんだよねぇ、と木下が息を吐く。
「ありがとう。また何かあったら話を聞きにいくから。とりあえずこの辺の巡回はしっかりお願いします」
そう木下に言われて大野巡査は一礼して交番へと戻ろうとした。
「そういえば……」
数歩歩いた所で大野巡査は振り返った。
湖面を眺めていた青木が視線をやる。
「事件と関係あるのかわかりませんが……」
「どんな情報でも構わないよ」
木下が一度仕舞った手帳を取り出した。
「今月の三日だったかな。夕方小学生が泣きながら交番に来たんですよ。どうしたのって聞いても泣いていて埒があかなかったんです。よく見たら膝から血を流していて……。ふと外に目をやったら雨の中に高校生が立ってたんです。ちょうど夕立がきていて。僕が外に出て話を聞こうとしたら走って行ってしまって」
「それでその子供は?」
「まあとりあえず傷を処置してなんとか家を聞き出して親御さんに迎えに来てもらいました。あのお兄ちゃん知ってるのって聞いたら知らない、と」
「ふうむ。関係……あるのかなあ」
木下がチラリと青木を見た。
青木は我関せずで今度は木を眺めている。
「まあ一応聞いとくよ。高校生ってすぐ分ったって事は制服だったんだね。どこの高校か分る?」
「男の制服なんてどこも似たようなもんですから」
うーんと首をひねっていた大野巡査がはっとした。
「あの子。ちょうどあそこにいる子と同じ制服ですよ」
大野巡査が指さす方を青木と木下が目をやった。
確かに江津湖の入り口の方に自転車に乗った高校生がいる。
薄い水色のシャツを着ている。
「あのシャツの色は確か……坪井高校だったかな。ちょっと聞いてみますか」
木下がおおい、と手を振りながら歩み寄って行った。
青木は内心、たいして関係性も薄いどうでもいい情報じゃねぇかと思いながらその光景を見ていた。
「おおい君ぃ、ちょっといいかな……。その制服って―――」
青木がそこまで言いかけると、水色シャツの高校生は知らん顔で自転車を走らせ行ってしまった。
間の抜けた沈黙が三人に起こった。
木下はまだ今まで高校生がいた場所を見ている。それを見て青木が吹き出しそうになった。
「最近の高校生は難しいですねぇ」
木下が振り返りながら照れくさそうに言った。




