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赤いファイル/2

 かの戦国武将加藤清正が形成したと言われるこの江津湖は熊本市中心部、市街地に囲まれていながら緑豊かな自然を残している。

 その湧き出る美しい水は“水の都熊本”の象徴とも言える。

 青木達の車はいくつかある駐車場の一つ、ボート小屋のある駐車場へと入っていった。

 車から降りるとまだまだ暑い日差しが青木の目を照りつけた。

 熊本特有の蒸し暑さである。

「とりあえず一件目から行ってみるか」

 そう言うと青木は例の赤いファイルを手提げ鞄に入れ歩き出した。

 湖の周りにはぐるりと遊歩道が整備されていて、ボート小屋を通り過ぎると小さな橋がかかっている。

 湖の真ん中に中の島と言われる小島があってこの島に架けられた橋を渡る事によってこちら側から対岸へ、対岸からこちらへと行き来できるようになっている。

 この中の島を中心とすると北にボート小屋、南には芝の広場が広がっていて別の駐車場がある。西に行くとこちらは上流で湖の幅は狭くなっていき、路面電車の走る道路へ出る。逆に東に行くと湖は広くなり下流の加勢川へとその水は注がれていく。

 中の島は公園になっていて今日も子供たちが暑い中遊びまわっていた。

「昔は僕もここで水遊びしたもんですよ。江津湖でやってた花火大会にも毎年来てたなあ」

 木下が子供達を見ながら懐かしそうに言った。

「お前と花火なんか見たがる物好きな女がいたのか。気の毒になあ」

「僕だって結構モテるんですよ。そりゃあ今はいませんけど……。そのうちとびっきりの―――」

「ここだ」

 木下がしゃべるのを遮って、中の島の脇にある木でできたベンチを青木が指す。

 一件目の現場である。

 八月二日午後五時頃四十代の女性は犬の散歩で湖にやってきた。ほぼ毎日散歩にやって来てこのベンチに腰掛け、少しの間休憩するのが日課らしい。

 その日もここに座って水面を行く鴨を眺めていると後ろから声を掛けられた。

 女性は振り向くと一人こちらに向かって立っている。黒いパーカーのフードをかぶり白いマスク、男か女か判別は出来なかったらしい。ただ真夏の夕方にはあまりふさわしくない格好だと感じたようだ。

 女性は突然腕を掴まれチクリと小さな痛みを感じた。

 掴んだ相手の親指には付け爪の様なものがあり、それが女性の手首に浅く刺さっている。

 悲鳴を上げる間もなく、黒いパーカーは東へと走り去っていった。

 一体何が起こったのか分らず、女性はしばらくポカンとしていたらしい。手首から流れる一筋の赤い線を見て我に返りこの女性は交番へと駆け込んだ。

 二件目は九日に二十代後半の女性が会社帰りに、三件目は二十五日に四十代女性がランニング途中に同じように黒いパーカーに襲われている。一件目同様、腕を掴まれ爪を刺されているのだ。犯行時間は午後七時と六時。場所は二件ともこの中の島から三百メートルほど離れた遊歩道上である。


「共通するのは黒いパーカーと白いマスク。そして付け爪。性的暴行が目的じゃあないみたいですよねぇ」

 木下が辺りを見回す。

「車の量は多いですけど道路からこっちをじっくり目を凝らさないと何をしてるか分らないでしょうね。人がいるな、程度にしか見えない」

「確かにな。だが大胆だよ。時間的にまだ暗くなってるわけでじゃないし、誰が見てるか分らんしな。格好も真夏にしては目立つ」

「でも青木さん、ランニングする人によっては厚着しますよ。ダイエットとか」

 青木がなるほどなあ、と頷く。

「そうだ木下、交番行って警官連れてこい。報告書はあいつらが作ったんだ。何か聞けるかも知れん」

 江津湖の東側、路面電車の通りに江津交番がある。四件ともここの警官が対応していた。

「へへ。そう来ると思ってちゃんと手配しときましたよ。こっちに着いたら電話するから一人来てくれって言ってあります」

「なんだ、えらく手際がいいじゃねぇか」

 得意げに木下が携帯を取り出し電話をかけた。






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