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赤いファイル

 ◆

「どうするんです?」

 ハンドルを握った木下が情けない声で言った。

「署長命令なんだ。行くしかねェだろうよ」

 助手席の青木は不機嫌そのものだった。

 熊本東警察署を出た青木と木下は近くのうどん屋で昼食をとった後、車を江津湖へと走らせていた。

 青木は署長から受け取った赤いファイルを見ている。

「行くって言っても……何するんです?」

 木下は不服そうだ。

 それはその赤いファイルのせいだった。

 署長室で話を聞いた時は事件の捜査を頼まれたものと二人は思っていた。だがファイルに束ねられた数枚の書類を読んでいくと想像したものとは違っていたのだ。

 八月の間に江津湖では四件、同一人物のものと思われる案件が報告されている。

 それぞれが大なり小なり傷害事件と言っていい案件である。

 問題はその被害者と思われる4人の身元が消されている事だ。

 氏名、住所、連絡先の欄が黒く塗りつぶされていたのだ。

 これでは被害者に直接会ってその時の様子を聞く事もできない。

 それぞれ目撃情報などは記されているが、書類に記載されている情報と、被害にあった人物に直接話を聞くのとでは得られるものが違ってくるかもしれない。

 ましてや署長直々に捜査を命じられたのだから確実、且つ迅速に犯人までたどり着きたい、青木はそう考える。

 ここまで情報を制限する理由も分らないし、どう捜査して行くか木下が不服に感じるのも頷けた。

 出没する時間も場所もバラバラだし、青木も木下も本当に同一犯なのかとまで疑っている。

「まさか毎日朝から晩まで江津湖に寝泊まりじゃないでしょうね」

「それもいいかもな。お前と二十四時間ずっと一緒ってのはご免だがな」

 青木は笑った。

 被害者の身元を隠す、その意味を青木は考えている。

 署長の梅田はマスコミに知られたくないと言っていた。マスコミ対策なのか。

 だが極秘に捜査を依頼しながらその捜査官にまで隠す必要はないはずだ。大事になる前に犯人を捕まえたいならなおさらだ。

 ならば捜査官にも接触して欲しくない理由でもあるのか……。

(俺たちにも知られたくない理由……。いや、あるいは被害者側にも知られたくない何かがあるのか……)

 ふと署長室にいたあのタバコの男の顔が浮かんだ。

(あいつが何か関係あるのか)

 よくよく考えてみると極秘の捜査の話をするのになぜか署長室に見ず知らずの男がいたのだ。今回の件には何か裏がある、そう邪推しても不思議ではない。

 そうなると捜査一課長の内川も気になる。

 署長から課長の方にも青木と木下に捜査をさせる事は断りがいっているはずだ。

 一課を出る青木を見る内川の目。どこか強く押し殺した様なあの表情。あれは何かを知っているのではないだろうか。

 青木はううむと唸った。

 助手席の背もたれに寄りかかって外を見る。

 強い日差しが街を照りつけている。

 何か、何かが起ころうとしているのか。それとももう起こっているのか。それにもう片足を突っ込んでいるのか。

 青木は窓の外に流れる街を見てため息をついた。

 木下はそんな事は気にも留めずハンドルをきる。車は大きく左折した。

 すると青々と茂った木々と太陽の光をきらきらと反射する水面が見えてきた。

「とりあえずボート小屋の方でいいですか」

「そうだな。一件目はあの辺りだ」

 車はゆっくりと駐車場へと入っていった。









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