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ヒトとそうでないもの/6

(こいつらの感覚は普通じゃねぇ。なにがあっても仲良く一緒に生活なんてきるわけがねぇんだ)

 瓜生を睨みながら青木は腹の底からヴァンパイアに対する不信感を強くしていた。

 ヒトが善意で行っている献血をさも当たり前の様に自分達のものにしているのである。

「そんな怖い顔しないでください。仕方ない事なんです。献血の血がなければこの世は飢えたヴァンパイアの暴走が起こる。それこそ社会は混沌に陥ってしまう」

「輸血の血が足りなくなったどうするんだ、え? 珍しい血液型は? 何もかもお前らが優先されるのか? どうかしてる」

 青木は今日初めて瓜生に対して声を荒げた。

「もちろん人命が優先です。珍しい型の血液は配布されませんし。その辺はご心配なく。ただRHマイナスの型はおいしいらしいですけど……」

 この期に及んで瓜生はおどけてみせた。当然今の青木には神経を逆なでする行為である。

「この化け物め」

 その言葉に瓜生の顔は固まった。

 その時ブウンと鈍い振動音が車内に響いた。

 青木はズボンの携帯電話を確認したが、自分のものではない。

 すると瓜生が自分のポケットから二台の携帯電話を取り出した。その片方が振動音とともに小刻みに震えている。

「失礼」

 瓜生は携帯電話を開き、なにやら画面を確認している。

 暗い車内で、画面の光が反射している瓜生の横顔を見ているとこの少年が血をすすっている姿など想像もつかない。

 ふと時計に目をやると時刻はすでに八時を回っていた。

 非現実な話を目の当たりすると、時間の流れさえも早くなってしまうのか、青木は深く息を吐き、固まってしまった腰を軽く伸ばした。

「時間です」

 瓜生はパタンと音を立てて折り畳み式の携帯電話を閉じた。

「時間? 何の事だ」

 その問いには何も答えず、瓜生は一枚のメモを青木に差し出してきた。

「ボクをこの住所へ送ってください。この近くのはずです。のんびりしすぎました。時間がありません」

 メモを受け取ると住所と名前が書かれていた。もちろん青木には見覚えのない名前だ。確かにここからなら車で十分とかからない距離である。

「この家が何だ? 今回の件と何か関係があるのか?」

「説明してる時間はありません。とにかくここへ」

 そう言うと瓜生は早く車を出せ、と言わんばかりにシートベルトを締め直した。

 青木は言われるがままに、その住所へと車を走らせた。


 瓜生の指示した住所までの道中、二人は一切目も合わせず口も開かなかった。

 この数時間で、初対面だった二人の間の溝は深くなってしまっているようだ。

 署を出た頃と比べると車の流れはスムーズで、江津湖から五分程度でその住所までたどり着いた。

 そこは閑静な住宅街で、人通りも少なく、街灯の明かりだけが道沿いに点々と灯ってみせていた。

 メモに書かれた住所の家は、どこにでもあるごく普通の二階建ての一軒家だった。

 一階の、おそらくリビングであろう部屋の明かりだけが点いている。

「着きましたよ、お客さん」

 ハザードランプを付け、車を路肩に寄せると青木はわざとそう言ってみせた。

「どうも。それでは青木さん、確認です。ボクに協力してくれますか? 答えがNOならそれでも構いません。今日、耳にした事は他言無用です」

 青木はすぐには答えなかった。答えられなかったと言った方が正しいのかもしれない。

 初めのうちは木下の件もあり、犯人逮捕に積極的だった青木だったが、瓜生の話を聞くうちに、その気持ちは多少萎えてしまっていた。

 ヴァンパイアという得体のしれない者に対する恐怖心や、その事を知ってしまった後悔などではなく、ただ単純にヒトを食料と見下しているヴァンパイアという生物に対して嫌悪感を抱いたのである。

 そんな者に対し、果たして協力できるのかと、頭の中で葛藤を続けていた。

「ボクの携帯電話の番号とアドレスを教えときます」

 まだ答えの出てない青木は狼狽した。

「ちょっと待て。俺はまだ協力するとは言ってねぇぞ」

「大丈夫です。あなたは協力してくれますよ」

 瓜生は自信たっぷりに二コリと笑った。その笑顔は憎たらしいほどに爽やかである。

「お前、勝手なこと……」

 そう言いかけた青木を瓜生は手のひらを広げて静止した。

「ああ、はいはい。もう言い合ってる時間はありません。最初にあなたに会った時にボクは確信したんです。あなたは大丈夫だろう、と」

「ふん。いい加減な事を言うな。それともあれか、ヴァンパイアの勘か?」

「そんなものじゃないですよ。木下さんが襲われた件でもあなたは感情だけで動かなかった。だから得体の知れない高校生に黙ってついて来た」

「俺くらい感情で動く奴はいないと思うがな」

「それに残念ながら、これまで何人もの警察関係者が事実を知ってしまった為に精神を病んでしまいました」

「なんだと?」

「あなたの様に協力してもらうために事実を話しても聞く耳を持たない人や、聞いてしまったが為に人間不信、疑心暗鬼に陥り……」

 確かに世の中に密かにヴァンパイアが潜んでいるという事実を知れば、自分の親や子、親戚や友人、果ては隣近所、すれ違う他人までもがヒトではない生き物なのかもしれないと疑ってしまうのも無理はない。

 一度疑ってしまえば、その疑心という穴を埋めてしまう事は容易ではないだろう。精神を病んでしまった者には同情すらおぼえる。青木自信、この先これまで通り普通に生活できるのかも分からないのだ。

「俺なら大丈夫そうだと?」

 青木が尋ねると、またしても瓜生は爽やかな笑顔を見せつけ、

「そんな柔な人には見えませんでしたからね」

 そう言うと助手席のドアに手をかけた。

「勝手な野郎だ」

 青木はそう悪態をつくのが精いっぱいだった。

「青木さんはこれから坪井高校に向かってください」

 降り際に瓜生は言った。

「坪井高校?」

 青木の声は思わず裏返った。そう言えば瓜生の制服も確か坪井高校の制服だったことに今気がついた。

「そうです。場所は分かりますね? そうだな……九時五分、いや十分くらいがいいな。

 明かりが点いてる教室があるはずです。そこに行ってください」

 戸惑う青木の耳にバタンとドアを閉める音が聞こえた。青木は慌てて助手席側の窓を開ける。

「おい、そこに行ってどうするんだ? 俺は何をすればいい? 大体今回の件と何か関係があるのかよ」

 瓜生は時間が惜しいといった素振りで面倒くさそうに窓を覗き込んで、

「大ありです。急がないと最低でも一人、最悪三人の犠牲者が出ます。見つからないように行ってくださいね。そこでの状況次第でどう動くかはあなたの判断に任せます。一応銃も携帯して行った方がいいかもしれない」

 ボクもすぐに向かいますから、と言い残して瓜生は足早に目的の家に向かって行った。

 残された青木はしばらく瓜生の小さくなっていく背中を見つめていた。

「銃だと? えらく物騒じゃねぇか。一体何があるってんだ」

 独り言を呟きながら青木はエンジンをスタートさせた。

 坪井高校と聞いて、そう言えば交番の警官が怪我した小学生を連れてきたのも、確かあの高校の生徒だったという話を思い出した。

「ただの偶然か」

 今夜、あの学校で一体何があるのか、何の説明もなく指示されたが、首を突っ込んだからにはとりあえず言われたとおりに動くしかない。犠牲者が出ると聞いたら尚更だ。

 説明はあとからたっぷりあの小生意気なヴァンパイアに聞けばいい。

 青木の表情はすでに刑事のそれになっていた。

 途中、署に銃を取りに戻るかとも考えたが、休暇扱いだし、捜査一課の連中と顔を合わせるのも面倒だと思い直し、青木は瓜生に言われるがまま坪井高校へと車を走らせた。





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