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ヒトとそうでないもの/3

「この三つが我々ヴァンパイアとヒトとが交わした密約です。この事を知るのは各国のトップのごく一部のヒトたちだけです。もちろんトップが変われば後継のヒト達へそれは引き継がれます。そして退いたヒトには絶対的なかん口令が敷かれます」

「ヴァンパイアの存在を知ってるのはえらいさんのごく一部とそのOBだけってことか。どうりでどいつもこいつも俺が関わる事を嫌がるわけだ」

 青木は鼻で笑った。梅田署長や内川がこの件から早く身を引かせようとしたのはこういう訳かと納得したのだ。

 青木は内心、“ざまあみろ”とほくそ笑んでいた。最初に連続通り魔の件に俺を選んだのが間違いだ、とでも言いたげである。

「だがよくそんな約束が守れるな。約束破って口を滑らす奴もいるだろ。人間に絶対なんかありえない」

「命に関わるなら別です」

「命に関わるだと?」

「そうです。国を混乱させるという行為は重罪です。実際、中世ヨーロッパではかなりの混乱が起きました。国策に関わる人間は混乱なんか望みません。どこから漏れたか、それを徹底的に探すのも我々の仕事です」

「仕事?」

 青木はふと思った。さっきから何か引っかかると思っていたのだ。そういえば、なぜこの高校生が署長室に当たり前のように出入りしていたのか。それに刑事である青木に何を協力してもらおうと言うのか。署長にしても内川にしても今回の一連の事件を、さも当然のようにこの高校生に委ねている雰囲気があった。警察官である青木には関わるなと言っておきながら、である。

 青木はそもそも、この瓜生という男の目的を知らないのだ。

 ヴァンパイアというあまりにも浮世絵離れした話に気を取られてしまっていた。

「仕事って……、大体お前の仕事って何なんだ?」

「三大原則を守らせる仕事ですよ」

「守らせる?」

 瓜生は分からないかなあ、という風に面倒臭そうに首を回した。

「言わば青木さんと同職ですよ。ヴァンパイア限定ですけど」

 法を破った者を取り締まるのが青木のような警察官ならば、ヴァンパイアとしての規則を破った者はヴァンパイアが取り締まる。青木はそう理解した。

 確かに捕まえた犯人が“私はヴァンパイアです”と自供しようもんなら、何も知らない現場の警察官は呆気にとられるだろう。

「お前はそのルールを破ったヴァンパイアを警察に代わって捕まえるわけか」

「そう言う事です。我々の先人たちは、ヒトよりも進化した種族だと認識しながら、ヒトを支配する事は選ばなかった。逆にその存在を隠し、この社会に溶け込み、静かに暮らす事を選びました。そしてヴァンパイア達に最低限のルール、三つの原則を守らせるという条件で自分達の存在を確かなものにしたのです。と、同時にルールを破った者をヴァンパイア独自に取り締まるための組織を設けました。それが『ネイヴ』です」

「ネイヴ?」

「ネイヴ」

 車内で奇妙なオウム返しが起こった。瓜生も青木も思わずニヤついてしまったが、二人ともすぐに真顔に戻った。

「先人はヒトと交渉に入る以前からすでに下準備をしていました。世界中のヴァンパイアの中から優秀且つ、原則を守る堅い意志を持つ者を選び、訓練しながら時を待っていたのです」

「ちょっと待ってくれ。少しばかり質問をしていいか?」

「……どうぞ」

 瓜生は青木の方へ指先を向け、

「これまでのお前の説明の中で聞きたい事は二つ。まず、さっきお前は人間の進化と言った」

「ヒトから進化した者です。我々は人間を大きく一括りにしてヒトとヴァンパイアの二つに区別しています。ヒトの進化です」

 瓜生が丁寧に訂正した。青木は何も構わず続ける。

「ヒトの進化だ。お前と俺、見た目は何も変わらない。そりゃあお前は女に不自由しない容姿で俺は真逆だ。だが普通の人間だ。どう進化したんだ? ヒトの血を飲む事の何が進化なんだ?」

 青木なりの軽い冗談を交えて質問したが、瓜生はほとんど表情を変えない。

「ほとんど変わりません。だからこうやって社会に溶け込んで生活できるんです。ただ……ただ、多少五感と運動能力がヒトよりも上という事くらいです。個人差はありますがね。中には百メートルを五秒で走るヴァンパイアもいるとか」

 青木は昼間の逃げる犯人の姿を思い浮かべた。脚力には自信がある方だったが、あの黒いフードの後姿がどんどん遠ざかっていくのは、自分の重ねてきた年齢のせいなのかと思っていた。だがそれだけではなかったようだ。

「そいつはすげぇな。オリンピックにでも出りゃスター間違いなしだ」

「そこです」

 瓜生が突然声をあげた。

「そんな事をすればヴァンパイアの存在が世間に漏れるのは時間の問題だ。ヴァンパイアの力を使えばスポーツの世界では簡単にトップに立てる。それを取り締まるのも『ネイヴ』の仕事です」

「じゃあどうする?」

「どの競技でもやってるでしょう? ドーピング検査です」

「ドーピング検査でヴァンパイアと分るのか」

 オリンピックの時期になると良く聞く単語である。

「もちろん不正薬物使用してないかの検査です。その検査の中にヴァンパイアの反応がでるもの含まれているということです。これで陽性反応が出れば……」

「『ネイヴ』がしょっぴく……」

「その通り」

 瓜生が口元を弛めながら頷いた。



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