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ヒトとそうでないもの/2

 ヴァンパイア―――瓜生の言葉に青木は再び面喰った。もう何を聞いても冷静でいると心構えをしていたものの、さすがにこの言葉は青木を再び唖然とさせた。いきなり『ボクはヴァンパイアです』と言われて、はい、そうですかと納得する人間がこの世にいるのだろうか。場合によっては、そんな馬鹿な話があるかと笑い転げていただろう。だが今はそんな状況ではない。

 首を突っ込んだからにはどんな話でも信じなければならない。だからこそ、瓜生の一言で青木は間の抜けた案山子の様な表情になってしまっているのだ。

(こいつ、本気で言ってんのか……)

 青木はそう思ったが、今さら瓜生がそんなくだらない冗談を言うだろうか、と考え直した。

 瓜生の表情は変わらず涼しげである。あなたの知りたがっている事を教えたんだよとでも言いたげな顔である。

「それを信じろと?」

 青木は柔らかく探りを入れてみた。

「それはあなたの自由だ。ボクは今さら嘘なんか言いません。ただ、信じないなら、信じたくないならあなたとはここでお別れだ」

 そう言うと瓜生は助手席のドアをガチャリと開けた。本当に車から降りる気がない事は青木も感じ取った。

「まあ、待てよ。いきなりそんな事言われてもこっちは混乱してんだ。少し整理させてくれ」

「最初は誰でもそうですよ。この話を聞いた時はね。でも残念ながら段々時間が無くなってきました。急いで整理してください」

 瓜生はドアを閉めて再び座りなおした。

(時間が無くなってきたとはどういう意味だ?)

 青木は気になったが今はとりあえずその疑問は横に置いておいた。

 ヴァンパイアと聞いて真っ先に思い浮かぶのは血だ。色々な映画にも出てくるが、彼らは人間の生き血を好む。ゆっくりと獲物に忍び寄り、首元にガブリ……。その鋭い犬歯で噛みつき生き血を啜るのだ。

 血、血、血、―――まさか……。

 青木は木下が襲われた現場を思い出した。

 同僚の細川が不思議がっていた事、木下の失血量に対して現場に残った血の量が明らかに足りなかった―――。病院の医師も言いかけた『まるでドラキュラ……』という言葉。

(そういう事か……)

 瓜生は言ってる事は本当なのか……ヴァンパイアと呼ばれる連中が存在するのなら現場に血が残って無かった事も説明がつく……のか? あまりにも馬鹿げている、浮世離れしていると思いつつ、青木は自問自答した。まるで映画の世界に飛び込んだ気分だった。

 つまり木下は犯人に血を吸われた可能性があるのか。

 青木ににはもう選択肢はない。瓜生に確認するしかないのだ。

「ヴァンパイアってあれか、ドラキュラとか吸血鬼みたいな……」

 その言葉に瓜生はムッとした。はじめて見せる表情である。

「吸血鬼という言葉は嫌いです。ボクは鬼じゃあない。人間です」

 怒りに満ちたその表情は青木を動揺させた。

「ああ、悪かった。ヴァンパイアというのはその……映画とかでよくあるあのイメージでいいのか?」

「あなたの言うイメージがどういうものかよくわかりませんが、基本は大体そうですね」

「大体? どういう意味だ」

「ボクらは蝙蝠に変身しないし、陽の光も十字架も怖がりません。もちろんニンニクもね。あれは小説なんかの創作ですよ。基本が同じというのは血を欲するという所です」

「だが分らねぇな。ヴァンパイアと人間の進化とどう関係あるんだ? 人の血を吸うのがどうして進化なんだ」

「進化というのはあくまでも考え方の一つです。我々の種族内でも意見は分かれています。まずはそれを頭に置いておいてください」

 瓜生は念を押して話を続けた。

「ヴァンパイアの中には大きく分けて二つの意見に分れています。一つはヴァンパイアはあくまでも遺伝子のイレギュラーで産まれたという考え。つまり突然変異ですね。そしてもう一つがさっき言った進化です。食物連鎖は知ってますね?」

 ますます学校の授業だな、青木はそう思いながら「それくらいなら知ってるよ」とだけ答えた。最早瓜生の話を聞くことに集中しているのだ。

「食物連鎖のピラミッドを思い浮かべて下さい。簡単に言えば、最下層が緑色植物、その上が草食動物、次が肉食動物ですね」

 身ぶり手ぶり話す瓜生の口調も教師染みてきた。

「この地球上でその食物連鎖のピラミッドを支配するのがヒトです。肉食動物をも動物園で見せものにするくらいですからね」

「まあ考え方によっちゃあそうかもな。人間様が支配してるだろうな」

「ではそのピラミッドの頂点よりもさらに上、つまりヒトよりも上の者がいるとしたら?」

「人間を支配する……それがヴァンパイアってことか」

「我々は人間をヒトとヴァンパイアという風に分けて呼んでます。ヒトを食料にする、食物連鎖のトップに立つ種族の誕生、進化です。人間がヒトとヴァンパイアの二つの種族に分れたという考えです」

「ヴァンパイアにとっちゃ、俺らは牛や豚の家畜同然ってわけか」

「だが、先人たちはそれを選ばなかった」

「支配する事を?」

「そうです。確かに一部のヴァンパイアにはヒト=家畜という考えがあったのは事実です。しかし選んだ道はヒトとの友好でした。当然反発もありましたが」

「そのヒトとの友好に反発した様な連中が今回の様な事件を起こしたってわけか」

「ヴァンパイアだからと言って皆が皆、人を襲うわけではありません。ヒトだって犯罪を犯すのはごく一部でしょう? それと同じ事です。ヴァンパイアの多くはその事を隠して普通に社会で生活しています」

 自分が生活している中でヴァンパイアがその素性を隠して生活をしているのを想像すると、青木は恐ろしくも感じた。ヒトの血を好む種族がすぐ隣の家に住んでいるかもしれないのだ。

 ともかく青木はヴァンパイアの本質の部分を知る必要があると思い、瓜生にそれをぶつけてみた。

「とりあえずヴァンパイアって種族がこの世に存在することは分かった。それが進化かどうかなんか俺には関係ねぇ。いるんだったらしょうがねぇからな、嘘みたいな話だが。

 お前らヴァンパイアはヒトの血を飲む、それが生きるための栄養補給ってことでいいんだな?」

「そうです」

「血液だけなのか? 人間そのものを食らうわけじゃあないんだな」

「もちろん。ヒトと同じように食事もするし、酒やお茶も飲みます。ただそこにヒトの血が加わるだけです」

「じゃあ、お前も人を襲って栄養を摂るのか?」

「摂りません」

「だがお前もヴァンパイアなんだろ? 血を欲しがる」

「そうです」

「欲しくなりゃあ誰かれ構わず襲うんだろ? 木下を襲った奴の様に」

「襲いません」

 狭い車内で青木と瓜生はその顔を向かい合わせ問答を繰り返した。

「分からねぇな。どうしてあの犯人は人を襲ってお前は襲わないんだ? 同族なんだろ。いくらヒトと友好を結んだ所で本能には逆らえないんじゃねぇのか」

「禁じられてるからですよ、青木さん」

「禁じられてる? 何をだよ」

「人を襲う事を、です」

 何をいってるんだ、こいつはと青木は露骨に嫌な顔をしてみせた。現に木下は今日、襲われているのだ。

 瓜生は三本の指を青木に立てて見せた。

「まず、我々ヴァンパイアには守るべき三つの原則があります。襲わない・与えない・話さない。この三つです。まあ三つ目は今回のように例外もありますが」

 ヴァンパイアという、未知の種族の三大原則……襲わない・与えない・話さない―――。

 青木はしばらくその三つの言葉を頭の中で何度も繰り返していた。

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