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刑事と少年/2

 青木は血のついた白いワイシャツを脱ぎ捨て、ロッカーに出してからそのまま置いてあった薄いグレーのワイシャツを取り出した。ビニールを雑に破り、クリーニング屋のタグをちぎる。綺麗にたたまれ、しわもついていないシャツに袖を通すと気持ちが少し落ち着いた。思えば走ったり激昂したりと汗まみれで慌ただしい一日だ。

 顔を洗い、さっぱりした所で鏡に映る自分を見つめる。口のまわりにうっすらと髭が伸び始めている。

 ふぅ、と一息ついて更衣室を出た。

(あの餓鬼、本当にちゃんと待ってやがるんだろうな……)

 そんな疑いの気持ちを持ちながら署の入口までやってくると青木は絶句した。

 駐車場で待っていると言っていた瓜生が入口の受付の所で片肘ついて婦警二人と楽しそうに談笑していたのだ。

 怒りを通り越して呆れかえった青木は何も言わず瓜生の首根っこを掴むと、力任せに駐車場へと連れ出した。瓜生はされるがまま連れて行かれたが、婦警への甘い別れの笑顔は忘れなかった。

「痛い、痛い。なんですか刑事さん」

「うるせぇ。さっさと車に乗れ」

「乱暴だなあ、もう」

 青木に言われ、瓜生は渋々助手席へ乗り込んだ。

「ちゃんと待ってたでしょう」

「俺は待てとは言ったが婦警をナンパしろとは言ってねぇ」

「ナンパとはひどいなあ。どこの世界に警察署で婦警をナンパするヤツがいますか。タオルのお礼を言ってただけですよ」

「俺にはとてもお礼してるような光景には見えなかったがな」

 青木はキーを回し、車のエンジンを起こした。

「そんな荒っぽいと女性にモテませんよ」

 青木はハンドルに肘をかけ、苛立ちを抑えながら瓜生の座る助手席へ体を向けた。

「で、どこへ行くんだ?」

「……と、今何時ですか? まだ六時か……。まだ時間ありますねぇ」

 瓜生はうーんと少し考え込んだ後、

「少し腹ごしらえでもしますか」

「てめぇ―――」

「おっと、怒らないで。ちゃんと刑事さんが知りたがってる事はお話しますから。どこかコンビニでも行きましょう。どうも小腹がすいちゃって」

 どうもこいつといると調子が狂う、と青木はゆっくりと車を出した。

 陽も傾きかけ、雨もすっかりあがった夕暮れの道路はちょうど帰宅ラッシュの真っただ中だった。

 何とも言えない独特の、どこかぎこちない空気が包みこむ二人を乗せた車は近くにあるコンビニへと向かった。

 気まずい沈黙を破ったのは瓜生だった。

「そうだ。自己紹介がまだでしたね。ボクは瓜生。瓜生健といいます」

 せまい車内で瓜生は座席に座ったままぺこりと頭を下げた。

 そんな瓜生の方を見向きもせず青木は前を向いたままハンドルを握っている。

「……。あのぉ……」

「青木だ、青木。青木陽一」

 瓜生の方など見向きもせずに青木は投げやりに自己紹介を済ませた。

「なるほど。青木さん。青木さんね」

 何がなるほどなんだと、青木は思ったがわざわざ聞き返さなかった。

 

 十分程走った所で二人の乗った車はコンビニの駐車場へと入って行った。

 夕方とあって学生や帰宅途中のサラリーマンなどでコンビニの駐車場は賑わっていた。

「何か食べます?」

 停車するなりドアを開けた瓜生が尋ねた。

「いらねぇよ。俺は乗ってるから行ってきな」

「では……」

「おい、ちょっと待て」

 車から降りようとする瓜生を青木が呼びとめた。そしておもむろに自分のくたびれた皮の財布から千円札を取り出すと瓜生へと差し出した。

「ほらよ」

「そんな、いいですよ」

「高校生なんかそんなに金持ってねぇだろ。俺にもコーヒー買ってきてくれよ」

「うーん。それをもらっちゃうと後が怖いなあ」

「なにぃ?」

「じゃあ遠慮なく……」

 瓜生は頭を下げてお札を手に取るとスタコラコンビニへと入って行った。

「ふぅ。どうも調子狂うな、あいつは」

 似たようなお調子者の木下とは少し違うタイプの瓜生に、青木のペースは乱されていた。

 強面で、しかも初対面の相手に対し壁を作りがちな青木の懐にすんなりと入ってくる事はあの木下でさえ初めのうちはできなかった事である。それもたかが十七、八の高校生に、である。

 その得体のしれない高校生とこれからドライブしようというのだから内心、青木はおかしくもあった。

「木下の奴が聞いたら大笑いするだろうな」

 いつも仏頂面で決して人当たりの良くない青木をフォローするのはいつも木下の役目だった。そんな青木が初対面の高校生と二人きりでドライブなのだから木下が聞いたら格好の酒の肴だろう。

 青木は座席にもたれかかり、目を閉じた。眠かったわけではないが、気持ちが少し落ち着いて、今日の疲れが一気に襲いかかってきた感じがした。

 木下がああなってしまった事を思うと、本当にこの件に首を突っ込むべきだったのかと自問自答してみた。あの時、木下を一人で行かせるべきではなかった、それよりもまず言われたとおりに休みをとって家で大人しくするべきだったのか、後悔にも似た青木らしくない弱気な考えが頭をよぎる。

(今さら後には引けねぇよなあ)

 ガチャリと助手席のドアが開いた。

 青木はハッとして体を起こす。

「あれ、寝てました?」

 ビニール袋をぶら下げた瓜生が申し訳なさそうに車内を覗いている。

「寝てねぇよ。考え事してただけだ。早く乗れ」

 瓜生は車に乗り込むとガシャガシャとビニール袋をあさり始めた。

「はい、どうぞ」

 ああ、と青木は缶コーヒーを受け取ると封を開けないままジュースホルダーへ缶をのせた。

「で、どこにドライブするんだ? 野郎二人で遠出するなんかゾッとしねぇんだが」

「お釣り、どうしましょ。百円ちょっとしかないですけど……」

「やるよ。そんなもんいいからどうすんだ?」

 こいつ、話を逸らしやがる、と青木は内心苛立ちをおぼえたがそこはぐっと言葉を飲み込んだ。

「とりあえず江津湖に行ってみましょうか。今日の現場よりも離れてた方がいいなあ。ボート小屋あたりがいいですね」

 青木としてはおそらく警察が聞き込みなど捜査を続けているであろう現場にはあまり近づきたくはなかったが、今はとりあえず瓜生に従うことにした。

 江津湖へと向かう車内では二人の会話もほとんど無く、ただ弁当と菓子パンを夢中でかきこむ音だけが響いていた。

(こいつ、小腹がすいたとか言いながらがっつり食ってやがるじゃねぇか)

 青木は黙って湖へと車を走らせた。

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