表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/83

署長室の男達/3

 青木はすでに内川の熱くなるなの言葉など、とっくにどこかへ飛んで行ってしまっていた。

 枕崎と呼ばれた煙草の男と一触即発の状況の中、突然現れた場違いな男に室内の張りつめた空気が一瞬にして緩んだ。

 この警察署のトップの部屋に、しかもノックもせずに図々しく入って来たこの闖入者に一同は呆気にとられている。

 服装を見る限りどうも高校生のようだ。

(なんだこのとぼけた糞ガキは)

 青木はそれまでに溜まっている憤りを含めた視線でこの高校生らしき男を睨みつけた。

「ノックぐらいしたらどうだね」

 枕崎が呆れたように言った。雰囲気を察するにどうも彼は顔見知りらしい。

「いやあ、ドアの前まで来たらなにやら中が騒がしいんで。遠慮せず入ってしまえと思いまして」

「ふん。君はヒトとしてのマナーがなっとらんようだ。その辺をしっかり学びたまえ」

「心得ときます。枕崎さんも相変わらず敵を作るのがお上手の様で…」

「何ぃ?」

「すいません、署長さん。ちょっと寄り道しちゃって。遅くなりました」

 どうやら枕崎とこの高校生の間柄もあまり良好な関係ではないらしい。

(このガキ、署長とも面識があるのか。何者だ一体)

 青木がチラリと内川の方を見た。内川の表情から彼もこの高校生を知っているようだ。

 その内川をみた高校生は、

「おや、内川さん。どうもお久しぶりです」

 ペコリと頭を下げる。

「ん、ああ」

 内川はどこかぎこちない返事を返した。この部屋で青木だけが一人、置いてけぼりを食った形になってしまっていた。

「突然雨が降ってきましてね、いやあ振りそうな天気だから傘をどうしようかと悩んだんですけど―――」

「君はそんなくだらん話をしにわざわざここへ来たのかね?」

 コンコンとドアをノックする音がした。梅田が慌てて返事をする。

「誰だね。今は来客中だ。後にしてくれ」

「ああ、多分ボクですね」

 そういうと高校生はガチャリとドアを開けた。

 ドアの前には若い婦警が立っていた。両手で下から支える様にきれいに畳まれたタオルを持っている。

「下でタオルを頼んだんですよ。びっしょりだったんでね。やあ、ありがとうございます。助かりました」

 タオルを受け取り、深々と頭を下げる高校生を見て若い婦警は心なしか頬を赤らめている。

(高校生のガキ相手に何ポッとしてんだ。ホテルのルームサービスみたいなマネして)

 室内の重い空気を察知したのか、婦警はタオルを渡すとそそくさとその場を後にした。

 婦警が頬を染めるのも無理はなかった。この高校生、なかなかの男前なのだ。まるでモデル雑誌から飛び出して来た様な甘いマスク、すらっと伸びた長い脚。強面でずんぐりとした青木とは対照的である。

 青木は学生時代から女性にモテるという事から程遠い人物だった。結婚した時ですら「青木に嫁が来る」と同級生に驚かれたくらいだった。だからどうもいい男という物に対して妙に対抗意識を持っている。

 今も青木はこの得体のしれないいい男にまるで汚い物を見るかのような視線を送っていた。


「これでだいぶさっぱりしました。熊本と言う所は蒸し暑いですねぇ。雨と汗でベタベタだ」

 受け取ったタオルで濡れた髪や腕を拭きながら高校生はニコニコしている。

「……話を続けてもいいかね?」

 枕崎はイライラしながらまた煙草に火を点けた。

「え? ああ、すいません。何の話でしたっけ」

「君は現場に行ってきて遅れたのだろう? 何か分ったのかね」

(現場? このガキは現場に出入り出来る様な身分なのかよ)

「現場は見てきましたよ、雨の中。突然降りだすもんだから参りましたよ―――」

「お前―――」

 高校生の受け答えに、いよいよ枕崎のイライラが爆発した。

「早く本題に入らんか!」

 言われて高校生の表情が変わった。これまではヘラヘラした軽い印象だったが、一瞬にして目つきが変わったのだ。

 それを見て青木はなぜか背筋にうすら寒い物を感じた。理由は分らないが、何かこう今まで感じた事のない雰囲気をこの高校生から感じ取ったのだ。

 梅田も内川もこの二人のやり取りを黙って聞いている。

「……話を進めるのは一向に構いませんよ。僕は、ね」

 そういうと高校生はチラリと青木に目をやった。

 青木と目が合う。

「どうしますか、枕崎さん?」

 高校生は青木と目が合ったまま枕崎に投げかけた。

「ちっ。そういうことか……」

 枕崎はため息をつきながら青木を見た。

 青木はすぐに理解した。一人部外者がいるが話を続けていいのか。つまり自分はこの場には邪魔なのだ。

 だが、青木はそんな事で引き下がる様な男ではない。

「ちょうどいい。その本題ってやつを俺も聞かせてもらいます」

 こうなるとてこでも動かない。そんな事は隣にいる内川が一番良く分っている。

 梅田、内川、枕崎の三人は視線を交わし、梅田が仕方ないとでも言いたげな顔で頷いた。

「ここにいる物好きな刑事さんもお話を聞きたいそうだ。続けよう」

 枕崎も呆れた表情だ。

 青木は「よし」と心の中でガッツポーズである。

「では私はこれで……」

 内川である。

「私の代わりに青木を残します。うちも部下をやられてみんな混乱してるでしょうから。署長?」

「分った。そちらは任せる。うまく説明してやってくれたまえ」

「分りました」

 そう言って頭を下げた。そして青木に目をやり、

「青木……あとは頼んだ」

 その言葉だけを残し、内川は署長室を出て行った。


「さて話を進めよう。青木君、いいかね?」

 梅田に言われて青木は黙って頷いた。

「これで満足かね」

 皮肉をこめて枕崎が言う。青木はぐっとこらえてそれを無視した。

「いいんですか? ボク達の決まり、破っちゃう事になりますよ?」

「こうなったらしょうがないだろ。やっこさんはどうしても知りたいそうだ」

 枕崎はいつの間にかまた新しい煙草に火を点けていた。

「いいのかなあ。知らない方がいい事もありますよ。刑事さん?」

「構わねぇよ」

 青木は高校生を睨みつけた。

(僕達の決まり? なんだそりゃ。こうなりゃとことん聞いてやろうじゃねぇか)

 どうやら青木の覚悟も決まったようである。

「話を続けようか、瓜生君」

 署長の梅田が高校生を促した。













評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ