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曇天の午後に

 午後からの授業中、啓介の脳裏には様々なものが交錯していた。

 消えた瓜生、登校していない坂本・沙耶、学校の外へと向かう生物教師の竹本……。

 瓜生……。やはり例の不良たちへの暴行が事実で、噂になっている事を知り逃げ出したのだろうか。

 しかし昨日初めて瓜生と話した啓介だが、そんな事で逃げ出すようなタイプでは無いようにも思えた。

 坂本……。朝から昨日の一件が噂になっているのは彼の軽口だと啓介は思ったが今日は欠席と知って意外に思えた。ただの欠席だろうが啓介は妙に坂本の事が気にかかった。

 沙耶と竹本……。昨夜は突然のキスで舞い上がっていたが、冷静に考えてみたらこの二人の関係は怪しいと坂本に聞かされていたのだ。

 その沙耶は欠席、そしてまだ午前中にも関わらず学校から出て行く竹本……。

 偶然だと自分に言い聞かせようとすればするほど、啓介の頭には二人が一緒に歩いているあの光景が浮かんでくる。

 唯一の救いは沙耶から来た一件のメールだった。


 今夜九時、学校で―――


 当然啓介はなぜ学校に来てないのか、とかなぜ学校なのかと沙耶にメールを送ったのだが返事はない。

 こっちからの質問には答えてくれないようなので啓介は、


 じゃあ今夜学校で


 とだけ沙耶に返事を送った。

 結局午後の授業がすべて終わっても沙耶からは何も返事が来る事は無かった。

 その事が余計に啓介の心を揺さぶった。

(沙耶のやつ、やっぱり竹本と……)

 などと余計な事を考えて、一人でイライラしていた。

 イライラするせいなのかいつもよ余計に喉が渇く。廊下にある冷水器では間に合わないから校内に設置してある自動販売機で飲み物を買って渇きを潤していた。

 一方の瓜生にも大丈夫なのか、とメールを送ってみたがこちらもやはり返事は無い。

 本来なら沙耶のお誘いメールで夢見心地になっていたのだろうが、それ以上になんとも言い難い不安が啓介を包み込んでいた。


 午後の授業も終わり、帰り支度をしている時、啓介は岩崎の一言を思い出した。

(そういえば岩崎が何か言いかけて終わってたな。何だったんだろ)

 啓介は教室を見わたすが岩崎の姿は無い。

 今日の昼休みに続きがどうのと言いかけたが、沙耶からメールが来た事に頭がいっぱいになったせいで、聞きそびれていた事を思い出したのだ。

(もう帰ったのかな。まあ明日改めて話聞けばいいか)

 そんな事を考えながら啓介は一人教室をあとにした。

 夕方の空は灰色の厚い雲に覆われて、今にも雨を降らせそうな雰囲気だった。

 足早に自転車にまたがり学校を出た啓介の胸は少しづつ高鳴り始めていた。

 午後の授業までは学校に来ていない連中の事が気になって仕方なかったのに、学校が終わってみれば今夜の事が楽しみで堪らないのだ。

(今夜は早めに家を出ようかな。親父が帰ってくるとどこに行くとか色々聞かれそうだし)

 どんな服を着ていこうか、シャワーくらい浴びて行った方がいいかな、などといろんな事を考えている。

 なにせ女子とデートなど小学校時に男女六人で動物園にグループデートして以来だし、そんなうぶな啓介が夜に二人きりで会おうというのだから、どう準備して行ったらいいのか皆目わからない。

 まあ、まだ約束まで時間はたっぷりあるからと家に帰ってから出かけるまでの流れを頭の中でシュミレーションしながら自転車を走らせた。


 学校を出て電車通りを走っていると、灰色に淀んだ空からポツポツと小さな滴が啓介の顔を叩き始めた。

「いよいよ降り出したか。家までもってくれ」

 灰色の空はそんな啓介の望みなどお構いなしに、雨の粒を次第に大きくしていった。

 残暑の太陽に照りつけられ、焼けたアスファルトに落ちる雨は、辺りを独特の匂いを漂わせる。

 行き交う人は急いで店の軒先に雨宿りし、啓介の横を走る車のワイパーは絶え間なく左右に動いている。

「ついてないな。家に着いてから降ってくれればいいものを……」

 啓介は降りしきる雨の中、必死に自転車を漕ぐ。途中、雨宿りも考えたが、今夜の事を考えると一刻も早く家に帰って準備したいから啓介はこの雨の中、ずぶ濡れになりながらも家へと急いだ。

 ちょうど啓介が江津湖のそばを通りがかった時だ。

「あれ?」

 啓介のいる位置から湖を挟んだ反対側に数台のパトカーが止まっているのが見えた。

 ただパトカーが停まっているだけなら家へと急ぐ啓介は気付かなかっただろう。啓介が雨が降っているにも関わらず自転車を止めたのは、そのパトカーの赤色灯が点滅しているからだった。

「事故……かな?」

 啓介は遠回りになるがそのパトカーが停まっている方へと方向を変えた。

 警察を見ると昨日の事を思い出す。例の公園の一件は啓介の知らないうちに警察沙汰となっていた。

 その事と先に見えるパトカーとはなんの関係もないはずだが、啓介はなぜか気になって赤く点滅している方へと引き寄せられていった。

 啓介の位置は湖を挟んだ反対の道路、白いガードレールに足をかけ、様子をうかがっている。湖内の遊歩道ではないからここからは何があったのかは分からなかった。野次馬もほとんどなく、遊歩道を行く人たちも何かあったのかと一瞬興味を持つがそのまま通り過ぎていくから、何かが起きてずいぶんと時間が経ったのかもしれない。

 遊歩道の柵に立ち入り禁止のテープが張られ、その前で制服を着た警官と、おそらく刑事であろう白いワイシャツの男が何やら話している。

 よく見ると湖沿いの草むらの中に小屋のようなものが建っていた。

「あんなとこに小屋があったんだ」

 昔からよく通る道だがあんなものがあるのは気付かなかった。かなりくたびれたたたずまいだから古い建物なのだろう。

「なんか事件っぽいな」

 湖の茂みにひっそりと建つ古い小屋、その光景が啓介の好奇心をくすぐった。

 こうなると近くに行って見学したくなってくる。雨に濡れているのを啓介は全く気にしなくなっていた。

 その先の道から湖の方に降りてみようとペダルに足をかけた啓介は思わず身を乗り出した。

「瓜生君!」

 思わず声が出てしまった。

 警官と刑事が話している少し後ろに瓜生がいたのだ。彼は遊歩道から草むらの小屋を興味深そうに覗いている。啓介は湖を挟んだ反対側にいるからその声はもちろん届いてはいない。

「何してんだ、こんなところで」

 朝からいなくなった瓜生をこんなところで見つけるとは思わなかった啓介は興奮していた。聞きたい事がたくさんある。彼が姿を消したおかげでこっちは朝から教師たちに呼び出されて身に覚えのない事まで質問攻めにあったのだ。

 降りしきる雨の中、急いでポケットから携帯電話を取り出す。防水機能がある携帯電話ではないがそんな事を考えている余裕はない。

 だが瓜生は、まるでそんな慌てる啓介の事を察知したかのようにその場からすうっといなくなってしまった。

 啓介はどちらの方向へ行ったのか必死に探したが、雨と行き交う人の傘が邪魔してうまくいかない。

「出てくれ、頼む。電話に出ろ!」

 そんな願いもむなしく、啓介の耳にはコール音だけが鳴り続けた。










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