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通達/2

 青木はタクシーを降りた。

 平日の夜という事もあって街中の飲み屋も休日前の様な賑やかさこそないが、人出はそこそこだった。

 内川の行きつけの店は雑居ビルの五階にあって、ママが一人で切り盛りしている。

 一階にある居酒屋では大学生や会社員たちで賑わっている。

 そんな光景を尻目に青木はエレベーターのボタンを押した。

(ここに来るのは何年振りだろう)

 ゆっくりとエレベーターのドアが開いた。

 ふうっと一息吐いて中に入って五のボタンを押す。

 ぶうんと低い音を立てながら四角い箱は上へと向かって動き出した。

 五階にある店の前に着くと青木は少し緊張した。なにしろ七年振りにこの店に来るのだ。

 昔の青木は酔っ払って随分とママに迷惑をかけたし、そんな性質の悪い客だったにもかかわらず、ママは青木に良くしてくれたのだ。

(どんな顔をして入りゃいいんだ)

 内川の行きつけの店の名前は「R」。いわゆるスナックだが、店の名前の由来は知らない。

 基本ママがいつも一人で切り盛りしているが、忙しくなるとたまに知り合いの店から女の子がヘルプに来てくれる。

 青木はゆっくりと赤茶色のした扉を開いた。


「いらっしゃい。青木ちゃん久しぶりじゃないの」

 扉を開くとすぐママの高い声が響いた。

「ご無沙汰してます」

 入り口で青木が一礼する。

 店内には二つのテーブルとそれを囲むように二つのL型をしたソファーがあり、それぞれに小さな丸い椅子が添えてある。そしてカウンターに六席程の小さな店だ。

 まだ時間が早いせいか客は誰もいない。

 内川はカウンターに座っていた。

「おう、お疲れさん。まあ座れよ」

「お疲れ様です」

 内川に促され青木は内川の隣の席に着いた。

「ほんと久しぶりねー青木ちゃん。たまには顔出してよ、淋しいじゃない」

「すいません。酒止めたんでなかなか……」

「内川さんから噂は聞いてたわよ。がんばってるみたいね」

「今日お前が来るって聞いてママもえらい喜んでたんだぞ。久しぶりに会えるって」

「色々ご迷惑おかけして……」

 久しぶりに来るこの店は青木にはどうも落ち着かなかった。

「ウーロン茶でいいかしら」

 そういうとママはグラスの準備を始めた。

 ママは年にしてもう四十後半だろうか。青木が通っていた頃に子供が小学校の上級生といっていたからもう高校生くらいだろうか。

 昔と変わらず相変わらず人懐っこい顔をしている。当時はここにくると実家に帰った様にほっとする居心地のいい場所だった。

「悪いな、急に呼び出して」

「いえ、ちょうど帰る頃だったんで。どうしたんです? 課長が呼び出すなんて珍しい」

「お前に話したい事があってな。二つあるんだがどっちから話そうか……」

 内川はそう言うと飲みかけのビールに口をつけた。

(急に呼び出すくらいだ、どうせろくな話じゃないんだろうな)

 ママは青木の前にグラスを置くと、すっとカウンターから

 離れた。

 仕事の話などの雰囲気を察すると何も言わずに距離を置いてくれるこういったママの気遣いも内川や青木がこの店を気に入っている理由なのかもしれない。

「まあそう構えるな。いい話と……まあもう一つは悪い話になるか」

 ぐいと残りのビールを飲み干す。どうもすでに内川はほろ酔い気味のようだ。

「よし、まずはいい話だ。春菜ちゃん帰って来る気があるらしいぞ。よかったな」

「え?」

 青木は面喰った。

「だから、嫁と子供が帰って来たいそうだ。お前も随分がんばったからな。そろそろ戻っても大丈夫だろう。そうだろ?」

「春菜が……ですか」

「そうだ。加奈ちゃんもパパに会いたいらしいぞ。もう長い事会ってないだろう。もう小学校三年生になるか」

 春菜と加奈は青木の妻と子供の名前である。二人が出て行ってからもう七年も会っていない。

 春菜の実家に住んでいるが青木は生活費は送り続けていた。加奈の誕生日にもプレゼントを送っていたが一度も会っていない。

 青木は強情な性格だから自分から会いたいとは決して言わなかった。

 自分に非があるのは分っていたし、春菜の口から離婚という単語を言ってこなかったからいつ戻って来てくれると信じていた。

「あいつと話したんですか」

「一応俺が仲人したからな。お前が荒れている頃からちょくちょく相談は受けていたんだよ。お前には悪いがたまに近況を報告したりもな。強く口止めされてたよ」

「……すいません。ご迷惑を」

「迷惑なもんか。春菜ちゃんも出て行った事はずっと悪かったと思ってたんだよ。何回も戻ろうと相談された。だが俺が止めたんだ、まだ早いって」

 青木の目は少し潤んでいた。

 昔を思い出すたびに妻と娘には申し訳ない事をしたとずっと後悔していた。

 その後悔が刑事という仕事の原動力となっていたのだ。

 この場に木下がいたなら今のこの青木を見たらどんなに驚くだろう。

「よかったね青木ちゃん」

 いつの間にか戻っていたママがなぜかボロボロ泣いている。

「ママもお前の事心配してたからな」

 内川は新しく出されたビールをうまそうに飲んだ。

 青木は椅子から降り深く頭を下げた。

「いろいろとお世話になりました」

「もう大丈夫だよな、青木」

「はい。もう同じ過ちは犯しません」

「近々二人は帰ってくるそうだから仲良くな。加奈ちゃんも大きくなっただろうなあ……。さあ悪いが問題はもう一つの話だ」

 内川のこれまでほろ酔い気味だった顔が一変して刑事の顔になった。

 青木はそれを見てこっちの話はただ事じゃないなと身構えた。





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