転校生/5
その公園は正門を出てしばらく裏路地を歩くと現れた。
あたりは車一台がやっと通る程の道幅で、古い住宅街の裏手にあるので人通りも少ない。不良連中にとっては格好の場所なのだろう。
啓介は何度も道すがら何度も脱出を試みたが、隣では涼しい顔した瓜生が啓介の腕をつかんだまま離さないし、5人の不良たちが周りを取り囲んでいるからその願いは叶わなかった。
不安げに何度も瓜生の顔を見るが、
「大丈夫だよ。大丈夫」
そう繰り返すだけだった。
ちょっと転校生に興味を持ったおかげで今日はとんでもない日になった、そう啓介は嘆いた。
そうこうするうちに一行は公園に着いた。
その光景を見てさらに啓介は絶望する。
公園にはすでに三年の大山がいてその他に十人もの不良たちが待ち構えていたのである。
その中に昨日返り討ちにあった後藤もいた。おそらく昨日の他の四人もこの中にいるのだろう。
啓介と瓜生を連行して来た五人と合わせて総勢十五人にもなる。一人相手に大層な人数である。
「連れてきました」
靴箱で瓜生に境と呼ばれた男が大山に報告する。大山はコクリ、と頷くだけだ。
「うりゅう……」
大山がそう言葉を発しようとするやいなや、
「えらくギャラリーが多いな、今日は」
瓜生が口を開いた。
「用があるのは誰だい。いち、に……今日は十五人か。やあ、昨日はすまなかったね。学校を休んでたみたいだから心配したよ」
そう言って手を上げた。
後藤をはじめとする昨日呼び出した五人が戸惑っている。
「調子にのるなよ、瓜生。今日用があるのはおれだよ」
大山がすごむ。瓜生は顔色一つ変えない。
「いつも思う事だが君たちは高校生にもなって一人じゃ何もできないのかい。大山、君もだ。用があるなら自分で呼びに来ればいい。そんな子分なんか使わずにだ。結局学校じゃ悪ぶっていても誰かとつるまないと何にもできないんだ君たちは」
子分と言われて他の連中も殺気立ち始めた。横の啓介はこれ以上刺激するなと泣きそうな顔をしている。
だが瓜生は構わず続ける。
「昨日は五人で敵わなかったから今日は三倍の十五人か。明日はどうする。四十人くらい集めるかい」
「う、瓜生君……」
挑発し続ける瓜生を啓介が諌めようとするが一向に止める気はない。
「ボクは本来、暴力は好まない平和的な人間なのだ。なぜなら暴力は何も解決しない。今日のこの人数を見ればそれは明らかだ。昨日の暴力は正当防衛のつもりだったが今日、そのせいでまた別の暴力を生もうとしている。君たちのせいで」
「言いたい事はそれだけか瓜生」
ずっと黙って聞いていた大山が口を開く。周りの不良たちは今にも襲いかかってきそうな勢いだ。
「言いたいことは山ほどあるさ。聞いてくれるかい」
そこへ一人の茶髪の不良が歩み寄り、啓介の隣まで近づいた。
「ごちゃごちゃうるせえんだよ」
うっと唸り、息が出来なくなった啓介はその場にうずくまった。茶髪のその不良に腹を殴られたのだ。
突然の外部からの衝撃に啓介の体は、一瞬呼吸をするという仕事を忘れてしまった。
産まれて初めて親以外の人間に殴られた衝撃と驚きで啓介の頭は真っ白になった。
なんとか息を吸い込み呼吸を整えようとするが咳とともに痛みが腹部を襲って体に力が入らない。
殴った茶髪がその様子を見て笑っている。
「お前が能書きたれてる間にお友達が大変だぜ、瓜生さんよ」
ニヤニヤと逆に挑発してくる大山、それに合わせて取り巻きの不良たちが笑い声をあげた。
「大丈夫かい、馬原君」
瓜生に抱きかかえられる様にしてなんとか啓介は立ち上がった。ゴホゴホっと二、三度咳込む。
ふらつきながら瓜生の顔に目をやった啓介は思わずゾッとした。
「イラつくなぁ……」
そう呟いた瓜生は冷え切った、まるで汚物でも見るかのような目つきに変わっていた。さっきまでそこにいた涼しげで爽やかな男の面影はそこになかった。
その表情を見て特に動揺したのは後藤をはじめとする、前日に瓜生に返り討ちにあった五人だった。
それは一瞬だった。
まず瓜生の正面にいた大山が腹を抑えてその場に倒れこむ。そして啓介の隣にいた茶髪の男が低いうめき声とともに膝から崩れ落ちた。
啓介は何が起きたのか分らなかった。
やっと呼吸も落ち着いたところに目の前にいた二人の不良があっという間に地面に転がり込んでいるのだ。
足元にいるふたりはううっと苦しんでいる。
啓介がやられたように大山と茶髪は一発づつ腹部を殴られたようだ。
不意をつかれたとはいえ一瞬にして不良二人は瓜生に対して戦意を失ってしまったのだ。
取り巻きの不良たちも突然の出来事にあっけにとられている。
ふう、とひと息吐くと瓜生は辺りを見回した。
「君たちのリーダーは見ての通りおねんねだ。どうする? 次は誰だい。出来ればこれ以上無駄な暴力は避けたいんだが」
そう瓜生にすごまれた取り巻きたちはピクリとも動かず、いや動けずにいると言った方がいいだろう。
「ふむ、昨日の五人よりは利口みたいだね。じゃあボク達は失礼するとしよう。じゃあまた明日学校で」
そういうと表情が一瞬にしてあの爽やかな瓜生に戻った。
「さあ馬原君、行くとしよう」
くるりと踵を返し、来た時と同じようにして啓介の腕をつかんでさっさと公園を出て行った。
啓介もあの場にいた不良たちと同様、しばらくの間放心したままだった。




