転校生/3
「すごいぜ、アイツ」
坂本はB組の教室に入って来るなり一人興奮していた。
岩崎は中学からの付き合いなのでふうんと言ったきりだった。
一方の啓介は坂本の方を見なければ返事もしない。
「昨日話しただろ、瓜生ってC組の転校生。先輩連中に目を付けられてるって。昨日の放課後それが決行されたってさ」
弁当を食べていた啓介の箸が止まる。
「それで、シメられたって?」
「食いついてきたね、馬原君」
おかずを頬張りながら坂本がニヤリと笑う。
その表情が今日は特に啓介にとって不快に感じた。しかも今度は啓ちゃんじゃなく馬原君ときた。
「昨日は一年と二年のヤンキー五人が瓜生を呼び出したらしいんだ。まあ三年の指示だろうね。お前らでしっかりシメとけってなもんだろう。五対一さ」
啓介は思う。あのヤンキー、いわゆる不良と呼ばれる生き物は徒党を組んでやってくる。卑怯この上ない。
啓介みたいな真面目で大人しい部類の生き物はああやって見た目で威圧してくる奴が、しかも複数でやって来るならそれだけで委縮してしまうのだ。
文句があるなら一人でやりゃあいい、そう思うのだ。
「学校近くの公園に連れて行かれた転校生。そこで五人のヤンキーに囲まれたわけだ」
まるで弁士だ。坂本は続ける。
「まあ五人でやるならそれはリンチになってしまうからね。
とりあえず四人は周りを囲んで、二年の出田が瓜生に因縁をつけたらしい。そこで―――」
啓介はいつの間にか聞き入っていた。
出田と言えば二年の不良の中でもリーダー格である。入学してすぐに啓介のクラスの後藤もこの出田にシメられたと聞いた。喧嘩も強いのだろう。
「―――五人とも返り討ちにあったってさ。あんなやさしい顔してあの瓜生、相当やるぜ」
「へぇ、やるねぇ。まあいつも学校で威張ってる連中だ。いい気味だね」
岩崎がケラケラと笑う。
「このクラスの後藤、あいつもその中の一人さ。今日学校来てないだろ。逆にやられちゃったからね」
坂本も一緒になって笑った。
ざまあないね、と岩崎が手を叩く。実は岩崎はその後藤に散々おたく、おたくと小馬鹿にされていたのだから喜ぶのは無理もない。
瓜生が普通に登校して、後藤が休んでる事を不思議に思っていた啓介はスッキリした。と同時にあの瓜生という男にひどく興味を持った。
それは強さをひけらかさないそのさまに対して、憧れにも似た感情だった。
「五人とも学校に来てないらしい。そりゃそうだよな、逆にやられたんだ。恥ずかしくて学校なんか来れたもんじゃない。だけど今日はどうなるかな」
坂本が話すのを止めて廊下を見た。啓介と岩崎もそれにつられて視線をやる。
教室の窓からちょうど廊下を行く瓜生が見えた。昨日の今日だが構わずまた校内をうろつくつもりなのだろう。
「ちょいと失礼」
そういうと坂本は弁当を食べるのもやめて教室を出て行った。
「まるで探偵かパパラッチだね」
岩崎が呆れた様子で言った。
啓介も実のところ坂本と一緒になって瓜生の後を付けて行きたい気持だった。
昼食も終えて、岩崎と啓介が最近出たゲームの話をしているとやっと坂本が戻ってきた。
「収穫はあったかい」
岩崎が尋ねた。
坂本はまだ途中だった弁当をかきこみながら、
「どうかしてるぜあいつ。昨日の今日なのに二、三年の校舎にふらっと行くんだぜ。涼しい顔して教室覗いたりしてさ。そして三年の教室の所で大山さんの登場だ。騒然となったね、廊下は。放課後、昨日の公園に来いって呼び出しだよ。忙しくなるぜ今日は」
なんでお前がいそがしくなるんだよ、と岩崎が突っ込み坂本と笑っている。
大山とは三年の不良のリーダー、いわゆる昔で言うこの学校の番長である。
「それで?瓜生の方は」
「お、気になるかい馬原君。それが瓜生はなんと大山さんを無視してさっさと行っちゃったんだよ。その時の三年連中の顔といったら……。見せてやりたかったなあ」
坂本は一人上機嫌である。
昨日返り討ちにしたとはいえ、不良連中に目を付けられているのは明らかなのに平気で上級生の校舎をうろつく。瓜生とい男は無神経なのか、それとも挑発するための行動なのだろうか。しかし啓介には瓜生が好戦的なタイプにはとても見えなかった。
ならばなぜ彼は学校中をウロウロするのだろう。転校してきて新しい学校に興味があるのか。しかし今となればそれは不良たちに目をつけられるというリスクがあったのだ。少し大げさかもしれないが今日もまた瓜生はそのリスクを冒してまで校内を探索している。
瓜生の目的を知りたい。ただ単に散策しているだけかもしれない。それでもいいから知りたいのだ。
啓介の中の好奇心がそう繰り返していた。




