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転校生/2

 啓介はあの転校生が気になって一限目の授業中、上の空だった。

 昨日の放課後、どうやって彼はあの状況から脱出したのだろうか。

 啓介自身、ああいった不良連中に囲まれた経験はもちろんない。人を殴った経験すら記憶にないのだ。

 彼、確か瓜生とか言ったか。

 多勢に無勢、平謝りで許してもらったのか。はたまたまるで漫画やドラマの様にバッタバッタと不良どもを一人で片付けてしまったのか。

 啓介には全く関係ない事だが、昨日彼が連れて行かれる様子を見てしまっただけに気になってしょうがないのだ。

 沙耶と数年ぶりに会話したうれしさよりも転校生の事の方が気になっている自分がおかしくもあった。

 そこで啓介はハッとして教室を見回した。

 授業は淡々と続いている。

 いない、のだ。

 確か昨日、瓜生を連れていく数人の不良の中にこのクラスの後藤がいた。後藤は学校の不良グループのメンバーの一人だ。もちろん啓介は一緒のクラスながら口もきいたことが無い。

 その後藤がいない。

 シメられたはずの瓜生が普通の顔で学校に来て、シメたはずの後藤が来ていない。これはどういう事だ。

 ただ単に不良だからサボったという事も考えられるが、どうだろう。

 啓介は名探偵よろしくこの他愛もないミステリーに一人頭を悩ませていると、一限目の授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。


 休み時間になり啓介はまた廊下の冷水器に向かった。

 喉の渇きのせいもあるが、また沙耶がいるかもという淡い期待もあった。

「馬原君」

 後ろから声を掛けられ振り向くとその期待は外れた。坂本がいつものニヤけ顔で立っていたのだ。

「水臭いじゃないかあ」

 啓介は何の話をしているのか分らず面喰った。

「昨日の放課後見たよ。知り合いだったんだね、彼女と。というか小中と学校一緒だったんじゃないか」

「何の話だよ」

「昨日話しただろ。彼女だよ、大久保沙耶。生物の竹本と……」

「ああ、彼女ね。それがどうしたって?」

 坂本の言葉を遮るように啓介は聞き返した。

「昨日は全然知らん顔してたからさ。まさか幼馴染とは思わなかったよ。放課後楽しそうに話してたし」

(どこをどう見たら昨日の様子が楽しそうに見えるんだよ)

 そう思いながら冷水器の水を口に含んだ。

「彼女の出身校調べたら馬原君も一緒のがっこうだからさ、驚いただけだよ。まあ、昔から知ってる子が先生と付き合ってるんだからねぇ」

(何が言いたいんだ、こいつは)

 正直なところ、啓介はこの坂本が苦手だった。本当か嘘か分らない様な噂話を持って来てはそのニヤついた顔でヘラヘラしている。同じクラスの岩崎と友達じゃ無ければお付き合いは遠慮したいところだ。

 今回、沙耶の件で余計にこのニヤけ顔が気分を悪くさせる。

 過去にこの軽い口が祟って上級生に囲まれたと聞いたが、その時もっと痛めつけてもらえばよかったのに、啓介はそんな事を考えていた。

「彼女が誰と付き合おうと関係ないね」

「ごめんごめん、そんなつもりで言ったんじゃないよ。ただ昨日何も教えてくれなかったからね。どんな子か聞きたかったのに。僕は同じクラスだけどそう親しくもないし」

 チャイムが鳴った。

「ああ、そういえばもう一つ。昨日言ってた転校生の話もあったんだ。あとから岩ちゃんにも聞かせたいからそっちに行くよ―――」

 すれ違いざま、最後にぼそっと囁くと坂本はA組の教室の方へと歩いて行った。

 啓介はしばらく坂本の背中を見ていた。いや見ていたというよりも睨むと言った方がいいかもしれない。

 啓介に聞こえるか聞こえないかの声で坂本の発した言葉が啓介の体を熱くさせた。体中の血が、血の流れが急激に早くなるのを感じていた。

(僕にははっきりと聞こえた。確かにあいつはこう言った。

 “啓ちゃん”と)


 坂本は聞いていたのだろう、昨日の沙耶と啓介の会話を。

 という事は啓介が一緒にかえろうかと誘ったのも当然聞いたっだだろう。それを知ってのあの“啓ちゃん”なのだ。

 啓介はそれを聞かれた恥ずかしさと、どこかに隠れて盗み聞きしていた坂本に対する怒りが込み上げてきた。

 もし啓介が腕っ節に自身があったならさっきの場で殴りかかっていただろう。

 ただこの臆病で内気な啓介はこの怒りをぐっと腹の底に抑え込むしかないのだ。

 次の休み時間も、その次も坂本は現れなかった。

 啓介は水を飲みに行こうかとも思ったが、坂本と顔を合わせたくなかったのでじっと教室で椅子に腰掛けたまま動かなかった。

 時々岩崎が話しかけに来たがほとんど頭には入ってこなかった。

(あの男の事だ、啓ちゃんだなんだと岩崎と一緒になって僕をからかおうって腹だろう)

 四限目に入ると、どこか別の場所で昼食を済ませようかとも考えたが、自分のいない所で自分の話をされて笑われる事を考えるとそれもまた不快だ。

 こうなればあのニヤけ顔に付き合ってやるしかないのだろうと開き直るしかない。

 そう考えている間に、結局三人で昼休みを過ごすことになってしまった。










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