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転校生

 喉が渇く。

 どうも夏休みが明けてから喉の渇きがえらく気になってしょうがない。

 馬原啓介は朝、登校するなり廊下の冷水器に向かった。

「ペットボトルでも買ってくればよかったかな」

 そんな事を考えていると大久保沙耶がいた。彼女も水を飲みに来ていた。

 啓介の心臓が昂ぶる。

「おはよう、啓ちゃん」

 昨日の放課後、久しぶりに言葉を交わした沙耶はまるで毎日しているかのように啓介に話しかけてきた。

「お、ああ……おはよう」

 啓介はぎこちない。

 昨日の今日でそんなに馴れ馴れしくできるならとっくに啓介の方から話しかけている。それができないから何年も片思いのままなのだ。

 そこで朝の予鈴が鳴った。

「じゃあね」

 沙耶が手を振ってA組の教室へ戻って行った。

 啓介はどうリアクションしたものか、その場に立ちつくしている。

 この内気な男は女子に対して免疫がなく、緊張してしまうのだ。

 ただでさえクラスの女子ともほとんど口をきかないのに好きな女子の前ではなおさらである。

「ああ、水を飲みにきたんだった」

 冷水器のペダルを踏み、出てきた水を飲もうとした所でまた啓介は固まった。

 前からあの転校生が歩いてくる。

 昨日の放課後、一、二年の不良連中に連れて行かれていたあの転校生である。

 その時初めて啓介はその転校生の顔をはっきりと近くで見た。

 前髪を垂らし、黒髪には少し赤みが混じっていて、長いまつ毛に二重の目、通った鼻筋、どこか日本人離れした顔立ちだ。

 背も高く、百八十センチ近くはあるだろうか。肩幅もあり、ガッチリというよりすらりとした体格である。

 なるほど女子が騒ぐはずだ、と啓介は思った。

 テレビで見るアイドルなんかよりずっと爽やかで男前である。

 啓介はなぜ世の中にはこんなにも不公平な事があるのだろうかと内心嘆いていた。自分とはまるで正反対な男だ。

 それにしても、である。

 昨日の放課後に啓介が窓から見かけた時、彼は少なくとも四人の不良に連れていかれていたはずだ。

 どこに行ったかは知らないが、連れて行かれた先にも何人かいた可能性もある。

 なのになんだ、あの爽やかさは。

 何をされたかは知らないが、まるで何事もないようじゃないか。

 自分だったら恐ろしくて今日は学校に来なかったかも知れない。

 彼は殴られもせず、昨日を切りぬけたのだろうか。

 そんな事を考えているうちに、転校生は啓介の目の前を通り過ぎようとしていた。

 その瞬間、

「やあ」

 啓介は動揺した。

 初対面のその転校生が自分に声を掛けてきたのだ。

 まさかの挨拶に不意を突かれた啓介は思わず軽く会釈をするだけで精いっぱいだった。

 そのまま転校生はC組の教室へと入って行った。

 B組の担任に教室に入れと促されるまで、啓介は転校生が通って行った方向をぽかんと眺めていた。

 それは沙耶に朝から声を掛けられた事など忘れてしまうくらいの出来事だった。


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