第29話:本番環境(デプロイ)と、常時稼働する主砲
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迷宮第41層。
中層と深層を隔てる巨大な壁であった第40層を越えた先は、これまでの風景とは明確に異なっていた。
壁や床、天井に至るまでが、鏡のように魔素を反射する滑らかな黒曜石で形成された『黒硝子の迷宮』。
「……嫌な地形ね。自分たちの姿や魔力の光が乱反射して、視覚情報にノイズが混じるわ」
ミクは双剣を抜き、鏡面のような床に映る自分の影を警戒するように見下ろした。
「おいおい、なんだか薄気味悪いところだな。どこから敵が来るか、見当もつかねえ」
ガルドが大盾を構えながら、周囲をぐるぐると見渡す。
「ミクさん……。今回の階層、合体魔法はどうしますか? やっぱり魔力消費も大きいですし、強敵が出るまで温存しておきますか?」
アリアが杖を握りしめながら、リーダーの判断を仰いだ。
しかし、ミクは即座に首を横に振った。
「いいえ。出し惜しみは一切しないわ。積極的に合体魔法で粉砕していく方針よ」
「積極的に……? でも、魔力のリソースが……」
「アリア、よく考えて。今の私たちの合体魔法は、もう『成功するか分からない一か八かの切り札』じゃない。修練場でミリ秒のズレまで修正した、確実で最も効率の良い『最大の攻撃手段』よ」
ミクは黒曜石の通路の奥を見据えながら、論理的に戦術を定義する。
「深層の敵を相手に、通常連携で時間をかけてチマチマ削るのは、前衛の消耗と被弾リスクを高めるだけで非効率だわ。確実な『的』を作り出し、あなたたちの主砲で一撃でリソースごと刈り取る。……それが、これからの私たちの『標準運用』よ」
「……妥当な判断だな。私の魔力効率も向上している。この程度の階層の魔物なら、数十発撃とうが魔力枯渇など起こさない」
ルカが不遜に笑い、ミクの方針を全面的に肯定した。
「方針は決まりね。さあ、行くわよ。新しい環境での稼働テスト(デプロイ)開始!」
四人が通路を進み始めて数分後。
『黒硝子の迷宮』の洗礼が、唐突に彼らを襲った。
「――上よ!!」
ミクの鋭い警告。
黒曜石の天井から、風景に完全に溶け込んでいた透明な巨獣――『ミラージュ・パンサー』の群れが、音もなく四匹同時に降ってきたのだ。
光学迷彩による完全な奇襲。
「見えなくても、殺気は隠せてねえぞッ!!」
ガルドが咆哮と共に、上段に向けて黒鉄の大盾を突き上げる。
ガガァァァァンッ!!
見えない爪が盾を激しく引っ掻き、火花が散る。その衝撃で迷彩が解け、青黒い豹の姿が空間に浮かび上がった。
「四匹の群れ……! しかも速いわ! ガルド、前線を構築! 私が敵の機動力を殺す!」
ミクが地を蹴る。ミラージュ・パンサーの動きは中層の魔物とは比べ物にならないほど速く、変則的だ。しかし、ミクの眼はすでに深層の速度(処理)に完全に適応していた。
「シィッ!」
流れるような双剣の斬撃が、パンサーの脚の腱を的確に切り裂いていく。致命傷には至らないが、その機動力という最大の武器を容赦なく削ぎ落とす。
「ルカ、アリア! ターゲット固定! いつでも撃てるわ!」
ミクが三匹のパンサーを一つの箇所へ誘導し、残り一匹の重い一撃をガルドが盾で完全に受け止める。
「同期開始!」
「はいっ!!」
ルカとアリアの詠唱が始まる。
修練場での調整が、本番環境で真価を発揮する瞬間だ。
ガルドが敵の重撃を受け流し、盾の衝撃吸収機構を利用して、今までよりもコンマ一秒速く後方へ退避する。
これまでのアリアなら、ここで一瞬の「隙」が生まれ、敵に逃げられていた。
しかし。
「――『爆炎球』!!」
アリアの魔力構築は、ガルドの退避速度を完全に計算に入れ、以前よりも半拍早く(オーバークロックして)解き放たれた。
ガルドが退いた、まさにその「ゼロ秒後」の空間。
そこに、ルカの極限まで圧縮された水球と、アリアの極大の炎が、コンマミリ秒の狂いもなく同時に到達する。
「「『水蒸気爆発』!!」」
――ドゴォォォォォォォォォォォォンッ!!!
黒曜石の通路に、規格外の破壊の嵐が吹き荒れる。
絶対的な防御力無視の高熱と衝撃波が、四匹のミラージュ・パンサーを悲鳴を上げる間もなく一瞬にして蒸発させた。
黒曜石の壁が僅かにひび割れるほどの威力。
「……対象の全消滅を確認。……完璧ね」
白煙が晴れた後、ミクはストップウォッチの役割を果たす魔道具を確認し、会心の笑みを浮かべた。
ガルドの回避、ミクの誘導、ルカとアリアの同期。全ての工程において、一切のラグが消滅していた。
「ははっ! 俺の退いた瞬間に魔法がかすめていきやがった! 最高のタイミングだぜ、アリア!」
ガルドが大盾を叩いて笑う。
「はいっ! ガルドさんの動き、修練場と同じで完全に予測できました! 私、もう絶対に外しません!」
アリアも自分の杖を抱きしめ、興奮冷めやらぬ様子で飛び跳ねる。
「フン。環境が変わろうと、私の導き出した計算式に狂いなど生じるはずがない。……君たちも、ようやく私の要求する『標準スペック』に追いついたようだな」
ルカが相変わらずの減らず口を叩くが、その声には確かな仲間への賞賛が混じっていた。
出し惜しみのない、最大火力の常時稼働。
強力な魔物が潜む深層において、この圧倒的な殲滅速度と安定性は、彼らが名実ともにトップパーティーの領域へ足を踏み入れたことを意味していた。
「この調子でガンガン進むわよ! 魔力ポーションの在庫は十分にある。現れる敵はすべて、私たちの『新しい標準』で轢き潰していくわ!」
「「「おう(了解)!!」」」
黒硝子の迷宮の奥深くへと、『三律の連環』の足音が力強く響いていく。
最強の主砲を標準装備した四人の快進撃は、深層の魔物たちにとって、まさに理不尽な「バグ」のような存在となりつつあった。
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