後編
「婚約解消、の話し合いということですが」
タンタの父である子爵が納得いかないのか不満げな顔で切り出してきました。まぁ婚約解消と言われれば不満なのは分かりますが、貴族家の当主がそんなあからさまに表情に出すのは止めてください。あまり子爵のことを存じ上げなかったから気づきませんでしたが、表情を読まれるって足元を見られることになりますよ。
「ええ。我が家の都合で申し訳ないのですが、ユリネの弟を跡取りとして届け出ていたのですが、身体が弱く伯爵家の当主の務めが果たせないかもしれない、と思いましてね。ユリネを嫡女、つまり跡取りに変更する予定なのです」
子爵は不機嫌な顔をしていますが、此処は我が家で我が家は伯爵家ですよ。昔ほどきっちりした身分制度では無いものの、爵位の上下は今でもきちんとあることはご存知ですよね。色々考えさせられてしまいますわ。
「そんな、話が違うっ」
タンタ。あなた、当主同士の話し合いに許可無く割り込むって本当に跡取りですか?
「いや、君の父君には可能性を示唆しておいたが」
あらお父様、子爵に跡取り変更の話をしていてくださったのですね。確定もしていなかったのに。所謂匂わせ的な発言でも話しておくなんて、我が家の醜聞の可能性にもなりますが、結果的には慧眼であった、ということでしょうか。
タンタが子爵をチラリと見る。子爵は目を逸らしていますからご存知だった、と。タンタが愕然とした顔をしていますが、別に私と結婚出来なくても問題無いでしょうに。
「確かに伺ってはいましたが、可能性でしょう。確定していないのでは」
「いや、近いうちに王家へ変更届け出を出す」
子爵が食い下がりますがお父様が毅然とした物言いで退けます。子爵は不快げに顔を歪めました。困った人ですね。
「それではタンタの妻になる者がおりません」
それは探そうとしないからでしょう。探してもみないで居ないというのはやめてほしいですわね。
それに居ないわけじゃないですわ。
子爵とお父様に発言の許可を得てタンタには恋人らしき親しい女生徒が居る、と告げました。
子爵もお父様も驚いた顔をしています。まぁそうですよね。タンタの方は何を言っているんだ、という顔をしています。えっ、どうしてですか。
「確かタンタはカフェテラスにて女生徒と恋人席に座っていたでしょう? 手を繋ぎ合っているのも見ましたわ」
タンタが顔色を青に変えます。見られていたなんてと呟きますけど、どうして見られないと思っているのかしら。
「恋人席?」
子爵に尋ねられてカフェテラスのある席は恋人か婚約者しか座らないことが生徒間での暗黙の了解で、そこに座っている男女は婚約者か恋人だと生徒たちに思われることを話しました。
子爵もお父様も初めて聞いた、という顔ですから昔は無かったのでしょう。
「昔は無かったとしても、今は暗黙の了解ですわ」
私が念押しのように子爵に言えば、子爵が渋面を作っています。そんな顔をされても、仕方ないことですわ。
「い、いや、だが、あの席に座っただけで」
「座っただけで手を繋ぎ合うのは意味が分かりませんわ。あの方と恋人同士ならば分かりますが」
否定するタンタに追い打ちをかけます。
「いや、手を繋ぎ合ってなど、偶々触れただけだったのを見ただけだろう。それに、あの席に座ったからと言って恋人だと思われるのは心外だ。ただの友人だ。大体、浮気しているって思われているような発言だけど、浮気では無い。友人同士であの席に座ることもあるだろうし、偶然触れただけで手を繋ぎ合っていた、などと濡れ衣もいいところだ!」
あらぁ、否定されるのね。
「な、なんだ。友人同士なのか。空いている席が無かったからそこに座っただけで誤解なのではないか。なんだ嫉妬でもしたのか。嫉妬など女というものはやれやれ見苦しいな」
タンタの説明に子爵がそんな言葉で被せてきますが、腹立たしいですわね。
「昼食は、食堂とカフェテラスと半々に利用する生徒が多いのですから、空いた席は他にもあります。それから子爵、嫉妬などとそれこそ見当違いなことを仰るのはやめてくださいますか。私、タンタ様のことを男性として好んではいませんの。好きでも無い男に他の女性が一緒でも嫉妬なんてしませんわ。単に事実を告げてますの。女というものは見苦しいなんて、女を一括りに語るのも不愉快ですわ。子爵、伯爵の地位についていらっしゃるお父様の前で、よく私を見下す発言が出来ますのね」
淡々と事実を述べ辛辣に釘を刺したというのに、嫉妬だ、と思い込んでいる子爵はニヤニヤとこちらを見下して笑ってますわ。
一応、はいはい、というような分かってやってる、という返事をしていますが、本当にこちらを舐めてますわね。
「子爵、一応婚約している間柄だから話し合いの場を設けているだけでな。こちらは爵位を押し出して話し合いも無しに婚約解消にしても良かったんだ。今からでもそうするか」
お父様の言葉に子爵が顔色を変えました。伯爵のお父様を怒らせたら不味いことを思い出したみたいですが、遅くありませんか。というか、最初から自覚しておいて欲しいのですが。
昔ほど身分差が厳しくなくても、伯爵のお父様は、それなりに権力がありますわ。それに少なからず侯爵家と公爵家とも付き合いがありますのに。その辺りのことを全く考えないなんて、本当にそれでも貴族ですの? 当主ですの?
「い、いやいや。伯爵、タンタは友人と一緒に居ただけなのですから別に浮気をしたわけでは無いですから、婚約解消などと」
いえ、そこはどうでもいいのですわ。婚約解消は浮気未遂なんて関係なく決定事項ですもの。なぜ理由を告げているのに婚約解消を拒否するのかしら。
「ユリネ嬢、タンタは浮気していたわけじゃない、と言っているわけだし、此処は一つ広い心を持って大目に見るのも妻としての器だぞ」
はっはっは、とか笑っていらっしゃるけれど、そしてタンタもそうだそうだ、と頷いてますが、あなた方の浮気の境界線はどこなのでしょうね。
あと、私は妻ではありませんわ。
「では、タンタ。私があの席に座ってあなた以外の男生徒と一緒に居ても友人なのだから、浮気では無いと思って下さいますのね」
「いや、あの席は恋人席なんだから、浮気じゃないかっ!」
私が確認のために発言したら、速攻で否定なさったけれど、あなた、今、ご自分で友人と座っただけだから浮気じゃないと仰っていたでしょうに。
「それはおかしいな。君は学園の生徒たちが暗黙の了解である恋人席に座ったが、女生徒は友人だから浮気では無い、と言い切ったではないか。ならば、ユリネが同じことをしても、友人の男生徒ならば浮気では無いだろう」
お父様に突っ込まれてタンタが黙りました。
なんでこういう方って自分の正当性ばかりを主張しておいて、同じことをこちらがやる、と言うと、その正当性と真逆なことを仰るのかしら。主張が一貫していませんわよ。
それともあれかしら。
自分は良いが他人は駄目だとかいう自己中心極まり無い発想なのかしら。
黙り込んで反論が出来ないタンタに見切りを付けて私は子爵に尋ねます。
「子爵は、夫人が夜会にて子爵以外の殿方と二人っきりになってバルコニーで語り合っていたとしても、夫人が友人だと仰ったら広い心で大目に見てあげますのね」
「何を言うか! バルコニーで二人きりなど、夫婦か婚約者で無いならば、不貞をしているようなものではないか! 有り得ん」
その有り得んことを、あなたの子息が行ったわけですが?
「それと私たち学園生のカフェテラスの認識と何が違いますの? 夜会という公の場で人目があるとはいえ、バルコニーで二人きりは誤解を招くと仰るのなら、カフェテラスという公の場で、人目があるとはいえ、恋人席に座っていたら、子爵の言う不貞をしているようなもの、ですが」
子爵が、む、と口籠もってますが、なんで、こういう方たちって自分がその立場に立たされてみたら、という想像力が働かないのでしょうか。ここまで説明しないと分からないなんて、想像力が欠如していますわ。
「いや、だが、夜会のバルコニーは有名だが、学園のカフェテラス席は有名では無いだろう」
苦し紛れに反論してくる子爵にいい加減、面倒になりましたわ。
「申し上げましたが、現在の生徒たちには暗黙の了解ですので、学園に通っている生徒が在籍する家では有名なことですわ。親が知らずとも、子どもに尋ねれば直ぐに分かりますもの。さらに、こんなに話し合いが拗れるとは思ってもおりませんでしたから、伝えるつもりが無かったのですが、中々婚約解消に応じてもらえない上に、浮気の境界線についても認識が違うようですので、はっきり告げますわ」
学園のカフェテラスの恋人席は、生徒たちの暗黙の了解です。
それを、私だけでなく私の友人とその婚約者が、タンタとお相手の女生徒を確認していますが、友人とその婚約者も恋人席を知っていますわ。友人など、あれは浮気だと怒っていました。
そんなことを伝えていると、タンタの顔色が悪化していますわ。子爵も渋面がさらに悪化してますが、まだまだトドメはこれからでしてよ。
「それに。お相手の女生徒にも婚約者がいらっしゃって、その婚約者様と従兄弟の方も見てますの。それも私は一日しか見ておりませんが、その婚約者様と従兄弟の方は三日もお二人を見ていらっしゃるとか。ちなみに、その女生徒・ミュンダ様の婚約者は、侯爵家の三男であるゼノス様。従兄弟の名前はハザン様。侯爵家のご子息の婚約者と恋人だと認識される席で逢瀬をしていらしたわけですね。尚、ゼノス様はミュンダ様と婚約解消をすると仰ってましたわ。タンタ様の話が出る可能性も婚約解消の話し合いであるかもしれませんわね。ゼノス様とハザン様は私が婚約解消することをご存知で、解消が進まなければ手助けして下さるとまで仰って下さいましたの。本当はここまで話したくなかったのですよ。脅しみたいで。でも仕方がないですわよね」
ミュンダの婚約者がゼノスだと聞いて、タンタの顔色が土気色に変化しました。あら、知らなかったのかしら。あと、子爵も侯爵家の地位にはさすがに絶句してますわね。脅しみたいで話したくなかった、と私が言えば、侯爵家の婚約を壊したということか、と口走っておりますけど、まぁ一因ではありますわね。
この親子の浮気の境界線は、ご自分たちにはとても甘く、妻や婚約者に対しては厳しく、ということが分かりました。
こういう他人に厳しく、身内に甘く精神は、身を滅ぼすこともあるから程々が良さそう、ということも理解しましたし、これで婚約解消にスムーズに応じてほしいですわね。
「婚約解消を受け入れましょう」
ガックリと肩を落とした子爵。ちょっとスカッとしましたわ。私のことを見下してましたから、イライラしてましたのよ。
さて。婚約解消の手続きが上手くいきまして、ようやく晴々しい気持ちですわ。はぁスッキリ。
後日、レンネやサファンにハザンとゼノスに婚約解消の報告をしたところ、ゼノスも解消出来たそうなので、お互い労い合いました。ミュンダ様はタンタと婚約するのかしら。まぁその辺りはどうでもいいことですが。
「じゃあユリネ、今度は嫁入り先じゃなくて、婿入りしてくれる人を見つけないとね」
レンネに言われて、それもそうだ、と頷く。
「お父様には、せめて互いに信じ合える相手を婿にしたい、と希望を出しておこうかしら。お父様に探してもらわないと無理よね、きっと。女遊びや愛人は構わないけれど、私と伯爵家に迷惑をかけないで上手にしてくれる人がいいわ。私を愛さなくて構わない。でも信じられる人じゃないと伯爵家の当主の重圧に押し潰されたくないもの。まぁ出来れば、仕事も手伝ってくれる人がいいけれど。……あら、欲張りかしら」
自分で条件を挙げて首を傾げる。
加えて借金もしない方がいいわね。やっぱり欲張りかしら。
「あー、じゃあ、候補にならないかな」
ゼノスが手を挙げてきたので驚いてしまう。
「文官はどうしたの?」
「それが、両親の意向で婚約者か妻帯者にならないと文官試験は認めないって言われてな。侯爵家の地位に擦り寄って来る女性が後を絶たないから、女性不審になられても困る、と言われた。過去にそういうことがどこかの家であったらしい」
つまり、文官試験を受けさせてもらえなくなりそうだから、私と婚約したい、と?
「でも私と結婚したら文官の仕事と両立出来るか分かりませんが」
「文官にならずとも当主補佐も面白そうだから」
私を好きになった、とかよりもよっぽども信用が置ける返事です。
信じ合える関係はこれから作っていかなくてはならないですが、タンタみたいに軽い言葉で飾り立てるよりもよっぽども良い。
ということで、先ずはお互いの信頼を築いていくことを提案しました。
まぁ多分、信用出来そうだから、婚約までいきそうな気がしますけどね。
(了)
お読みいただきまして、ありがとうございました。




