前編
「あら。別に必要無さそうでしたわ」
ポロリと零れ落ちた本音を聞いていたのは、友人のレンネとその婚約者のサファン。レンネとはこの学園で知り合い意気投合して友人に。レンネの婚約者であるサファンとは今年、クラスが同じで勉強が分からないときに教えてもらう友人関係。今年はレンネとクラスが分かれてしまったけれど、去年までは同じクラスでずっと仲良しで、そこからレンネの婚約者のサファンとも友人関係に。
昼食もレンネとサファンが一緒のところに混ぜてもらったり、レンネと二人で食べたり、レンネや他の友人たちと食べたり……と色々だったのだけれど。
私にある事情があって、私の婚約者との婚約解消について、三日間二人に相談するため、三人で昼食を摂っていた。
「まぁ結論としては、やっぱり事情を説明して婚約解消をお願いするしかないんじゃないか」
サファンが私の相談内容である婚約解消方法の模索について、決め手となる言葉を言う。他の方法なんて無いだろうと言わんばかりのようだが、実際その通りだから仕方ない。
「そうね。それしかないわよね。あとは、せめて新しい婚約者候補を紹介して誠意を示す方が良いかしら」
私も事情を説明して婚約解消をお願いする以外、方法は無いと分かっていたのだけれど、事情を伝える気が無かった。
この二人には婚約解消の事情は伝えたのに婚約者には伝えたくない辺りで、婚約者との信頼関係が分かるというもの。
レンネもサファンに同意して、もし一人では話し難いなら、婚約解消の場に居るわ、とまで言ってくれたレンネの言葉に背中を押されて、昼食を終えた今、私の婚約者・タンタを探しに来ていたところだった。
タンタは、私、伯爵家の第一子であるユリネの婚約者で子爵家の嫡男。私が彼の家に嫁入りする予定の婚約だったので、私が嫁入り出来なくなってしまったから、せめて新たな婚約者候補を紹介するのが誠意だと思っていたのだが。
ちなみに、レンネとサファンにはさすがに話し合いの場の同席は無くて良いと断ったけれど、学園内だし婚約者の割にあまり一緒に居ることのない私たちだから、タンタがどこで昼食を摂っているか分からず、二人にも一緒に探してもらっていたところ。
広い食堂を一人で見回しても見つからないかもしれないから、三人ならと思っていたのだけれど、食堂には見当たらないようで、カフェテラスの方に移動してきたところだった。
カフェテラスは、ところどころ簡易的にプランターに植えられた植物があって、その影に隠れると二人きりのように思えて婚約者同士や恋人同士に密かに人気な席がいくつか存在する。
その席に座っていることは、二人が婚約者か恋人だと周囲の暗黙の了解でもあるのだけれど、まさかその席にタンタが私では無い女生徒と座って昼食を摂っているなんて思わない。
その上、食べ終えた食器を下げることなく、脇へ寄せつつ、テーブルの上で両手を繋いで見つめ合っているなんて、余計に思わない。
それを見た私が思わず、言ったのが
「あら。別に必要無さそうでしたわ」
だった。
少し離れた場所でタンタと知らない女生徒を見たので、あちらは私たちに気づいてないみたいだけど。
「必要無さそうって新たな婚約者候補を紹介するって話かい?」
サファンの確認に頷く。
「ええ、紹介する必要も無く、新たな婚約者候補がいらっしゃるみたいでしょう」
「ちょっと、そこじゃないでしょ。ユリネ、あれは浮気じゃないの? 怒るところじゃなくて?」
レンネが嫌なものを見た、というような顔をしているけれど、別に怒るような気持ちにはなれない。
「確かに浮気と言えそうだけれど、怒るという程にタンタ様に愛情も信頼も持ってないのよね」
私の冷めた発言にレンネが目を瞬かせた。
あー、と声が出たのはサファン。サファンが、レンネと私に取り敢えずこの場を離れようか、と促したのでまぁあちらに気付かれるのもなんだか嫌ね、と二人でその場を離れたら、声が掛かった。
「失礼、ユリネ嬢。あちらに居るのはタンタ殿だよね。君の婚約者ではなかったか?」
声を掛けてきたのは、去年同じクラスメイトだったハザン。友人というよりクラスメイトだった、という関係。親しくなかったということなのだけれど、なぜか声を掛けてきた。取り敢えず、ハザンの質問には頷く。まぁあのタンタを見てしまうと、疑われても仕方がないのだけれど。
「ええ、そうよ。ハザン様」
「ちょっと、話があるので来てくれないか。君たちも一緒に」
着いてきて、というハザンに三人で顔を見合わせ、そして着いて行く。タンタと知らない女生徒から少し離れた席に、一人の男生徒が座っていて、そこにハザンは私たちを連れて行った。
「紹介する。僕の従兄弟のゼノスだ」
男生徒はハザンの紹介に頭を下げ私たちも釣られて頭を下げる。全く理解出来ない状況に、私たちはハザンを見た。
「今、説明する」
ハザンが言うには、ゼノスの婚約者がタンタと一緒に居たあの女生徒らしい。
「ゼノスは侯爵家の三男で、将来は王城の文官として働く予定で文官試験に集中しているんだが、婚約者であるミュンダ嬢はゼノスとの婚約を前から嫌がっていたんだ。跡取りに嫁ぎたいってね。ミュンダ嬢は侯爵家の寄子貴族で、彼女の親がゼノスの親にお願いして結ばれた婚約だった。嫡男の婚約だったらゼノスの親も断っただろうけど、こう言ってはなんだが、三男だからまぁいいか、というものだったんだ」
従兄弟だから婚約の背景に詳しいのはいいけれど、それは親しくない私たちに話して良いものなのかしら。
「この話を君たちにしているのは、僕自身もミュンダとの婚約に消極的でね。解消したいと思ってハザンに頼んでいたところなんだ。で、今、君たちがあの状況を見たことを知って、君たちの協力もあれば有難いと思って、説明してもらった」
背景を話したのは婚約解消の協力をしてほしいという見返りなのね、と納得する。
そこからはゼノスが説明する。昔は結婚していないと一人前に思ってもらえなかったことから、誰でもいいから結婚すれば一人前として認められるだろう、とゼノスのご両親が考えての婚約だったこと。でも、個人的にはミュンダが嫌々ながら婚約していることに、ゼノスも嫌であること。それなら独身で良いと思っていること。を伝えてきた。
「とはいえ、政略的な婚約では無いとはいえ、婚約解消をするのは簡単では無い。それで婚約解消事由を探していたら、アレだった」
アレというのは、タンタとの、友人としては仲睦まじ過ぎる距離感の話だろう。納得する。三日ほど、あんな二人を見ている、とゼノスが言った。
「ゼノス一人だと証言として弱いから従兄弟の僕も彼らの動向を把握しているよ」
ハザンが追加で補足した。
けれど、タンタと婚約している私も見ているとなれば、婚約解消がスムーズに行くのではないか、ということで声が掛かったらしい。
それはこちらも願ってもないことだった。
「実は私の方も事情があって婚約解消をする予定だったのです」
私がハザンとゼノスに打ち明けると二人は驚いた。まぁあんな二人を見たら婚約解消をしたい、とは思うだろうけれど、私はあんな関係の二人を全く知らなかったのではないか、とゼノスから問われて頷く。
「抑々、私がタンタ様と婚約したのはこの学園に在籍して二年目のことでした」
この学園では貴族の子息子女は全員通うことになっている。懐事情もあるので一年のみ通う者から四年間きっちり通う者まで様々。学園に通って貴族たちの結束力を上げる、という建前があるらしいが、まぁ政略的な婚約より恋愛的な婚約が多くなってきた親世代の影響で、学園で結婚相手を見つける、つまり恋人を探すことが主流になったから、というのが真実。
私は四年間在籍し、現在四年目。今年一年過ごせば卒業。私も婚約者を見つける気持ちがいくらかあったけれど、政略的な婚約でも構わなかったので、絶対見つけるつもりは無かった。
けれど。
二年目にタンタとクラスメイトになって、交流するうちにタンタから婚約を申し込まれ、友人として付き合い易かったので了承した。親たちも了承して正式に結ばれた婚約者同士。それが私たちの婚約だった。
親同士がきちんと了承した婚約は王家や貴族たちに周知するのが通例。私たちの婚約も周知されている。ゼノスとミュンダの二人が婚約していることは、私も知っていたけれど、生憎今回の件で初めて私は二人の顔を知った。
クラスメイトや友人の繋がりで知り合わないと、人数の多い貴族の子息子女を全て把握は出来ない。
さておき。
ハザンとゼノスは、ふむと頷き理解してくれた。ですが、と私は続けた。
「実は私は第一子でしたので後継者の予定でした。でも私が五歳のときに弟が生まれまして。祖父が女に伯爵位を継がせるより男に継がせるべきだ、という考えの人で。それで弟が跡取りという届け出を王家に出したのですが。弟は身体が弱く、跡取りとしてやっていけるか分からない。去年から弟から私に跡取りを変更する話し合いがされていました。強硬に反対する祖父が居るので中々進まなかったのですが。一向に良くならない弟を見て、とうとう祖父が折れました。つまり私が跡取りと変更することが決まりました。それが十日ほど前のことで。そこから私は、婚約者であるタンタ様との婚約を解消しなくてはならない、と考えていました」
そこで一旦言葉を区切りました。
「ただ、弟のことは全く話して無かったことと信頼が無かったものですから、婚約解消の事由をはっきり打ち明ける方が良いとは分かっていても、打ち明けたくなかったので。それでここ数日、友人の二人に相談していたのです」
結論として、話したくなかったものの、婚約解消する事由を説明し、理解してもらって婚約解消をするしかない、というものに至った。場合によっては、跡取りの彼に私から新たな婚約者候補を紹介するつもりでも居た、とも説明。そして彼を探していたら、あの状況を見た、と。
「まぁですから、紹介する必要も無さそうで良かったですし、婚約解消も出来そうで良かったな、と思っています。ただ、ハザン様とゼノス様にも私の婚約解消に協力してもらえるのであれば、私もゼノス様の婚約解消に協力します」
もちろん、タンタにはきちんと婚約解消事由を伝えるつもりだが、向こうからの婚約申し込みだっただけに、スムーズに婚約解消出来ないかもしれない。その時には、こちらも協力してもらいたい、と伝えると二人共了承してくれた。
「それではもう昼休みも終わりますし、後でタンタ様と話し合いますので、もし婚約解消がうまくいかなかった時にはよろしくお願いします」
私が改めて頭を下げると、ハザンとゼノスも頭を下げる。レンネとサファンにもお願いします、と改めて頭を下げると二人も快く頷いたけれど、レンネが気になる、と先程の質問を改めて尋ねてきた。
「ねぇ、ユリネは本当にいいの? 浮気みたいなものなのよ? 怒ることもないし、愛も信頼も無いとか言っていたけれど」
「無いわ。だってタンタ様との婚約ってあちらからのもので、私と話していると楽しいからっていうものではあったのだけれど、お試しの婚約期間みたいなものなのよ。卒業したらあちらに嫁ぐ予定では居たけれどね。婚約者らしい交流をしようと思っても全然誘われないのだもの。こちらから打診しても返事が無いのだから、愛情どころか信頼も生まれないわ」
学園に入ってからの、恋愛的な婚約が多くなってきたこともあって、婚約者同士は学園での交流だけでなく、休日にも交流することが学園生の私たちの暗黙の了解。学園外でも交流することで、互いのことを深く知っていくようになるためのもの。
学園生活二年目から婚約して現在学園生活四年目。およそ二年間で学園外の交流はゼロ。学園内だとお昼ご飯を何度か一緒に摂ったくらい、というもの。これで互いのことを知っていくことなんて無理よね。
だから愛情どころか信頼も生まれてないの。
そんな説明をしたら、レンネだけでなく、サファンもハザンもゼノスもドン引きした。
あら良かった。私の感覚がおかしいわけじゃ無かったのね。
「それ、婚約している意味あったの?」
レンネからズバリと言われて、曖昧に微笑んでしまった。
「さっさと婚約解消しよう!」
サファンが積極的になった。ハザンとゼノスもうんうん、と力強く頷いた。
「本当にね。婚約者ってなにかしら、なんて思っていたもの」
私が苦笑いをしてそんなことを言えば、確かに、なんて深く四人が頷いた。
そんな四人に勇気づけられて、私はお父様からタンタの父である子爵様に連絡を取ってもらい、婚約解消の話し合いをする日程を調整して(親同士も話し合いに居なくてはならないから)決まった日にちは、それから十日ほど経った学園の休日。
そして、スムーズに婚約解消は……出来なかった。
お読みいただきまして、ありがとうございました。




