この世界の微睡みとお蕎麦の天ぷらについて
世界が寝息をたてる頃、私は蕎麦に乗せる天ぷらを選ぶ
都会は私が生まれ育った場所よりも、あらゆる人工物の数が多い。たとえばビル、車、コンクリートの敷かれた道、あとはクリスマスツリー。
そしてとにかく忙しない。つい先日まで町一色がハロウィンだったにも関わらず、霜月に入った途端、曲をスキップするみたいにそのすべてがクリスマスに変わる。さらにはそんなクリスマスでさえも、師走に入ってすらいないのに、既に正月飾りの侵攻を受けているのだ。いくらなんでも急ぎすぎじゃないかい?そんなに急がなくたって、人間はすぐに死ぬんだぜ。
こういうことを言っていると、当然「お前はこの町が嫌いなのか?」と問いかけてくる人が出てくる。だがどうか勘違いしないでおくれ、私は別に都会が嫌いなわけではない。だって考えてもみてほしい、どの駅も一日の乗降客数が私の故郷の人口を優に超える――何なら五分程度で超える駅もあるんじゃないかと思う――町において、すれ違う人々がどのような目的をもってどこへ向かっているのかをいちいち考えてしまう人間が、辟易せずに暮らせるわけがないだろう。でもそれは辟易しているだけで、決して嫌っているわけではないんだよ。
その証拠に、都会の好きなところを一つ聞いてほしい。そんな忙しいだなんて、つれないことを言わないで。私の文章を読むあなたの大変さが、私にはよく分かっているのだけれど、嫌いだと思われたままあなたを帰すのは、私にとって本意ではないんだよ。
私が都会の中でも中心部に住んでいた頃、クリスマスが終わったくらいで明確に人の気配がなくなるんだ。それはもう不思議なもので、町の構造や建物の配置が変わるわけじゃないのに、明らかに人の気配だけがなくなるんだよ。この時の町の雰囲気がどこか微睡みに似ていて、私はたまらなく好きなんだ。
いつもの道を通って、いつものスーパーマーケットに行くだけで良い。それだけですれ違う人、車、お客さんが少ないことに気づけるよ。そんなレベルで人がいなくなってしまうんだ。年末年始に食べるちょっと豪華な食べ物をカゴに入れながら、私はそうして少しだけ楽しい気持ちになる。きっとどうぶつの森の住人だったら、周りに音符が出てしまっているんだろうな、と思いながらね。
これから三週間くらい時間をかけて、この世界の外殻にまたゆっくりとヒビが入ってゆく。そうして今年は深い眠りにつき、次の年がやってくるだろう。私はその音に耳をすませながら、年越しそばに乗せる天ぷらを選ぶのだ。




