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第1話 大通りの虐殺

人類の歴史とは神々の歴史でもあった。

人類は時に神を信じ、神に祈り、神の為に戦い、神の為に死に、神の為に破滅する。

また、神の為に歴史が後退した時代もあった。

だが、科学技術の発展と共に人類は神を否定し、神を忘れ。

何時しか人類が神を完全に否定した頃、神は人の前に現れた。

そして神は何時かの時と同じく、人類に後退と破滅をもたらしたのである






曇天の空の下、ヴィクトリア様式の建築が建ち並ぶ街並みの中、大通りを喧騒が包んでいた。


交差点を境にして二つの集団が相対し争っている。


片方は旗やプラカードを持ち、工具や鉄パイプで武装した、暴徒の集団であり、相対するもう一つの集団に怒号を浴びせ、煉瓦や石を投擲していた。


もう片方の集団は防護盾や装甲車、放水車を装備した機動隊で、怒号や投擲物を盾に受けながらも堅固な隊列を敷き暴徒の進路を阻んでいた。


「引っ込め!機動隊!!」


「権力の犬どもが!」


暴徒達は警察の堅固な隊列と放水車の放水によって近ずく事が出来ず、遠中距離から怒号や石を投げつける事しか出来なかった。


『上空警戒中のシュトルヒ13より報告、フォルトゥナ地区2号交差点を占拠中の群衆約3000、騒擾状況さらに進行中、また魔力濃度の一部上昇を確認、警戒を求む』


上空では小型のヘリが飛び回り、状況をつぶさに報告している。


警察は暴徒を抑える事には成功していたが、暴徒達の数の多さに突撃の機会を見つけれず、お互いに膠着状態が続いていた。


「これでもくらえ!」


群衆の中の何人かが火の点いた瓶を機動隊に投げつける。

機動隊員の持つ盾に瓶が命中した瞬間、瓶は割れ機動隊員数人を火に包み込んだ。


火炎瓶が命中した隊員は叫び声を上げながらその場でのたうち回った。


「救護班!急げ!」


すぐさま別の隊員が消火器を噴射して火を消し、担架によって負傷した隊員を運んでいく。

苦しむ隊員を見た群衆からは歓声が沸いた。


「これが神の怒りだ!」


「犬どもに更なる制裁を!」


群衆の興奮は更にエスカレートし機動隊員達は火炎瓶と群衆の熱に若干気圧されつつあった。


「うろたえるな!阻止線を後退させて、装甲車を前面に押し出せ!放水車、何をしている!集中砲水で投擲距離に接近させるな!」


隊列の後方では隊長と思われる中年の男性が装甲車の上に設置された指揮台の上から適切な指示を飛ばし、隊列の崩壊を防いでいる。

群衆の攻撃は激しさを増していたが、機動隊はこれを何とか抑え膠着状態を何とか維持しようとしていた。


「隊長・・このままでは突破されます」


「増援はまだ来ないのか・・・」


「司令部に要請していますが、既に別の暴動の対処に出動していて、こちらに回せる余裕はないと」


「同レベルの暴動が複数起きていると言う事か・・」


「やはり後方にいる、異端審問庁の部隊に応援を要請するべきでは?既に事態は我々の許容範囲を超えています・・」


「それだけは駄目だ!奴らが事態に介入してみろ!我々だけで抑えている内はまだ暴動で収まるが、奴らが介入すればただの虐殺になる!」


副隊長が隊長に状況の深刻さを伝え、もう自分達では対処出来ないと伝え後方の部隊との連携を主張するが、隊長は怒鳴り声を上げてその意見を一蹴し、機動隊の後方一ブロック先にいる黒い集団を睨んだ。



機動隊の後方に展開するその集団は異様であった。


ライフルやガスマスクを装備し全身を黒い装甲や軍服に包み言葉を一切発さないその姿は不気味さと荘厳さを併せ持ち、装備の所々には歯車と髑髏の紋章そして異端審問の文字が刻まれている。


集団の中央に位置する装甲車の上では黒いトレンチコートを着た二人の男が双眼鏡を覗き込み、暴動の状況を観戦していた。


「あの熱狂度合い・やはりカルトが蔓延していると見ていいな」


「同規模の暴動が他にロドック,オモール、リカロンの各地区で発生しています」


「となると、カルトの規模は想定以上か・・・」


敬語を使われている三十代ほどの男、ハインリヒは相手の規模について考えを巡らせると、溜息をつき双眼鏡を覗くのをやめ、懐から取り出した煙草を吸い始める。

その隣にいる二十代ほどの副官と思われる男はライターを懐から取り出し、ハインリヒの煙草に火を付ける。


「魔力濃度の一部上昇も確認されています、魔術師が居る可能性もあるかと」


「全体としては烏合の衆だがあの数だ、魔術師の脅威もある以上、内務省に対処出来る規模ではないな」


「出ますか?」


「まだ早い、今鎮圧を開始すれば内務省から文句が出るだろう、我々が動くのは機動隊が敗走するか、魔術師が出現した時だ」


「はっ」


「審問官には時として政治的な判断が必要な時もある、お前も・・」


ハインリヒが突然、言葉を止め静寂が訪れる。

いや違う喧騒に包まれていたはずの暴徒達も動きを止めていた。


「くるぞ・・」


すると突然、暴徒達が道を開け始める。

車が通れるほどの道が出来上がると、その道を小汚い一人の男が歩き出した。

その姿は小汚いローブに包まれており、一見するとただの浮浪者にしか見えないが、よくよく見ると背中には小さな羽の様な物が生え、露出した肌には血管が浮き出ており、その体が明らかに正常ではない事を示している。


男は笑みを浮かべると、小汚いローブを脱ぎ捨て、全身をさらけ出す。

そこに人は居なかった。

今そこに居るのは両目を失い、両耳を失い、鼻を失い、ただ一つの額に空いた穴から深淵を覗かせる、化け物がそこいた。


「おお・・」


「素晴らしい・・・」


「何と、美しい・・」


周りに居る暴徒達はその化け物の姿に感嘆し、中には涙を流しながら祈る者も多かった。


男は手に持った木製の杖を天に掲げると、曇天の空は雷を帯び始める。


「皆の者・・これより、不信心なる政府の官憲どもに神罰を下す・・」


 


男が言葉を発すると、一本の雷が落ち、男の杖に吸い込まれた。

杖は電撃を帯び、パチパチと言う音を鳴らしながら、機動隊の方向へと向けられる。


「真なる教えなき者どもよ!神々の罰を受けるがいい!!」


男がそう言うと、杖から先程、吸収した雷が横凪に払われ、機動隊の隊員達を眩い閃光が包み込む。


「うぅ・・あぁ・・・」


「腕が!・・俺の腕が・・・!?」


「隊長・・しっかりしてください!・・隊長!」


閃光が晴れるとそこには、雷を受け、壊滅状態になった機動隊の姿があった。

隊列は完全に吹き飛ばされ、中央にいた指揮車も爆散、指揮を執っていた隊長も黒焦げとなり、隊員の殆どが負傷し、車両はすべて爆散しており最早、隊としての機能を完全に失っている。


「これが神々の力だ!・・さあ皆も、官憲どもに鉄槌を下すのです!!」


「「「うおおおおおおおおお!!」」」


雷によって、熱気が最高潮に達した暴徒達は武器を手に次々と負傷して動くことの出来ない機動隊員に殺到していった。


「ま・・まて!・・やめっ・・」


「死ね!神の敵め!」


「死ね!死んで地獄に行け!」


暴徒達は手に持った武器で隊員達の命を奪っていく、ある者はナイフで腹を抉り、ある者は工業用ハンマーを頭に振り下ろす。


「おお神よ・・不信心者を殺しましたぞ!・・・どうか私にも祝福を・・!」


「私はこの目も捧げます!だから・・私にも・・・私にこそ祝福を!」


暴徒達は隊員を殺すと、その死体を鉄の棒の先に突き刺して天に掲げ、その血を浴びながら、神々に祈りを捧げ、中には己の目を指でくりぬいて、それを手に乗せて祈る者もいた。


その光景は余りにも狂気的であり、見る者の目を覆いたくなるような光景であった。


「皆素晴らしい!神々もお喜びです!・・感じるはずです・・・魔力がこの場を体を魂を満たしていく感覚が!!」


深淵を覗かせる男は装甲車の残骸の上に立つと暴徒達を見下ろしながらそう言った。


「感じる・・感じますぞ!!魂が力で満たされていく感覚を!」


「正しく神の祝福!体の内から力が湧いて来ます!!」


暴徒達にも変化が起き始める。

皆、筋肉と血管が膨張し始め、頭皮からも髪が抜け落ち始めたのだ。


「さあ!皆で神々の使途になるのです!!そして更に不信心者どもを殺すのです!それこそが神々の望まれることなのですから!!」


『シュトルヒ13より緊急報告!当該地区の魔力濃度が急速に上昇中!変異が発生する可能性有り、繰り返す、変異が発生する可能性有り、当該地区の部隊は警戒されたし!」


上空で警戒中の小型ヘリのパイロットは規定値を大幅に超えた手元の計器を見て,直ぐに報告を上げる。


「このままでは変異が確実に起こるな・・そうなると面倒だ」


ハインリヒは凄惨な光景を前にしても、顔色ひとつ変えることもなく、ただ観察し状況を把握していく。


「ですが邪魔な機動隊は居なくなりました、カルトの証拠もつかめた以上、内務省に伺いを立てる必要はもう無いかと」


「確かに、最早我々の行動を阻む者はないな・・・よし・・・狙撃班に魔術師を狙撃させろ、残りはガスでかたずける」


「はっ」


副官の進言にハインリヒは一瞬、考えるそぶりを見せたが直ぐに副官の進言を採用し、副官に作戦の指示を出す。

副官は敬礼して答えると狙撃班への連絡や他の部隊へ指示を素早く済ませる。


「迫撃砲分隊は、狙撃班が目標を狙撃後、ガス弾を発射、歩兵はそれに合わせて突撃せよ」


ガスマスクを付けた黒い兵士達は指示に対して敬礼のみを返し、粛々と言葉を発さずに準備を進めていく。

その姿は何処か機械的であり、人間味を感じる事は出来ない。



対して最早、狂乱状態になった暴徒達は機動隊員達を血祭りに上げた事に熱は最高潮に達していた。


だが、そこから数百メートル離れた建物の屋上には都市迷彩に身を包みスコープ付きのライフルを持つ狙撃手と双眼鏡を持つ観測手の二人がおり、狙撃手は背嚢の上ににライフルの銃身を乗せる事によって銃身のブレを最小限に抑えながら、照準を魔術師の男に合わせている。


「皆、祝福を得ましたね・・・では更なる加護を得るために前進するのです!そして中央に居座る官僚どもの命を神々に捧げるのです!」


狙撃手は己の息を止め、ブレを更に抑えると魔術師が言葉を発する瞬間に合わせて引き金を引いた。


「さあ、前しっ・・・」


弾丸は銃身内のライフリングに沿って発射され、一発の銃声を響かせると、魔術師の額に命中し、深淵を覗かせる男は地面に倒れ伏した。


『こちら狙撃班、目標への命中を確認、繰り返す、目標への命中を確認、指示があるまで現地点で待機する』


観測手は命中を双眼鏡で確認し、報告を行う。


「よくやった・・・迫撃砲分隊は直ちにガス弾を発射!」


部隊の後方に展開していた、迫撃砲分隊は命令が発せられると、直ちに仰角を合わせ、髑髏のマークが描かれた砲弾を迫撃砲に装填し、発射した。


「そんな!使途様が!」


「我々の導きが!」


指導者が倒れ、混乱する変異した暴徒達。

砲弾は暴徒達の頭上に到達すると、空中で爆発し、黄緑色の気体を広範囲にばらまいた。


「なんだこの煙は・・・うっ・・」


「いっ息が・・」


「ゴホッ!ゴホッ!」


「たったすけ・・」


黄緑色の気体に包まれた暴徒達は一斉に悶え苦しみ始め、次々と地面に伏していった。

暴徒達は次々と咳や嘔吐をし始め、充血した目からは涙があふれ出し、暴徒達はこの場所から一刻も早く逃げようと、地面を這いずり回る。


「突撃歩兵、前へ」


そこへ無慈悲にも、ガスマスクを装着し短機関銃やライフルなどで武装した歩兵達が突撃を開始した。


「にっ逃げ・・」


歩兵たちが射撃を開始するとガスの中は銃のマズルフラッシュによる光と暴徒達の悲鳴に包まれる。


ガスマスクと厚手の黒い軍用コートに身を包んだ兵士達はガスに体を侵される事なく、無慈悲に異形と化した暴徒達を始末していく。


ある者は短機関銃で相手を蜂の巣にし、ある者はライフルによって相手の頭を撃ち抜き、ある者はライフルの先端部に装着された、銃剣を用いて相手を刺殺する。


それは先程、暴徒達が動けない機動隊員達を虐殺していたのと似た光景であったが、ある物が決定的に違っていた。


それは感情である。

暴徒達が狂気的に虐殺していたのに対して、兵士達は無表情、無感情にまるで害虫を駆除するかのように相手を殺害していった。



しばらく経つと黄緑色のガスは霧散し、ハインリヒは副官を連れて、大量の死体と血によって埋め尽くされた、大通りを歩いていた。

周りでは兵士達が死体に一度、銃剣を突き刺した後に死体を運び、一か所にまとめている。


「やはりガスは優秀だな、数千匹の害獣どもを一気に駆除できる」


「多少の抵抗はありましたが、こちらに損害は、ほぼ発生しておりません」


「あとは焼くだけだな」


兵士達は死体を幾つかの山にしてまとめると、火炎放射器を持った兵士が死体の山に近づき、火を放つ。


「処理するのにも、手間が掛かる、やはりその場で焼くのが一番だな」


「おっしゃる通りかと・・・ですが何分、数千人規模のカルトです、これで終わりとは思えませんが・・・」


「なに、心配する事はない、既に対策は打ってある」


「と、言いますと?」


「討魔局から、異端審問官が一人派遣される事になっている」


「討魔局・・・つまり魔術師だけでなく悪魔が居る可能性があると?」


ハインリヒは煙草を口に加えながら、副官の疑問に答える。


「上はそう判断したらしい、しかも派遣されて来るのは彼女らしい」


「彼女?・・まさかラウラ・リヒター審問官ですか?」


「そのまさかだよ」


「ばかな!!」


副官はこれまでの冷静さが嘘のように声を張り上げた。


「彼女には異端の嫌疑が掛かっていた筈です!それに何やら怪しげな声が聞こえていると言う報告も・・」


「言っておくが、これは決定事項だし、彼女に掛かっているのは、あくまでも嫌疑だ」


「ですが・・・!」


ハインリヒは声を荒げる副官の肩に手を置き落ち着かせると、煙草を一本渡した。


「落ち着け、お前の気持ちも分かるが今、動くことの出来る審問官で数千人規模のカルトを殲滅、出来るのは彼女しか居ない、それに身内を疑い過ぎるのは美徳でもあるが、欠点でもあるぞ」


「申し訳ありません・・・少し取り乱していた様です」


副官が落ち着くと、数時間前が嘘の様に辺りには静寂が満ち、死体が燃える音と軍靴の足音のみが空気を揺らしていた。

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