第4話 だれも救われない夜
バカラの勝負は終わった。
静寂が、カジノの床に重く沈む。 誰も騒がない。 誰も笑わない。 ただ、どこか遠くで――コインが一枚だけ、転がる音がした。 か細く、乾いた音。 それすらもすぐに消えた。
空気が、死んでいる。
「よっしゃ、勝ったぞ!」
誰かが叫ぶ。 だが、その声は虚しく天井に吸い込まれ、 カジノの片隅では、膝をつく亡者がひとり、 「また負けた......今度こそだったのに」 と呟いていた。
勝者の歓声も、敗者の嘆きも、 この地獄では等しく無意味だった。
私の中に溜まった"塚"が鈍く光る。 勝ったはずなのに、 虚しさと重さだけが、いつまでも消えなかった。
なぜだろう。 なぜ、勝っても何も変わらないのだろう。 なぜ、私は――こんなにも空っぽなのだろう。
ステージマスターが、私の前に立つ。 肩書きは"ステージマスター"になったが、中身はいつも通りの軽口だ。 でも、その目の奥には、私と同じ疲れが宿っていた。
「結局この世界、誰も救われねぇんだよ」
彼の声は、いつもより低かった。
「勝っても、負けても、地獄の亡者は次の台に群がるだけだ」 「ま、それでも――俺たちバディはやめられねぇけどな」
ふっと笑うその顔は、どこか哀しくて、どこまでも滑稽だった。 地獄の道化師が、疲れ果てて微笑んでいる。
「今日の勝ちは――ほんと、紙一重だったな」 「正直、次はもう無理かもしれねぇぞ」 「伝説の台も、そろそろ限界か......」
私は答えない。 答えられない。 ただ、彼の言葉が胸に刺さるだけだった。
そのとき、タブレットに通知が届く。 画面には、みゆきの明るい笑顔と「新しい出会いがありました」という小さなメッセージ。
現世の幸福が、液晶の向こうで輝いている。 彼女は新しい恋を見つけた。 新しい希望を見つけた。 新しい明日を見つけた。
でも、私には何もない。
タブレットの画面ではみゆきが新しい一歩を踏み出すが、 私の中には、次に"負ける恐怖"と"何かが足りない"焦燥感が残った。
彼女の笑顔が、私の虚しさを際立たせる。 光が強いほど、影は深くなる。
私は台の奥で静かに目を閉じる。
"今日の勝利は、偶然の積み重ね。 このままでは、また負け癖に引き戻されるだけだ。"
回される。 また回される。 いつまでも、回され続ける。
それが、私の運命。 それが、私の地獄。
どこからか、白い光が差し込む。 (誰かの気配がした気がした――でも、すぐに消えた)
救いのない地獄で、 それでも、 "ほんの小さな希望"だけが、 明日のために残っていた。
カジノの隅では、「あの台、最近ツキが落ちてきた」 「やっぱり奇跡も続かねぇよ」と噂する亡者たちの声がさざめく。
私の評判も、所詮は水物だった。 今日の勝利も、明日は忘れ去られる。
ステージマスターが、ふと遠くのテーブルを見て半ば冗談、半ば本気で言う。
「......そろそろ、このカジノにも"新しい風"が必要かもな」 「誰か"頭のネジが外れた天才"でも引っ張ってこねぇと、もうダメかもな――」
私の中に、微かな予感が残った。 まだ知らぬ"異物"が、この地獄に現れる気がしてならなかった――。
でも、それもきっと幻想だろう。 希望は、いつも裏切られる。
私は台の奥で、静かに目を閉じる。
すべての音が、遠ざかる。
勝者の歓声も、 敗者の嘆きも、 亡者のざわめきも、 コインの音も、
何も聞こえない。
しばらくして、 白い光だけが、静かに私を包んでいた。
(誰かのぬくもりを思い出す。でも、それもすぐ消えた。)
今日も地獄の夜が終わる。
何も聞こえない。
それでも、私はまた"回される"。
明日も、明後日も、 永遠に。