俺は冴えないが、VRでは無双する。
「……また現実じゃ、誰にも話しかけられなかったな……」
放課後、誰もいない教室で独り言。
俺――春山蓮は、地味で目立たない高校二年生。
友達もいないし、女子から話しかけられるなんて夢のまた夢。
……でも。
………でも、だ。
現実じゃモブでも、VRの中では、俺は違う。
家に帰り、部屋のベッドに倒れこむと、最新のフルダイブ型VR機器EVE LINKを装着した。
起動音とともに、視界が白く光り――
「ログイン完了……よし、行くか」
俺はもう一つの世界、恋愛VRソーシャルゲームエターナル・リリィにログインする。
このゲーム、仮想空間内で作られた学園都市を舞台に、NPCとも他プレイヤーとも自由に恋愛できるのが売りだ。
しかも、アバターは自分で設定できる。
現実じゃ冴えない俺も、ここでは長身でスラッとしたイケメンのレオンになる。
……まあ、名前はちょっと中二っぽいけど。
そこは勘弁だ。
「レオン先輩っ!」
ふと振り返ると、俺の“彼女”であるユイが走ってきた。
淡いピンク髪のツインテール、制服のスカートがふわりと舞う。
大きな瞳に、はにかんだ笑顔。
実に可愛らしい。
「ご、ごめんっ、待たせちゃった……?」
「ううん、今来たとこだよ」
なんてベタなセリフが自然に出てくるあたり、やっぱり俺、ここじゃリア充なんだな……。
ユイは現実の高校生女子プレイヤーで、俺と同じ年らしい。
でも現実の顔はお互い知らない。
だけど、関係ない。
この世界で一緒にいる時間が、本物だから。
例え、偽りであってもだ。
「レオン先輩、今日も一緒に、学園祭の準備……してくれる?」
「もちろん、俺の彼女を一人にするわけないだろ」
「……っ!」
顔を真っ赤にして、ユイはうつむく。
「こ、こいびとって、また言った……先輩、ずるいよ」
「なんで?」
「だって……私、また好きになっちゃうじゃん……」
「……俺は、ずっと好きだけどね?」
「~~~っ!!」
VR空間でも、こんなに可愛いって、ずるい。
ついつい、頭を撫でてしまう。
「……なでなで禁止……って言ってるのに……」
「でも、気持ちよさそうな顔してるじゃん」
「そ、それは……っ、し、してほしいけど……」
甘えるように目を細めて、俺の胸元にぴとっとくっついてくる。
「……レオン先輩って、ほんと、現実でもこんな人だったらいいのに」
「現実……?」
「うん……もしも、現実でも会えたら、絶対、好きになってた」
「……それ、嬉しいな。でも……現実の俺は、きっと、ユイにふさわしくないよ」
「そんなこと、ない!」
声が強くなる。
「だって、私は……レオン先輩の優しさとか、真っ直ぐなとことか、全部好きになったの。
アバターがかっこよくなくたって、私は絶対、好きだったよ」
「……」
心のどこかが、じん、と熱くなる。
………。
「……ユイって、ずるい」
「え?」
「俺の方こそ、また好きになっちゃうじゃん」
「……~~~~っっっ!」
顔を両手で隠して、ユイは小さくうずくまった。
「ちょ、ちょっと……ほんとにずるいよ……今日、甘すぎるよ……!」
「たまにはいいだろ?
なんせ俺達、恋人だし」
「……ふふっ、うん。
じゃあ、今日はいっぱい甘えても……いい?」
「……もちろん」
甘い時間が、静かに流れていく。
現実じゃ、言えないことも。
現実じゃ、見せられない自分も。
ここでは、全部受け止めてくれる。
甘えてくれる、ユイがいる。
――――――
時はログアウト後に移る。
ヘッドセットを外して、現実の部屋の天井を見つめる。
「……会いたいな、ユイに。現実でも」
でも、俺は地味で、冴えなくて……彼女なんて、できたことないし。
……。
……はぁ。
そんな最中、俺のスマホに通知が届く。
ゲーム内のフレンドチャットに、新しいメッセージ。
なんだろうか。
早速、俺は確認してみる。
> 【ユイ】
あのね、私、今度リアルで会ってみたいなって思ってて……。
もしよかったら、駅前のカフェで……今週の日曜、どうかな?
――……。
……はて。
時が止まったように感じた。
画面を握りしめた手が、震える。
まさか、そんなこと言ってくれるなんて……。
でも、返事は決まってる。
> 【レオン】
うん。
俺も会いたいと思ってた。
楽しみにしてるよ、ユイ。
画面の向こうの彼女に、届くように。
俺は小さく、声に出した。
「……ユイ。君にだけ、恋してるよ」
―――――
日曜日にて。
今は駅前のカフェにいる。
制服じゃない俺服に、慣れない香水のにおい。
鏡の前で何度も髪を直したのに、相変わらず地味なままだ。
だけど今日は、何もかもが違う日。
VRの中で“彼女”だったユイに、現実で会う。
「……来ない、かな」
スマホを確認するたび、鼓動が速くなる。
何度も言い聞かせた。
“現実のユイ”がどんな子でも、好きな気持ちは変わらないって。
……そう、どんな子供であっても。
「れ、蓮くん……?」
ふと声が聞こえた。
………。
聞き慣れた声に、顔を上げる。
そこにいたのは、VRのユイそのままの笑顔を浮かべた女の子で―――
(………!?……)
―――……そう、片足の少女だった。
「……えっと、はじめまして…?」
真っ白なワンピース。
春風に揺れる髪。
右足は義足で、歩くたびにかすかに機械音がする。
でもそんなこと、どうでもよかった。
「ユイ……なの?」
「うん。
現実では、遠宮結衣っていうの」
「そっか……会えて、嬉しい」
「……私も。
すっごく緊張したけど……やっぱり、蓮くん、優しそう」
席に着くと、彼女は少しだけ不安そうに目を伏せた。
「……びっくり、したよね?
私が……片足だって」
「正直に言えば、ちょっと驚いた。
でも――」
俺はゆっくり言葉を選んだ。
慎重に、慎重に。
彼女が傷つかぬように。
優しく、優しく。
「それでユイのことを嫌いになる理由なんて、ひとつもないよ」
「……ほんとに?」
………。
彼女の目が、少し潤んでいた。
彼女の目が、少し輝いていた。
彼女の身体が、少し嬉しそうにしていた。
俺には、それらが感じられた。
「うん。
VRで出会ったあの時から、ずっとユイが好きだった。
中身が、気持ちが、笑い方が。
俺にとっては、それが全部」
結衣の瞳がもう一度、場を改めて揺れた。
少し震える声で、過去を話し始めた。
「……中学生の時、事故で右足を失ってね。
最初は……毎日、泣いてばっかりだったよ」
「……」
「高校に入っても、怖くて、人とあんまり関われなかった。
片足の女子って、どうしても浮いちゃうし、男子からは変な目で見られることもあって……」
「それで、VRに?」
「うん……仮想世界なら、足のこと、関係ないから。
初めて自分を出せる場所だったの。
蓮くんと出会えて、笑えるようになって……」
結衣はぎゅっとスカートを握った。
その行動一つも、もはや愛らしい。
「でも、ずっと怖かった。
現実を知ったら、きっと嫌われるって。
だから今日、ほんとはすごく、震えてた」
俺は立ち上がり、テーブル越しに彼女の手を取った。
「震えなくていいよ。
俺は、結衣が好きだ。
VRでも現実でも、変わらない。
いや、今日会って、もっと好きになった」
しかし彼女は戸惑ったように言う。
「……なんで? 私、普通じゃないのに……」
「普通なんてどうでもいい。俺にとって、結衣が“特別”なんだよ」
「っ……」
その瞬間、彼女の瞳から涙がこぼれた。
「……ずるいよ、そんなこと言われたら。私、また好きになっちゃうじゃん……」
「何度でも好きになってよ。
だから俺も、何度でも言うよ」
俺は、一呼吸おいて、言う。
深く、優しく、包み込むように。
「俺は、君の全部が、好きだよ」
――――――
そのあと、俺たちは公園までゆっくり歩いた。
結衣の歩幅に合わせて、ゆっくりと。
すれ違う人がチラッと彼女の義足を見ることがあっても、俺は気にしない。
むしろ、もっと見てほしい。
俺が、こんなに素敵な子と一緒にいるってことを。
やがてベンチに座ると、彼女は小さく笑った。
「……ね、手、つないでいい?」
「いいよ。……じゃなくて、つなぎたい」
そっと指を絡めると、彼女は照れたようにうなずいた。
「VRで恋してた時より、ドキドキするね」
「うん。
現実って、案外悪くないかもな」
結衣がこちらを向いて、少しだけ、いたずらっぽく言った。
それも、もう愛らしい。
「ねえ、VRの中みたいに、甘やかしてくれる?」
「……いいの?」
「だって……今度は、現実で彼氏になってくれたんだもん」
「じゃあ……ほら」
俺は彼女の頭を優しく撫でた。
VRでよくやってたあの仕草だ。
だが、今は現実で。
「……っ、やっぱり、それ反則……」
「でも、嬉しいんだろ?」
「……うん、ずっと、こうされるの夢だった……」
結衣の肩が、俺の方にそっと寄りかかる。
片足でも、不安があっても、誰よりも強く、優しくて―――
そんな彼女を、これからは俺がずっと支えていく。
VRで出会った恋は、現実でも本物だった。
「……大好きだよ、蓮くん」
「俺も。
何があっても、君のこと、ずっと守る」
春の風が、ふたりの髪を揺らす。
繋いだ手は、温かくて、もう離さない。
君のすべてを、愛してる。
君のすべてを、愛せてる。
〜〜〜―――〜〜〜
幸せの風が、ここに向かって吹いてきたようだ。