第八話 三人の旅
教会での魔人との戦いは、第一支部を壊滅に至らしめる大損害を齎した。
シスター一名、所属員四七名と一匹の死亡が確認され、その全てを瓦礫から出して、墓を作る。
その作業は子供が行うにはあまりにも重労働であり、一番目とカリストの魔術による助けがあったとはいえ、丸一日を要した。
そうして、全員の埋葬を終えて僕らはあての無い旅に出発しようとしていた。
「そ・も・そ・も・よ!! あんた、どうして生きてるのよ!!」
「え〜? 私のことぉ?」
「あんた以外誰がいるってのよ!!」
地団駄を踏みながら、カリストはツインテールを逆立てて怒る。
まぁまぁと宥めるものの、気持ちはわかる。
僕、というよりカリストは文字通り死闘を繰り広げたのだ。
たった一人で、多勢に無勢の状態で。
今でもよく生きていたと思う。
それくらいの偉業を成し遂げた後に、実は一番強い人が生きていました、なんてことを言われてしまえば情緒が不安定にもなる。
「僕も、理由は知りたいかな」
そういって視線を逸らす。
今一番目の姿は、小さな布一枚を針金で留めている簡易的な服だ。
元々が旗袍と、露出的な服装だったから、あまり変わらないような気もするが。
僕からすればどちらも際どい服には変わりない。
「カリストちゃんは知ってるでしょぉ? 私が、再生特化の術を使うって」
「知ってるけどにしたって時間かかりすぎじゃあ」
「一ニ分五三秒」
カリストの言葉を遮るように、一番目は言った。
「それが魔人と貴方達が戦ってた時間よぉ」
一ニ分。たったの一ニ分である。
今まで悪魔を殺し、活躍してきた約五〇名の子供を殺し尽くした時間が。
ご飯を食べる時間よりも速いなんて。
「私の“生の祝福”はすぐ切れちゃうのよ。元々傷とか、死とか気にしてない自傷ありきの戦法だからさ。頭さえ潰されなきゃ、再生出来るんだけど、今回はバラバラになりすぎて手こずっちゃった」
「頭さえって……あの魔力の塊みたいな光線ですよ。頭だって、余裕で吹き飛ぶんじゃあ」
「お馬鹿さんなのねぇ、貴方。結界を常時張ってるに決まってるじゃない」
胡乱げな瞳でそう言った。
布腰に揺れる乳房に僕はまた目を逸らす。
「というか、カリストちゃん」
「何よ」
「この子だぁれ?」
「え!?」
きょとんと首を傾げる一番目の様子はとても冗談を言っているようには見えない。
本気でわからないようだった。
「ほ、ほら、教会で雑用をしていたケンですよ。服とかベッドとか洗濯してましたし、掃除をしていたのも僕で……」
「知らないわぁ」
「そんなぁ」
肩が地面につくくらいのショック。
教会の仲間によく思われていないのは知っていたが、覚えられていないなんて。
「気にしないで。そもそも一番目は、ほとんど人の名前覚えてないのよ」
「そ、そうなの?」
「彼女、一緒に任務に出た人ですら忘れちゃうのよ。私は何でか覚えられてるんだけど」
「カリストちゃんは強いからねぇ。私のことも名前で呼んでよぉ」
「嫌よ、ベタベタしないで」
ふにゃふにゃしながら絡みつく一番目をあしらうように、カリストは手で払う。
驚いた。一と八の関係性がこれほど深いとは。
てっきり孤高の存在と思っていた彼女だが、ちゃんと認めた人には、それなりの接しかたをするのだろう。
「そんなことより、よ。これからどうする?」
「そうだよね、このままここにいるわけにも……」
現在僕らは宿無しだ。
おまけに僕らを守っていた結界も罠も消失してしまって、この場所に安全性は皆無である。
ある意味、一番目と八番目がいることを考えれば、一番安全とも言える。
だが僕らは体験してしまった。
本当に強い悪魔の力を。
真面目に勝負もさせてもらえない理不尽なまでの強さを。
「ま、第二支部に向かって行くのが理想的なんじゃないかしらぁ」
「第二支部に?」
僕ら魔殺しの子供達は全部で十の支部があり、本部として天魔教会が存在している。
天魔教とは、大陸で最も信奉されている宗教であり、悪魔を倒すのは天の力のみ、と一番最初に教えを説いた宗教だ。
実際に、祈祷術が人間にはほぼ無害であり悪魔に強力な対抗策となることが広まってからというもの、劇的に入門者は増えた。
更に冒険者協会や国との繋がりも深くなり、天魔教会は世界になくてはならない存在となったのだ。
その下請け組織に当たる魔殺しの子供達は、子供のみで構成された悪魔討伐部隊だ。
支部は大陸の各地に点在しており、場所によってその悪魔の脅威度も変わってくる。
「私たち第一支部に一番近いのは必然的に第二支部か、第三支部になるわぁ。正直どっちも距離的には変わらないくらいなんだけど、今第三支部の方は面倒な噂話を聞くのよねぇ」
「面倒な噂話?」
「何でも第四支部との協力態勢による、大規模な悪魔討伐作戦が展開されてるらしいねぇ」
悪魔討伐作戦。
それは本来、少数精鋭で悪魔を討伐する僕らでは手に負えないと判断された強力な魔物を、数十〜数百単位で部隊を編成して、悪魔を討伐する作戦だ。
とはいえ、僕も実際に聞くのは初めてだけど。
「疲弊した私たちが行ってもお邪魔なだけだからぁ。まずは落ち着ける場所にいくのはどぉ?」
さすが一番目と呼ばれた少女だ。
提案される作戦に、一切の穴がない。
そも、この教会に十年ほも閉じ込められていた僕の知識量で、彼女らに意見することなど出来るわけもない。
「ふん。理に適ってるわ。異議無し」
「僕も、特にないかな」
僕ら二人の反応を聞くと、嬉しそうに一番目は微笑んだ。
「そ。なら早く行きましょぉ。夜になると魔物は活発になる。強力な悪魔が死んだ地に長居するのは良くないわぁ」
そう言って僕らは一番目の後について、第二支部へと行くことが決定した。
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「す、凄い……」
第二支部を目指しての三人旅が始まり、訪れるのは魔物との戦闘だ。
魔物とは、悪魔が生み出した人間に害する生命体であり、悪魔の僕という認識が強い。
実際にそうなのだが、悪魔がそばにいない場合は、独自の生態系を作り、時には悪魔より厄介な被害をもたらすこともある。
悪魔と魔物との大きな違いは知性があるのかないのか。
下級悪魔である魔獣でさえ、ある程度の知性はあるが魔物には一才知性と呼べるものはないらしく、進化したものでさえ人を殺し喰らうことしか考えていない、救い難い存在なのだ。
厄介なのは産み落とした主である悪魔を倒しても全く意味がないところであり、同時に消滅することはない点だ。
命令を出すものがいなくなった場合、自分で人を殺すために仲間を増やすか鍛えたりしているらしい。
そんな魔物は悪魔と違い、生息域も広く分布しており何処にでもいる。
実際、僕らが住んでいた森の中にも魔物はいて、
「第四八の祈祷“槍光連弾”!!」
「よいしょー」
出てくる魔物の全てはカリストと一番目によって一掃されていた。
それはもう一方的に。
「ここまで来ると可哀想になってくるな……」
カリストの生み出す光の槍は魔物を二、三体貫いて焼き鳥棒のようにしてから消滅させているし、一番目なんかはもう遊び感覚で殴って蹴ってで消滅させている。
もうわけがわからない。
「私も祈祷術使ってるだけよぉ。相手の体内に打ち込んでるだけぇ」
「それで体内から爆発させるえげつない戦法よ。再生という身体を熟知した彼女だからできる芸当だわ」
カリストも悔しそうにしながら認めている様を見ると、自分では真似できないのだろう。
それだけ高等技術なのだろうが、軽々と行う彼女の姿を見ているととてもそうは思えない。
自分にもできるのではないか、と錯覚しそうだ。
と、そんなこんなで犬や蛇や鳥の魔物を撃退して、夜になる。
森は陽が落ちると一気に視界不良になり、足元ですら見るのがやっとだった。
「うーん、これ以上はまずいかしらぁ」
「そうね。火を炊いて、結界を張りましょう。キリがないわ」
二人の息はぴったりだ。
さすがに最前線で戦っていた二人の思考は一致しているらしい。
手際よく結界と簡易的なキャンプの製造に二人は取り掛かった。
カリストは土魔術による寝床の建設。
一番目は不得手ながらも、結界の生成に着手している。
僕はといえば、
「こいこい……」
下生えに身を潜ませ、とにかく音を立てないように注意する。
手に持つのは手作りのボウガンだ。
それっぽい木のパーツをカリストに作ってもらい、僕が組み立てた。
こういう作業は得意だけど、狩なんてしたことない。
基本的に食材はシスターが用意してくれた。
調達した食料の整理や料理はしていたが狩なんてとても。
(……ここ!)
だが、なぜか僕は。
草むらから飛び出すうさぎの気配を察知して、予測して、頭蓋に命中させた。
「うそ……当たったよ」
自分にない感覚に戸惑う。
まるで初めて手に入れた感覚のような、そんな気がして。
まぁ、とりあえず今日の晩ご飯は手に入れた。
「やったー! 捕まえたよー!!」
たった一匹だが、その一匹が僕たちの命を繋ぐのだ。
そう思うと感動で涙が出てきた。
うさぎを掴んで、キャンプに帰る。
僕の様子を見て、二人は喜ぶだろうか。
「小一時間かかってうさぎ一羽って、才能ないんじゃなぁい?」
「だって全然見つからなくて……え!?」
肩を下げる僕の目の前には大量の魚が地べたで飛び回っていた。
カリストは横で呆れたように池堀を作って一匹ずつその中に入れていく。
「魔術で捕まえてきたわ。風で水ごと巻き上げれば、魚くらいすぐ捕まえられるしね」
「あが……」
「やーい役立たずぅ」
「がが……」
「あんたの見下す癖、直したほうがいいわよ……」
「事実を言っただけよぉ」
いつか殴ってやる。
そう心に誓った夜だった。
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