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魔退の悪魔憑き  作者: UMA20
第三章 混成海賊奇譚 第三の手を知ってるか
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六十七話 十倍の拳

 


 影が立ち上る。

 僕の背後から、二メートルほどの巨大な手のひらの影が。


 その巨大な影は僕の味方だった。

 自由自在に、まさしく手足のように扱える僕の能力の一つ。

 影の支配。カリストから聞いたドゥルキュラが使っていた“蝙蝠型の影”、のような複雑な操作は出来ないけれど。

 影を操り纏わせて、僕自身の戦闘力を強化することは造作もない。


 揺らめく影はまるで焚き火の煙のように不確かで不明瞭、ただそこには確実に存在している。

 その影がゆっくりと僕の顔に覆い被さる。

 そのまま手のひらが仮面に変わり、身体を侵食する影が服に変化する。

 爪をより鋭く、足をより強固に。


 その姿は確かに──悪魔に近しいのかもしれない。


「口調が戻っているね。土壇場で進化でもしたのかな」


 黄金と赤の闘気に身を包み、手と太腿が特に巨大化したリオ。

 彼はただ僕のその姿を見て、攻撃もせず冷静に見極めていた。

 得体の知れない能力に足踏みしているのかも知れない。


 その程度には──僕を認めているのか。


「これは元からある僕の力だよ。僕の器が広がったことで、上手く扱えるようになっただけさ」


「広がった……面白い表現だ。少なくとも私の悪魔憑きに、そんな機会はなかった!」


 瞬きの間に詰める。

 リオの動きは最早、動物の俊敏さや格闘家の身のこなしといった、言葉で表現できる事柄を凌駕していた。


「知らぬ間に私の身体は侵食され、気付けば仲間を殺していた! 悪魔憑きとはそういうものだ! 先生が私を助けてくれるまで、私は人殺しのゴーレムと化していたのだ!」


「悪魔憑き……そういえば言っていたっけ」


「それを救った先生の願いを、私が間違っていると、なぜ言える!! 言えるわけがないだろう、この私が!」


 落ち着く僕とは対照的に、リオは赤い闘気に染まるように激情に駆られていく。

 強い感情がこもった拳の連撃は今までの攻撃とは比べ物にならないくらい、速い。そして強かった。


「世界を救済する勇者の復活、誰にも成し遂げられないその偉業を、多少倫理に反した程度で成せるならば、私は幾度でも神の道に反しよう! それこそが、魔殺しの子供達(ベナンダティ)に課された責務だからだ!」


 (たけ)るリオはまさしく闘神が如く、過激な猛攻を繰り出す。

 ただの雑用が受け止めるにはあまりに重い拳だった。

 一合一合が必殺の威力を持ち、躱しも防御も難なく削るその攻撃力は、僕の攻撃する隙を与えない。


 都合、五四。

 それが、十秒足らずの間に打ち込まれたリオからの攻撃だった。


「だというのに貴様は、なんだ。なんのためにここにいる。何の大義があって、先生の実験を邪魔するというんだ! 先生の……先生の実験は、多くの人を救うものだ! それが何だ、“勇者は望まない”、だと? 貴様の一時の感情で台無しにするつもりか、十年の、いやそれ以上の月日をかけた実験を!!」


 黄金と赤の闘気を纏った拳、その連撃は鉄を容易く破壊する。

 正面から横から、後ろから迫り来る拳の攻撃を、ただ影のように揺らめいて躱して弾く。

 そうして熱が冷めないうちに、リオは気付いて止まる。

 違和感に。



「手応えがない……」



 僕はただ、薄く微笑んで返した。



 —


 相手の影の能力が、直接的な物理や魔術的な作用をもたらすものではなく、視覚に作用する術式なのではないか。

 そのリオの懸念は当たっていた。


 渾身の一撃。それは熟練の魔術師により強化された鉄であっても、容易に破壊する拳だ。

 それが何十と当たっているのに手応えがないなど、不思議に思わない方がおかしい。


 だからこそ、リオは様子見で攻撃を仕掛けていた。

 ケンが猛烈な攻撃を受けていると錯覚するくらいには、本気の拳を。


(だが相手に通用する小細工など、私は知らない。だから──)


 リオの研鑽はより高みへと行くものだ。

 力を、技術を。

 その彼の力には敵を騙すために割り振られたものはなく、ただひたすら撃滅あるのみ。


「より、力押しで行く!!」


「さすが」


 影のように揺らめくケンの姿。

 リオが繰り出すその拳は確実に芯を捉えていた。

 だが、どこか空虚な手応えが返ってくる。

 このカラクリを解かなければ、リオに勝機はない。


 圧倒的な脚力で間合いを詰め、リオの爪から繰り出される斬撃。

 斬撃すらも難なく躱し、余裕の表情のケンは今までのそれとは考えられず異様な姿だ。

 相手こそ小手先の何かを使っているのは確かだが、その確信が得られない。

 一体、どうしたら。


「なら、これはどうだ!!」


 拳も、斬撃も効かないならば。

 全方位に向けた、無差別攻撃で判断をしよう。

 リオは落ちていた瓦礫を両手に持ち、その二つをぶつけることで破片を生み出した。

 その破片を、刹那のうちに両腕と両足を用いて弾いていく。


 宛ら石の雨が横殴りに降るような石の弾幕に、初めてケンは動揺した表情を見せる。


 飛んでくる破片を避け、避け、避ける。

 避けた先に破片が飛ぶように計算され、逃げ場を失ってもなお、霧のような不確かさで避けていく。


 そんな攻防が終わり、両者共に見据えた先で、ケンは影の内側から血を流していた。

 その様子を見て、リオは鼻を鳴らす。


「やはり、私の認知を歪めていたのか」


 ケンは肯定するように笑った。

 認知の歪み。それはつまり、幻覚を見せられているのと同義だ。

 実際そこには無いのにあるように見せる。

 だから、殴っても手応えがない。

 実際そこには何もないのだから。


「種が割れた以上、もうその手は効かない。どうする? 雑用」


「どうするも何も……」


 口から垂れる血をぬぐい、ケンは言う。


「全力で、貴方を倒すだけです」


 その強気な姿勢に、リオは強く唇を噛んだ。

 彼は強くない弱者だったものだ。

 偶々幸運に恵まれて、強い能力を得ただけの人間だ。


 だと言うのに、人生の全てを研鑽に注ぎ込んできた自分と同様の精神力を持って、向かい合っている。

 その事実が堪らなく悔しくて、無くしたはずの感情が湧き上がるような気がしていた。


 だから。


「何を……」


 リオは低く構えた。

 猛獣が獲物を狙うように。


 その姿を見て、ケンも察したのか拳を構える。

 恐らくこれが最後の打ち合いになるはずだ。

 それだけの大技をリオは放とうとしている。


 両者の気は高まり、黄金と赤の気が、黒と青の気にぶつかって空間を支配する。

 力は拮抗。後は、互いの研鑽の成果をぶつけるのみ──。


「は─────」


 リオは岩盤を砕いて疾走する。

 目にも止まらぬ速さとはこの事。

 ケンの狼の動体視力を持ってすら視認出来ない速度で接近して、通過していく。

 壁を流れるように蹴り、反射したリオはそのまま天井へ、地面へ、壁へと、軽やかに身を翻し、その速度を上げていく。


「全力だ! 受け止めてみろ!!」


 初速から速度を上げていったリオの姿を捉えることはもう出来ない。

 ただ残像と足場となった場所がそのあまりの力に突然粉砕されるのを認識するだけ。


 それだけの世界の中で突然。

 ケンの前に黄金が現れた。


「──十倍・虎牙王拳(こがおうけん)!!!」


 ケンは動けなかった。

 その腹にリオの拳が炸裂する、その時まで。


読んでいただきありがとうございます。

少しでも“面白そう”と“続きが気になる”と感じましていただけましたら、『ブックマーク』と『評価』の方していただけますと幸いです。

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