第六十六話 最後の戦い
──少し時は遡る。
精神世界の中で、イルカはとんでもないことを口走る。
『是非、ボクを──殺してほしいと思ってね』
空気の抜けた風船のような、やる気のない顔でイルカはそんなことを言った。
自分の生死を他人に委ねるというのに、彼の精神に揺らぎはない。
ただ、それが定めとでも言うかのように、イルカは言ったのだった。
『言いたいことは色々ありますけど……理由を訊いても?』
『おや、随分冷静だ。想像と違うね』
『成長出来ているなら、鍛錬の結果ですね』
イルカは少し驚いて、嬉しそうに頷いた。
『理由は単純さ。ボクを融合されてしまった女の子が可哀想だから。勇者を生み出す計画など成功するとは思えないからさ』
『勇者が生み出せない……それは僕の仲間も言っていました。しかし女の子が可哀想と言うのは……?』
それはつまり、バンジャックが運んできた死体の女の子。
守護精霊であるイルカをキメラ先として選ばれてしまった女の子のことだろう。
『精霊と動物は身体の構造が全く違うんだ。物質の動物に、非物質の精霊の肉体を融合するだなんて発想が飛んじゃってるのさ。実際、彼女は数時間しか外で活動ができず、それ以外は養液内で眠る生活を繰り返している。そんな彼女が勇者の骨と融合し力を己がものにするとは思えない。──そもそも、計画が成り立っていないんだよ』
理解できないわけではない。似たような話をカリストも一番目もしていた。
それを考慮すれば、二人の懸念を的中させる、根拠が今イルカが話している内容だろう。
『だから殺すと?』
『うん。だって──元は死んでるからね。また死に返すだけさ』
あいもかわらず、イルカはにこやかに言って見せる。
当たり前のように。気の抜けた顔で。
僕はその時明確に理解した。
イルカは言葉を話せるが──根本的に人とは違うのだと。
『なら、その話は引き受けませんよ』
イルカは目を丸くした。
僕が思った以上に早く、答えを出して、しかもそれが拒絶の言葉だったのが驚きだったのだろうか。
『理由を訊こうか』
『なに──単純ですよ』
決まりきっている言葉を、用意するまでもなく口にする。
『人を救い、悪魔を殺すことが僕の仕事ですから』
そう。
僕の仕事はあくまで人助けであり、悪魔殺し。
決して人を殺すことではない。
融通が利かないと思われるかもしれないが、ここは譲れない。
これこそが僕が、シスターワテリングから教わった全てなのだから。
僕が魔殺しの子供達として活動している、責務なのだから。
—
イルカのキメラとなった女の子の首筋にくらいつき、僕は彼女の血を吸っていく。
彼女の中で勇者の遺骨と身体を結びつけている僕の血という因子を、根こそぎ吸い取っていく。
それこそがこの力の暴走を止める唯一の手段であり、シムラの企みを瓦解させる一手になる。
少女の中にある僕の血を全て吸いおわり、気を失った少女をゆっくりと地面に寝かせた。
僕の血による結合がなくなった勇者の力は消失した。
再び僕の血を彼女に注入しない限りは再発することはないはずだ。
「雑用」
そんな僕の姿を見て、勇者の力を受けてもなおこの場で立つリオの姿があった。
彼がそう簡単に力尽きるとは思っていなかったが、存外にしぶとい。
動物の力がキメラとして備わっているからかもしれない。
「振り出しですね。これで諦めてくれたりしたら、だいぶ楽なんですけどね」
諦める、という言葉に反応して、リオは首を傾げた。
その顔は無表情だというのに凄みを感じさせる。
「先生は十年。それよりも前から辛い経験をされてきた。ようやく悲願が叶おうとしているんだ。それをどうして、諦めろなんて非道な言葉をかけられる。貴様は悪魔だ」
「僕が悪魔だなんて……」
「そうだろう。先生は私を死ぬ寸前のところから救い出してくれた。本当ならばこの身はすでにこの世にはいないはずだった。それが今では元気に走れる、食べれる。敵を倒せる」
出した拳を握りしめるリオ。
その身体から溢れる闘気は、僕と戦っていた時よりも強く凝縮されている。
「だから、君を倒そう。君を倒して、また血を貰う。その血を使って、私たちは悲願を成し遂げる。私たちにはもう──それしかないんだ」
リオはそういうと首筋に何かを刺した。
赤い液体が詰まっていた注射器は自動的にリオの体内へと、注入していく。
「それは……」
リオの身体から溢れ出る黄金の闘気が赤い色味を帯びる。
筋肉が膨れ上がり、瞳は赤く染まり意識を保っているのか危うい姿に変貌した。
それが意味するところは、敢えて言葉にするまでもない。
「虎牙王──────」
膨れ上がる筋肉は見た目だけではない。
中に凝縮される力も、解放される力も見た目以上に、
「拳!!!」
凶悪なものに変わっていた。
彼が構えたその瞬間、黄金と赤の気が肉体に収縮されたと思えば、体はその姿を消して僕の前に出現。
突き出された拳は、易々と僕の身体を突き破り、背後の壁を破壊するほどの衝撃力を見せた。
「どういうことだ」
──今までの僕なら、そうなっていた。
リオは自身の手応えのなさに目を細めていた。
それもそのはず。
「その姿はなんだ?」
彼が攻撃したのは僕の作り出した幻影。
精神世界を彷徨って帰還した僕が新たに目覚めた吸血鬼の力。
その名も、
「影狼」
安直かもしれないが。
僕はなかなかに気に入っている。
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