第六十三話 過剰回復
制限教定。
それは教会が定めた、個人の能力を教会の判断で制限する人物のこととルールを指す。
現在、制限教定に該当する人物は三名いた。
大司教、愛の偶像劇。
彼女は感情の機微により、容易く一つの都市を抹消できるほどの力を有するため、制限する。
大罪人、爆縛暴。
彼の能力は、現存する物質では能力を安全と呼べる値まで制限できず、かつ能力自体が精神に悪影響を与えるものとし制限する。
そして、最年少。
第一支部の白骸、一番目こと、シェリー・ヴィクター。
先に挙げた二名より危険度は低いが、年齢に見合わない強力な力故に、シスターまたはブラザーの職位以上を持つ監督人による制限を設ける。
以上。
三名が、現在条件付きで能力に枷をかけられた、強き者達の名前であった。
—
「一体……なんだこれは」
楓は瞠目する。
彼女は一番目との戦いで初めて、取り乱していた。
眼前。土煙の中から姿を見せたのは白い鎧を着る一番目だった何か。
先程まで戦っていた一番目であるはずなのに、決定的に違うその気の質量は、同一人物でありながら別人と見間違える程だった。
「鎧……とはいえ速度は前より速い、か」
白い鎧は全身を覆い、両腕は鋭利な剣状になっている。
装甲は恐らく薄く、素早さと攻撃に特化した鎧であることは、同じ戦闘スタイルの楓だから気づけたことだった。
柄に手をかける。
いつでも攻撃は可能だ。
だが、両者の間に流れる緊張感が、楓の足を鈍らせていた。
一歩踏み出すことを躊躇させる。
いったいどのタイミングで仕掛けるべきか、その判断がつかない。
凡そ、今まで接敵にした誰よりも強いと確信させるその威圧感に、楓はただ様子を伺う事しかできない。
「久しぶり……五年ぶりかしらぁ。五年前に術をかけられて以来、性格も穏やかになって、能力もただ死なない程度の回復力に収まった。私と同じく制限されてる人にね、能力が人格に影響を与えている人がいるのよ。だからもしかしたら私も、その一人なのかもしれないわぁ」
「何を……」
「だからね。疼いてるって言ってるの」
自らの骨により白騎士となった一番目の桃色の瞳が、兜の隙間から光る。
「私の牙が、血を吸いたい、と」
瞬間、楓は反射的に刀を抜いた。
自らの前であまりにも儚い盾として扱うために。
一番目の剣と化した腕から放たれた突きが、刀によって防がれる。
頭が冷えていく感覚を感じながら、楓は叫んだ。
「混成変化ゥゥゥゥッッ!!!」
腕からは茶の羽毛、頭を鳥の仮面のように変化させ、足からは鋭利な爪が飛び出した。
隼のキメラ。
速度と攻撃に特化した、楓に最も相性の良い動物だった。
「隼一刀流!!」
「灼牙」
気を刀に纏わせて、繰り出そうとする斬撃に合わせ、赤白く発光した一番目の剣が楓に迫る。
楓は堪らず攻撃から防御に転じて、一撃目を刀で弾く。
しかし相手には、二本の剣腕が。
「灼牙」
「うお、おおお!」
「灼牙、灼牙、灼牙」
「うおおおおおおおおお!!!!」
止まらない。途切れない。終わらない。
二腕から繰り出される連撃は、かろうじて楓が弾ける高速の突きだ。
一番目の攻撃に合わせて、反撃に転じることができない。
それほど苛烈な攻撃に、楓の思考は色を失っていく。
(最強の魔殺しの子供達! これほど……! これほどの力を隠していたのか!)
喜び、がいつもなら出ていたのだろう。
だが今は焦りしかない。
自分より強い者から放たれる理解不能の攻撃の数々は、思考を更地に変えてしまう。
積み上げた戦法が、経験が、力が全て、消し去ってゆく。
一番目という名の台風によって。
「うおおおおおお!!」
正しく歯が立たない。
いや、刃が立たない。
一本しかない刀で、どんな相手でも斬ってきた。
先生の望むままに、その障害を取り除けるように切り捌いて来たのだ。
あと一歩。
あと一歩で手が届くところまで来て、こんな。
(こんなに壁が高いなんて)
楓の持つ刀が、折れる。
彼女の心に呼応するように、折れる。
その先に見える白い騎士は、闘志と剣腕を燃やして、切先を突き出している。
あぁ──なんて。
自分は無知だったのか。
「いや、蛙か」
繰り出される八本の剣が、楓の胴体を容赦なく貫いた。
彼女のキメラ化は解けて、その姿を人へと戻す。
一番目と楓との勝負は、一番目の圧倒的な勝利によって幕を引いた。
—
「全く、強いわねぇ」
一番目は自分の血溜まりに倒れる楓に向け、掌を翳す。
ピンク色の淡い光が彼女を癒し、その傷はたちまち塞がった。
ボロボロと徐々に崩れ落ちる一番目の鎧。その中から覗かせる彼女の顔は、今まで楓と敵対していたとは思えないほど、優しい顔だった。
「過剰回復。久しぶりだったけど上手く行ったわね」
一番目の持ち得る力は、例え制限を解除したとしても、癒術のみだ。
治すこと。それのみに特化した彼女は遂に、ないものまで作れるようになった。
治す、ということは新しく自分の身体を作る行為だ。
故に自身を守る鎧を、骨材質で構成し体外に作り出す。
今の彼女の実力では十メートル程度しか作れないが、十メートルまでであれば骨を使って様々なものを作成できる。
それこそ、背中から新たな腕を生やすことだって。
とはいえ操作する数には限りがあるので、彼女は六本しか背から生やせない。
それ以上はただの飾りになるだけだった。
「その限界を引き出さないと崩せない貴方の防御力……認めざるを得ないわぁ」
一番目の戦闘経験では、この本気を出した戦闘はかつて二回。
魔人と二番目との本気の試合の時のみだ。
『負けたな! さすが俺の惚れた女だ!!』
と、彼は無様に負けても笑顔で笑っていたのが懐かしい。
そんな過去を思い出させる程には、楓も強さに飢えた剣士であった。
戦闘の最中。垣間見た楓の笑顔。
それは正しく、強さのみを追い求める狂人のソレ。
かつて、一番目が一番目になる前に見た、自分や二番目の顔と、そっくりな──。
「なんて感慨に浸っている場合じゃないわねぇ。暫くは起きないだろうしぃ、私も手伝いに」
そう。まだ、下の階では激しい魔力のぶつかり合いが発生している。
今から行っても充分、間に合うだろう。
だから、早々に楓の治療を終わらせて向かわなければならない。
ならないのに──
「制限教定。よもや忘れたとは言わせんぞ、一番目。いや──シェリー・ヴィクター」
一番目は目を開いた。
研究所の影から現れるのは、金と白が基調で十字架の刺繍が至る所に施された法衣を着用した少年だ。
長い襟に口元は隠れ、顔の半分以外は帽子と服が割合を占め、彼の感情は目つきで判断するしかない。
何より目を引くのは浮いていることだった。
宙に浮く法衣を着た少年など、一番目には一人しか心当たりがなかった。
「モラル……司教」
「おいおい。辺境の地に押し込まれて情報が届いてないのか? それともキミはボクを馬鹿にしてるのか」
一番目の言葉に心底呆れるような声を出し、溜息を吐く。
「ボクは次期大司教。モラルだ」
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