第五十七話 波止場の戦い
「コイツ、めんどくせぇであ!!」
研究所、波止場での戦いは一方的な展開を見せていた。
強靭な肉体を持ち、近接戦闘に特化したベア。
柔軟な肉体を持ち、透明化と八本の足を用いた奇抜な戦闘が得意なアッコロ。
その両者共に、唇を噛む。
正しくワンサイドゲーム。
指を咥えて見ているしかないとはこのこと──。
「炎の槍」
「来るわ!!」
「であ!」
蛸人となったアッコロと熊人となったベアが構える。
見据える先、海底洞窟のその空間の中心に、黒いツインテールを揺らす──小さな魔女。
その彼女が突き出した杖先から溢れ出す炎は、槍の形に変わり、波止場にいる二人に狙いが定められ、
「雨」
「「!!?」」
その槍は数百に分たれ、波止場を覆い尽くす炎の雨となって二人を強襲する。
事態の重さを察知した二人は、咄嗟に行動を起こした。
「土壁!」
「八の流し手」
ベアは手のひらに集めた魔力を地面へと突き出し、巨大な岩壁を生成する。
アッコロは触手とかした髪と腕、計八本の腕を巧みに使い、降り注ぐ炎の槍を特殊な粘液で絡め取り軌道を逸らす。
それぞれがそれぞれ、高度な技術と力を持って拮抗する。
しかしその構図はあまりに──一方的だった。
「炎の爆霊」
槍の雨を防がれたのを目視。
カリストはすぐさま手のひら大の火の玉を数十生成して、飛ばす。
ふわふわ、ゆるゆると飛んでいく火の玉が波止場の端にぶつかれば、その部位を爆破で吹き飛ばす。
「な!? ふざけすぎであ!」
堪らずベアはアッコロを抱えて海へと逃げ込んだ。
直後、波止場を覆い尽くした火の玉が発光。大爆発を引き起こし、波止場そのものを壊滅させた。
(さて……まぁこれくらい余裕だけど、これで終わる奴らとも思えないわよね)
カリストは空中でマントをはためかせながら、海中を眺めた。
彼らは戦うための大地を失い、無策で海に飛び込んだ──というのが、一見した状況ではあるが、仮にも相手は悪魔退治を専門とした子供たちの二番手。
このようなアクシデントは日常茶飯事のはずだ。
だから油断はしてはいけない。
カリストは小さく詠唱を紡ぎ、指で空間に文字を書いていく。
白い線と文字が杖の周りを回って少しずつその量が増えていく。
そうして迎撃の準備を始めた瞬間、波が不自然に揺れた。
「大地隆起!」
海中よりベアが現れ、海の水はどんどん洞窟の外へと押し出され、水は涸れた。
波止場はカリストにより消し飛んだが、その分大地が増えれば、逃げ場の確保になる。
ベアは誇らしげにカリストを睨みつける。
「やるじゃない」
「コレで五分であ!」
「五分の意味わかってるの……?」
空に浮かべるカリストに対して、逃走の場所を確保した程度で優位性が確保できるわけもない。
更に言えば、コレでベアは大半の魔力を失った。
もう宙に浮かぶカリストを仕留めるための方法は、岩を投げる程度しか──
「私を忘れてない?」
背後から声。同時、肌を舐めるような殺気がカリストを襲う。
咄嗟に身を翻し、背後に向けて杖先を向けたが、もう遅い。
彼女視界は八本の腕によって作られた闇に染まり、中心から覗く不気味な黄色い視線。
「八の拘束」
(海から洞窟の壁を這い上がったのね)
空から落っこちるように奇襲したアッコロの軌跡は、壁に滑りを残していた。
アッコロ自身、ベアのように強力な肉体を持たず、楓のような剣技を持たず、リオのようなカリスマと戦闘センスもなく、ダイルのような硬い皮膚と一撃必殺の特技も持たない。
だからこそ、彼女は磨いた。
気配を消して、相手を拘束し、自分自身の得意へと引き込む術を。
だが。カリストの方が、一歩上手。
八本の腕がカリストを包み込む瞬間、カリストの身体は揺らぎ霧散する。
手応えのなさにアッコロは瞠目し、気配の先へと目を向ければ。
「陽炎」
不敵に笑うカリストの姿。
全く度し難い強さである。
さすがに二つ名がつくわけだ。
アッコロもまた、相手の強さに感服して頬を吊り上げる。
まさか正面切って戦って、こうもいなされるとは。
一人での戦いならば勝ち目はなかったと、この攻防で確信する。
それほどの使い手だ。
だが、アッコロは一人ではない。
「であ!!!!」
地上から宙に浮かぶカリストに目掛けて発射される巨大な岩。
その照準は正確であり、カリストを芯に捉えた一撃が飛来する。
しかし、その程度自由自在に宙を移動できるカリストからすれば、何の問題も──
「あ」
ないはずだった。
ベア一人だけならば。
カリストが避けた先、その先にいるのは天井に取り付けた一本の腕で、何とか宙で体勢を維持していたアッコロの姿。
時既に遅し。気づいて身を何とか捩らせるも、アッコロが伸ばす触手の一本からは逃れられず。
「魔術封印!」
「しまっ────」
アッコロの触手が触れた瞬間、カリストの重力が戻る。
水の中に浮かぶように揺らめいていた服や髪がその形を失ったのがその証拠だ。
自然の摂理に従い、身体と共に墜落する。
浮いていたのは二十メートル程だ。
その高さから地面に生身をぶつけたならば余裕で死んでしまう高さ。
更に言えばカリストは突然の奇襲で体勢を崩し、頭からの落下だ。
何もしなければ助かる見込みはない。
カリストは自身の顔先に杖を向け、地面に落ちる瞬間。
「爆風!」
小さな爆発がカリストの身体を若干浮かした。
おかげで腰を打つ程度ですみ、カリストはすぐさま杖をベアに向ける。
仕事を終えたアッコロも天井からぼとりと落ちる。軟体故に衝撃には強いのか。
幽鬼のように揺らめいて、アッコロは不敵に笑い返した。
「コレで五分、よ。ベア」
「いや! 八分であ!」
全く話の通じないベアに呆れつつも、それはそれでポジティブシンキング。
実際地面に落ちた鳥を狩るのは容易い。
優位性は覆った。
だからこそ、疑念が残る。
アッコロの眼前で構えるカリストには依然焦る様子はなく、静かに詠唱を重ねて杖に魔法陣を作り続けている。
「何か仕掛けるつもりよ。そこそこに仕留めないと負けるかもしれない。速攻で行くわ」
「うおおお!! コレで俺も存分に戦えるであ!!」
三メートルの巨体が駆ける。
その背に乗り、アッコロもまた魔力を失ったベアの代わりに魔術の用意を始める。
ベアの固定砲台として、二本の腕でしがみつき、六本の腕を砲門とする。
近遠両方を兼ね備えた完璧なフォルムだ。
死角は無い。
それでも尚、カリストは真剣に詠唱を続け、杖に魔法陣を作り続ける。
その数は五枚に至った──だが、まだ足りない。
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