第五十五話 限りある人生の責務
「言っている意味が分からないです」
僕はシムラの言葉に対して、真っ向から答える。
シムラは静かに俯く。
「第三の手計画。人は気付かず、勇者は生誕し、魔王はその勇者によって倒される。君もその勇者の生誕のために力を貸してくれる。そう思っていたんだけれど……そんな雰囲気じゃないね」
「勇者を創り出して、魔王を倒させる。使うのは死体。困る人は誰もいない。人道からは……まぁ多少逸れてはいるけれど許容範囲。そういう話であってますか?」
「その通りだ。誰も困らない。困るとするなら、勇者の遺骨を利用しようとしていた教会だろうか」
初めて出てきた内容だ。
教会が遺骨を利用しようとしていた。
一体なんのために。
「詳細は知らない。だが、彼らもまた三重奏の聖遺物を有効活用する術を模索していたというわけだ。それだけの力が、あれらにはあるからな」
僕の心を読むようにシムラは答えてくれた。
聖遺物には絶大な力が宿っており、正規の手順以外で使用した場合、想像もつかない災害を引きおくす可能性があると確かカリストが言っていた。
逆説的に。災害を引き起こせるだけのパワーがあるということだ。
お偉いさんからすれば喉から手が出るほど欲しいものなのだろう。
それを、シムラも保有しているということだが。
「それで、ケンくん。君は何を望む」
「そんなものありませんよ。シムラさんは僕が勇者を望むと、本気で思っていたんですか?」
僕の問いに、シムラは微笑する。
「言ったはずだ。シスターの仕打ちを数十年と受けてきた君が、その行いに耐えられるはずがない。その後に望むものは自然──彼女の死と世界への憎悪だ。彼女がいなくなった今、君は悪魔への憎悪で溢れている。だから、今でも魔殺しの子供達なぞ続けているのだ違うか?」
「…………」
「鞭で叩かれたか。水責めにあったか。或いは電気で、或いは絶食で。或いは暴行、指締め、火責め、焼きごて、拘束、針責め、蝋燭なんかもあったか? 彼女は思いつく限りの拷問で君の才能を引き出そうとしたはずだ。その日々が十年も続いて、憎悪の感情が生まれないはずは」
「違いますね」
「は?」
饒舌なシムラの言葉に割り込んだその言葉にシムラは反応する。
否定の、その言葉に信じられないような顔をして。
「──少なくとも、シスターに対する気持ちは、シムラ先生。貴方の想像とは違います」
「なんだと。ならなんだというんだ。間違っていたか? ぼくの想像は」
「いえ。概ね合ってますよ。焼きごてだってやられましたし。まぁ、人が経験する拷問の全てを僕は体験したと思ってます」
「ならば……なぜ」
「──────────妥当、だからです」
僕は一度帰ってから考えていた思いの丈を、嘘偽りなく言葉にする。
そうしなければきっと、シムラには伝わらないだろうから。
「仕方ないんですよ。僕が拷問を受けるのは」
「な、何を言って」
「才能がない僕がいけない。拾ってもらった恩を返せずに、カリストや他の子が戦いに行くを見ることしかできない。他の戦える子の代わりに死んであげることすらできない」
シスターは僕に拷問をしていた──というのは認識間違いである。
彼女はあくまで教育をしていたのだ。
不出来な僕に、才能という芽を開花して欲しいがために。
彼女なりの、精一杯であった。
そこに答えられなかった僕こそが、最大の罪人である。
「責務を全うできない人間に価値はあるんでしょうか。いえ、ありません。文句を言う資格だって。それはもはや、人ではなく、人のような何か。人の形をした、何かです」
ただ子供を産み死ぬだけなら誰でも出来る。
誰でも出来ないことをするために僕は、魔殺しの子供達に入った。
そこでは多くの子供達が戦場に行き、人類のために散っていった。
ならば僕は何をしたのか。
何が、出来たのか。
「だから僕は嬉しいんです。今、こうして悪魔と戦う力があることに。だから勇者は望まない」
「そ、んな」
幸せ、だと僕は思う。
きっとこの世界には、生まれてきたのにも関わらず、責務を果たせず虚しく散っていくものの方が多く存在しているはずだ。
そんな世の中で僕は責務を果たすことができる力を偶然にも手にしたのだから。
「そんな戯言を、本気で言っているのか?」
だが僕の言葉を受けて、シムラは信じられないものを見るようにそう言った。
「馬鹿な……洗脳、とはまた違う。一種の病気か。恐ろしい、これほどか。シスターワテリング」
シムラは爪を噛み憤る。
彼が何に対してそれほどの憤慨を感じているのか。
僕には理解できなかった。
「そんなことより気になってたんです、シムラ先生」
「な、なんだい?」
意表をつかれたように驚くシムラ。
「勇者を誕生させる。それだけの野望がある人間にしては、手段が中途半端だなと」
「なんだと?」
「いえ。おかしくはないと思います。生きてる人間を実験に使うのは人道に反する。だから死体を使った。勇者を作ろうと考える人にしては、何か超えてはならない一線を守ろうとしてる気がします。それになぜ大陸間を越えてまで、バンジャックさんという第三者を介入させてまで遠くから死体を運んできたのか。この二つの疑問が僕の頭から離れない。だからカリストやバンジャックさんの言う、研究所を訪れる動機にもピンとこない。そもそも前提が、変だから」
「……何が言いたい」
シムラの表情が初めて固くなる。
それだけで僕の推察は、少なくとも間違った道を進んでいなかったことが証明された。
或いは、見当違いな言い分に気分を害しただけなのかもしれないが。
兎も角。
「簡単ですよ。シムラ先生貴方──」
その答えはきっと。
「目的は勇者誕生ではない、ですね?」
この後にこそ、待ち受けているのだろう。
読んでいただきありがとうございます。
少しでも“面白そう”と“続きが気になる”と感じましていただけましたら、『ブックマーク』と『評価』の方していただけますと幸いです。
皆様の応援が作者のモチベーションとなりますので、是非ご協力よろしくお願いいたします。