第五十四話 救済の願い
カリストvsアッコロとベアが始まった時、一番目は一人で研究所内を駆けていた。
通路を塞ぐように現れる第二支部の子供達、その成れの果て。
その身体の半分を動物に変えた、半人半動物の混成魔獣となった子供達が彼女の行手を阻む。
目は赤く、理性は失われた正しく獣と化した彼らの攻撃は単調で、一番目の敵ではない。
その全てを無力化して一番目は先に進む。
(酷いわねぇ。でも、私も似たような術で生きながらえてるものだからね。少しわかる気はするわ)
交戦するその瞬間、駆ける速度をそのままに掌底でキメラを気絶させる。
足払い、投げ技に絞技。
殺さない程度に加減した攻撃一つ一つが、キメラを無力化していく。
(にしても、この研究所。想像より狭い。ここでずっと暮らしていく予定は想定してなかった……ということかしらぁ?)
キメラ達をいなしながら一番目は進んでいく。
彼女の追う気配は徐々に強まっていく。
第二支部のキメラ達の猛攻も応じて強くなる。
守りたいであろう勇者の遺骨を合成材に使った少女の防衛より、一番目の行先に配置されているのは業腹な判断であろう。
だが、或いは。
そう、思い立った瞬間、一番目は通路の奥。
闇の中から一瞬、煌めく光を捉えて。
咄嗟に腕を前に出した。
「貴方がいたのねぇ」
「…………」
気術を纏った指先が、首を狙った斬撃を受け止める。
一番目の桃色の気と、楓の紅葉色の気が鬩ぎ合い、両者は一歩下り見合う。
「そこもと。気術を扱えたか」
「残念。使い手というわけではないわ。とは言っても、魔術も気術も祈祷術だって私は中途半端、なんだけどねぇ」
「……ふむ。第一支部の一番目にはそれなりな事情があると見た。故にこそ、癒術か。祈祷術、魔術、時には気術を混合させる高等技術。しかして、首を刎ねても死なぬというのはまた、別次元な話だ」
癒術。本来ならば魔術に於ける水属性の術式による身体回復魔術の総称を指す。
しかし、時代を経て研究がされていくうちに、癒術は祈祷術と気術との親和性が高く、混合させる事でその効力を上げることが知られていた。
しかし合理的な魔術と願いの祈祷術、魂の気術。その全ての混合ともなると、努力の果てはしれない。
「故にそこもとは一番目になったのであろう。絶対に負けない。この保障は、使い潰しを前提とした魔殺しの子供達を扱う教会として、有利に働いた交渉材料であろう──しかしな」
顎に手を当て、楓は思案する。
それは、至極もっともな疑問であって。
「死なぬ、だけなのだろう?」
瞬く間に、一番目の腕は宙を舞っていた。
飛ぶ斬撃。
それはフレイムバード戦でも見せていた、速さに重きを置いた必殺技だ。
地へと落ちる自身の腕を見て、一番目は冷や汗を垂らす。
「某の脅威にはなり得ぬな」
「さすがねぇ。第二支部、随分と戦力が厚いわ」
五人のキメラの戦士達。
そも第二支部は独立の宣言をしてから一度も、教会から魔殺しの子供達の子の補充を行なっていない。
十年間、彼らが第十支部であった頃からメンバーが変わらないというのにも関わらず、この力の純度。
人の入れ替えが激しかった第一支部の環境を考えれば、競争がないこの世界でこれほどの力を手に入れられるのは、シムラの研究あってのものかもしれないと、一番目は考えた。
何より彼女はまだ──キメラになっていない。
純白の騎士服。しかし袖が長く袴状になった和装めいた彼女の特注の戦闘服は、刀を振るうたびに袖が追走して映える。
あの飛ぶ斬撃は、その尾すら認識させてはくれない。
「厚い……なぁ。某にはそうは思えん。たあ、皆々が必死に強くなった。でなければ生き残れなかった。それだけの話だ」
「なら、尚のこと恐ろしいわぁ。私と渡り合える子なんて、第一支部の中にはいなかっだからねぇ。それが第二支部の二番手に初戦は瞬殺、二度目も苦戦となっては名折れよぉ?」
恥ずかしい話だが、一番目は楓を認めていた。
現状では、倒すのには時間を要する相手である、と。
彼女の実力は二番手だと、一番目は仮定した。
数字持ち、という制度は第一支部にしか存在しない。
あれは、ワテリングが作り上げた互いを競わせるためのシステムだからだ。
だがその名前は驚くほど早く教会内を駆け巡る。
第一支部の一番目。この称号は、教会内外を震撼させる力の証明となった。
それが第二支部の二番手に遅れをとるとなっては羞恥と悔しさが込み上げる。
(さて、そろそろ本格的に作戦を)
一番目は片手を前に、もう片方を胸に近づけ構えを取る。
「何か、思い違いをしているようだ」
そんな一番目を否定するように楓は言う。
何の話だ。と、一番目は思案して、すぐ気付いた。
「私が──」
彼女から放たれる紅葉色の気が膨れ上がる。
膨張する気は、パイドラのような繊細な気とはまた別種の、ただ破壊を齎すエネルギーのような塊で。
リーダーとして指揮を取るリオこそ、第二支部の一番強い敵と考えれば、自然彼女は二番手ということになるはずなのに────。
「──第二支部の一番目だ」
—
「驚くほど抵抗がない。一体どんな心変わりだ」
「そんなことないです。ただ、少しだけ、気になったことがあって」
僕は研究所のシムラの部屋へと戻ってきていた。
リオに抱き抱えられるように連れ去られ、ここにいる。
ダイルも防衛のためにいるのか、部屋の端で壁に寄りかかり僕を睨みつけていた。
シムラは相変わらず円柱のカプセルの前で、後ろで手を組んで少女を眺めていた。
「来ると信じていた、ケン」
「なぜ」
「なぜ? 当たり前さ。ぼくは君が真に欲しているものを知っている。そして時間をおけばその事に君が気付くと信じていたからだ、ケン」
シムラは振り返る。
張り付いた笑みは心の底から生み出された、彼の喜びの感情なのだろう。
「シスター、ワテリング」
「!」
僕は飛び出すはずのない単語に驚いた。
なぜこのタイミングでその言葉を。
「彼女に雑用として育てられたと聞いた時、ある確信を持っていた。ワテリングは聡明な女性だが、才能に固執する悪い癖があった。そんな彼女がただ身の回りの世話のためだけに、雑用を頼んだとは思い難い。なぁ、そうだろう? ケン」
僕は答えない。
それが答えだと言わんばかりに、シムラは笑った。
「彼女からどんな仕打ちを受けていたのか、想像もつかない。だが、ある程度痛い目に合っていたのは事実だろう。凡そ十年もの長い間。そこから生まれるのはただ一つの──願望だ。勇者を望む、救済の願い」
シムラは両手を広げた。
まるで包み込もうと言わんばかりの抱擁の構え。
その先に僕はいない。
それでもシムラは嬉々として語りかける。
「さぁ、問おう、ケン。君は」
その問いに対する答えは、きっと。
「第三の手を──望むかい?」
この先の人生を変えるものになるのだろう。
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