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魔退の悪魔憑き  作者: UMA20
第三章 混成海賊奇譚 第三の手を知ってるか
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第五十二話 湖進撃



「今日は良い天気だね」


「うふふ、そうね。デート日和でほんとによかったわ」


 グレイスウェールズを象徴とする湖、ピル湖。

 そこはグレイスウェールズに住む若者のデートスポットとして有名だった。

 壮大な山々が見守る中、広い湖を小舟で航行するのは気分も晴れる。

 大自然こそ人が心身を休めるに最も適した場所であり、ピル湖はその点で言えば最適の場所であった。


 若い二人のカップルは、初々しい反応を見せながらゆっくりゆっくりと小舟を男が漕ぐ。


「あ、あのさ……良かったら、俺とけ──」


「……ち、ちょっと、あれ!」


 今日この日。

 男は女性に対しての結婚を申し込もうとしていた。

 意を決して口にすれば、それどころではない形相で女が自分の背後を指差している。

 水を差された怒りで振り返りつつ、男の表情は瞬時に真っ青になった。


 湖に浮かぶ巨大な船。

 その船の帆は真黒に染まり、中心には髑髏(どくろ)が描かれている。

 内陸であるグレイスウェールズの民では見ることのない、話に聞く海賊がそこにはいた。


「う、うわぁぁぁぁぁあ!!?」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁあっ!?」


 海賊船が進む勢いの波で小舟はあっという間に流されてゆく。

 それは熱く冷めやすい女性の心を表すように。



 ☆☆☆☆☆



 海賊船のその先端、鮫を模した船首はなぜかドリル状に改造されており、海賊刀を装備したバンジャックが高笑いして剣先を突き出す。


「ひゃっふぅー!! ヨーソロー!! やっぱり船は最高だぜぇ!!」


「うぇぇ、どこがよ……」


 はしゃぐバンジャックの横で項垂れるカリストは気持ち悪そうに船の手すりに捕まっていた。

 揺れるたびに口が膨らんで吐き出すのを堪えている。

 それを僕が支え、一番目(ウーヌス)がカリストの頭部に癒術をかけている。

 しかし、癒術のスペシャリストの一番目(ウーヌス)であっても全てを癒すことはできないようで。


「だ、大丈夫ですか?」


「大丈夫に見える……うっぷ」


「ごめんねぇ……あんまり酔い止めの術は使わないから……」


「な、ならなんであんたは平気なのよ……」


「ほら。私はそもそも細胞レベルで肉体を把握してるから、瞬時に適応できるのよぉ」


「き、規格外だわ……」


 うっぷと戻しそうになるカリストを、一番目(ウーヌス)は慈愛の手で持ってよしよしと背中をさする。

 その様子を面白おかしそうにバンジャックは眺め、


「もうすぐ湖の中心だってのに、大丈夫かよ嬢ちゃん」


「その時は気合いで治すわ。今は何より結界破壊の準備を────」


 そう。僕らがここまで態々目立つ海賊船で来たのは理由があった。

 それは昨日、といっても数時間前の話。

 日が昇る前の吸血後のことだった。


『な、なんですって! 研究所の場所を知らない!? どうやって乗り込んだのよあんた!』


 吸血後で体力を消耗しているというのに、元気にバンジャックに掴み掛かるカリスト。

 そんな彼女の勢いに──いや、娘を思い出すからか──バンジャックもタジタジなようで、


『荷物に隠れてたんだよ、アイツらが運んでる荷物にな。臭い消しまで用意して隠れたんだぜ? 用意周到だろ』


『だとすると敵の本拠地を探す、というところから始める必要があるわねぇ』


 僕らはそもそも連れこられた身だ。

 しかも皆それぞれ気絶やら瀕死やらで道中の記憶などあるわけがない。

 八方塞がりであった。

 だが、カリストがふと思いついたように顔を上げた。


『いや、私知ってるかも』


『あら。さすがねぇ』


『偶々よ。私が空を飛んでる時に湖の上を一人で漕ぐシムラを見たわ。でも湖の上には何も見えない。もしかしたら、湖の上に透明化の結界を張ってるのかもしれないわ』


『デカした嬢ちゃん。因みに結界は破壊する必要があるのか?』


 バンジャックの指摘に少しカリストは考える。


『研究者、そして研究内容のことを考えれば、ある程度の防御性能は持っていてもおかしくないわね。その程度なら私がなんとか出来ると思うけど、問題はどうやってそこまでいくか、だけど……』


 皆で突き当たる再びの問題に悩ませる三人。

 だが、バンジャックだけは自信満々に胸を叩く。


『俺様を誰だと思ってんだ。これでも名が知れた海賊の一人だぜ? 水の上ならまかせろ』



 ──そういって、収納の魔術により小さな布袋から取り出した、というより飛び出したのが僕らが乗るこの海賊船“ガンズウェイ号”である。


「本当にその収納魔術凄いわね。見ただけじゃ何系統に属するのかもわからない。恐らく古代魔術ってやつかしら」


 恨めしそうな視線をバンジャックの布袋に浴びせるカリスト。

 どうやら自分がわからないことをそのままにするのはいやらしく、しかもそれが魔術の分野となると殊更(ことさら)悔しいらしい。


 ギリギリと歯軋りをして不満を訴えるカリストに、バンジャックは自慢げに見せびらかした。


「格納出来る容量は試してみたが、どんなに大きくてもどんなに多くても幾らでも入る!! 代わりに大きければ大きいほど、多ければ多いほど取り出すのには時間がかかるのさ。大砲クラスの大きさでも出すのには十分かかる。実は船は昨日の夜から出そうとしてようやく出たんだぜ?」


「なるほど……万能、というわけではないのねぇ」


「さすがにな。そしたらもっと有名になってるもんじゃねぇか? 航海してても有名な魔術といえば三大禁忌の魔術程度だ」


「国を滅ぼしたとされる三つの魔術ね。もしかしたら収納の魔術はそれ以上なのかもよ」


「ってぇと?」


 カリストが含みを込めた言葉に、バンジャックは疑問符混じりに訊いた。

 少し考えてカリストは言った。


「書き記す前に滅んでしまった、みたいな」


「ひゅー……夢があるじゃねぇか」


 こめかみに汗を垂らし、バンジャックは嬉しそうに頬を歪めた。

 海の上で旅をして、ついでに海賊をしていたみたいな男だ。

 不確かなもの、というロマンに抗えないのかも知れない。


「兎も角、もうすぐ湖の中心だね」


 僕らの行先には何もない。

 ただ青い空を写す水面と壮大な山が僕らを見守るばかりだ。

 本当にこんなところに研究所なんてあるのだろうか。

 懐疑的に考えて、


「やっぱりあるわね。高度な隠蔽魔術がかけられてるわ」


 カリストは自信に満ちた表情で言った。


「任せなさい。んで、あんたはすぐに戦える準備しておきなさい」




 —




 研究所内は破壊の限りが尽くされていた。

 材質が何かわからない、光沢のある真白な壁には引っ掻き傷のような痕が幾つも付き、道には黒装束の男たちが倒れている。

 全員Gと描かれた仮面を被っており、その正体は執行官。


 教会内で裁くべし、と定められた罪人を自らの手で暗殺する隠密部隊だ。

 その活動は多岐に渡り、教会内外にいる悪人を歴史上の裏で裁き続けてきた。


 そんな彼らが無惨にも破れ去った。

 第二支部(セカンド)の子供達によって。


 巨大な円柱の水槽が屹立(きつりつ)する、シムラブラザーの研究室に、執行官の一人の頭蓋を片手で持ち引き摺るリオ。

 シムラの前に軽々と片手で持ち上げると、執行官の仮面がずり落ちる。


「言え。言えば命は助けてあげます」


「……ぁ……っ」


 執行官の顔はボコボコに腫れ、血が流れている。

 対してリオには傷ひとつない。

 圧倒的な実力差が、如実に現れていた。


 リオが頭蓋を持つ手の力を強めると執行官は顔を歪めたが、その表情は緩やかに微笑んで、


「Die with honor(死は誇り)……」


「そうですか」


 その言葉を最後にリオは思い切り地面に執行官の顔を叩きつける。

 トマトを潰したように血が飛び散って、ぴくぴくと動いていた執行官の身体は糸が切れたように動かなくなった。


「やはり教会の人間はダメだ。死を、誇りなどと考える集団に世界が救えるとはとても思えないよ。そうは思わないかい? リオ」


「ええ、先生の言う通りです」


 謎の溶液が満たされた円柱のカプセルに泡が立ち上る。

 その中で今も眠る一人の少女。

 魚と合体したようなその姿はまさしく魚人と呼べたが、シムラはその娘を愛おしそうに見つめる。


「あぁ……希望(イデアーレ)。君だけが世界を救える勇者の器だ。今、目覚めさせてあげるからね」


 彼の視線は愛に満ちていた。

 嘘偽りのない、曇りなき(まなこ)

 彼の目には、果たして何が。


「そこそこな報告が二つよ、先生」


「ん、アッコロか」


 入り口からぬるりと入り込み、透明化を解除するアッコロ。

 その姿は既に(たこ)混成変化(キメラ・トランス)した状態であった。


「執行官の第三部隊をベアとダイルが倒したわ。第一と第二はご存じのとおりリオが。多分もう来ないんじゃない? んで二つ目が」


「……第一支部(ファースト)が来たんだね」


 台詞を横取りされたアッコロは眉を少し上げて、「知ってたんだ」とジェスチャー。

 シムラははにかんで首を振った。


「彼ならそろそろ来ると感じただけさ。シスター“ワテリング”に育てられた雑用……彼が辿る結末など計算せずとも想像出来る。ああ、楽しみだな」


 遠くを見るようにシムラは天井を見る。


「──彼はどんな答えを出したんだろうか」


 そのつぶやきと共に研究所が大きく揺れる。

 パラパラと埃や壁、天井のカケラが落ちてくる。

 それは結界を破られたことを意味していた。


「どうします?」


「決まっている。ケンくんだけここに通せ。それ以外は近付けるな」


「「はい」」


 アッコロとリオはシムラの言葉を受けて出入り口から出ていった。

 余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)と言った様子でカプセルの少女を見つめる。

 彼女はまだ目覚めない。


読んでいただきありがとうございます。

少しでも“面白そう”と“続きが気になる”と感じましていただけましたら、『ブックマーク』と『評価』の方していただけますと幸いです。

皆様の応援が作者のモチベーションとなりますので、是非ご協力よろしくお願いいたします。

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