第四十九話 力を取り戻す唯一の方法
「分かってるかぁ? 分かってるよなぁ、今! 孫の手も猫の手も借りたいとこなんだよ! あの狼の力はどうした!」
顔は真っ赤に狂騒乱舞。
バンジャックは、全てが誤算と言わんばかりに僕の肩を揺らした。
もしかしたら、だが。
彼の中では隣の二人より僕の方が強いと思われてるのだろうか……。
だからカリストがリオとその他仲間を引き受けると言った際も、特に反論はせずに、自分の身辺警護として僕を選んだのではないだろうか。
明らかにカリストと一番目の方が負担は大きいのに、僕だけ甘い見立ての理由がハッキリした。
「そうは言っても……狼化も出来ないですし、他の力もなんか調子悪くて」
「そ、そんなぁ……」
項垂れながら膝を折るバンジャック。
雑用だった僕がこんなに人に頼られることはなかった。
それを思えば、物凄く光栄なことだし、有難いのだが出来ないものは出来ない。
と、憑き物が落ちたように明るい顔になったバンジャックはスッと立ち上がると、
「よし、そしたらやめにしよう」
そんなことを言い出した。
「えぇっ!? 判断が速すぎる!?」
「うるへー! そもそも俺はお前らを助けるつもりだったんだ! お前らが助けられたならそれで良いの!」
「さ、最初と言ってること違くないですか!? 女の子が気になったって……」
「言ってたかもしれんが、俺は、過去は振り返らない男だ。もう忘れた」
「それじゃあ娘さんはどうするんですか……」
「ぐきぃぃぃぃっ!? その話を出すなぁ! じゃあどうしろってんだ! 俺は海の上なら兎も角、陸地じゃ碌に戦えないぞ!」
ジタバタと暴れ出す姿は子供そのものだ。
とても妻子がいる一家の大黒柱とは思えない。
「それなら……私に考えがあるわ」
「え?」
その時、誰もが絶望に打ちひしがれていたと思われた状況で、静かにカリストが挙手をした。
「どうにか出来るのぉ?」
「多分。魔術的な関与であることは間違いないし、心当たりも、ある」
心当たりはある。だが自信はないのだろう。
いつものカリストの勢いはない。
カタコトと話すカリストに、空気を読んだ一番目は、バンジャックの腕を掴むと、そそくさとテントから離れていく。
「お、おい! どこへ──」
「おじさんは私と作戦会議しましょう? ワンコ君のことはカリストちゃんに任せてぇ」
任せて、と言わんばかりに一番目はウィンクをする。
そうして二人は森へと消えていった。
—
テントに残った僕ら二人。
カリストが作ったのだろう簡易的なベッドに、彼女は静かに座っている。
僕もまた彼女の横に座らされ、無言の時間が続いていた。
「あの〜」
呼びかける。
答えはない。
「カリスト? 僕はどうしたら……」
彼女の顔はなぜか少し赤く火照っている。
返事はない。
「カリストさーん? 聞こえてますかぁ?」
「あーもう聞こえてるわよ! 少し待ちなさい! 心の準備がね、必要なの!!」
一体何の準備なのだろうか。
僕には全く見当もつかないが、彼女にとっては非常に大事なことらしい。
深呼吸を二回して、整えて、
「あんたはね、血を吸わないと能力が使えないのよ」
「……………………え?」
その衝撃の事実に、僕は空いた口が塞がらなかった。
—
二週間前────エンドラインにて。
借宿で身体を休めていたケン。
彼が目を覚ました時、その身体は幼児と呼べるほどに収縮し、その精神もまた幼児化していた。
『うーぬすお姉ちゃん!』
『な!!?』
一番目は胸を抑えた。
自身に起きた異常を感知して。
ベッドで布団にくるまり、笑顔を向ける白髪の男の子に、強い庇護欲を掻き立てられる。
それは果たして自然なものか──否。
者を誘惑し、思うがままに操る悪魔の術“魅了”。
自分達が、魅了されかけていることに一番目はその時自覚した。
『ど、どうしたの一番目──うあ!』
『かぅわいい!!』
『うわぁ、デカいお姉ちゃんだ!』
二人の横を押し除けて、男の子を抱き上げるのは、赤髪に筋骨隆々の巨体を持つマキラだ。
彼女もまたカリストと共に、森で修行する一番目を呼びに行き、そしてついてきた。
結果────魅了された。
豪快な性格だった彼女だが、男っ気はカケラも感じられなかった。
男を欲する素振りさえ見せていなかった彼女が今、齢五歳ほどの男子を見て興奮している。
可愛い、という言葉は表面的に見れば文字通りだが、彼女の表情は正しく肉に飢える獣が如し。
涎が滝のように流れ、今にも食いつかんとしていた。
(祈祷術に精神保護を貫通するほどの魅了……マズイわぁ。どんどんワンコ君が可愛く見えて……)
精神保護の術も破れかけるほどの魅了だ。
常人が食らえばひとたまりもない事は、マキラを見れば明らかだった。
祈祷の専門家である教会の人間までやられている事実は、一番目にケンを危険視させるには充分な要素だった。
だがそんな二人を嗜めるように、
『だらしが無いね。心の鍛錬を怠るからそうなる』
パイドラが割って入った。
マキラからケンを取り上げて言い放つが、マキラの表情はどんどん険しくなる。
『うー! その子を返せ! アタシのだ!!』
『はぁ……やれやれだよ』
半狂乱で襲い来るマキラの胸を、二本の指で優しく押す。
気術が込められた二指がマキラの意識を分散させ、いとも簡単に気絶させた。
ゆっくりと後ろに倒れゆくマキラを足でキャッチして、一番目を一瞥する。
『あんたは、大丈夫そうだね』
『ギリギリ、でしたけどねぇ』
『ど、どういう事? 私何が何だか……』
現状を理解していないのはカリストのみだ。
魅了の影響下になく、幼児化したケンをただ純粋に今も心配している。
その様子に一番目は驚き、パイドラに視線を飛ばす。
『これは一体……』
『さぁ? アタシに分かるのはとりあえずアタシも含めてこの場を離れた方がいいってことさね。この術、強制的に庇護欲を掻き立てる方向に向いてるらしい。アタシにも可愛く見えてきたよ』
そういうと、パイドラはケンをベッドに下ろし、マキラを背負う。
『嬢ちゃん。恐らくコイツはアンタが見なきゃいけない相手さね。アタシらは席を外すから何とかするんだ。しないと男女問わず、村民がどんどん集まってる。早く解決しないと何が起こるか見当もつかない。頼んでいいかい?』
『は、はい!』
カリストの返事にパイドラは優しく微笑むと、その場を後にした。
一番目もまた口惜しそうに胸を抑えて、
『何かあったら呼びなさいね』
と、一言添えて家から出ていった。
ギィ、という鉄の軋む音の後、扉が閉まる音。
取り残されたのは幼児化したケンとカリストのみだ。
(とりあえずあたしも様子見して──)
今後の作戦を立てようとした次の瞬間だ。
『おい、そこの女』
『────────は?』
先程までの赤子のような態度はどこへ行ったのか。
ケンはベッドの上でふんぞりかえり、腕を組み、邪悪な目付きで話しかけてくるではないか。
思わず呆けてカリストは返事をしたが、すぐさま杖を取り出しベッドに向ける。
溢れ出す邪悪な気配。
その気配を──カリストは知っている。
『どうした。何故構える?』
『私の知ってるケンはね、そんな言葉遣いしないからよ』
『なるほど……く、クハハハ! いやはや、思ったよりこの身体は高貴な身分ではなかったか。残念残念』
見た目は幼い。
しかし口調はいつものケンよりも大人びた雰囲気を感じさせていて、カリストは訝しむ。
気配も相まって、カリストの想像は悪い方向にばかり走っていく。
そしてそれが、ただの杞憂であってくれと願って────
『But,bad』
最悪な形で実現する。
口の端から光る鋭利な犬歯。
瞳は鮮血の赤に、肌色は血の気が引いて青白く。
髪はどこか月を思わせるように銀に光って。
窓の外からケンを照らす月光が、彼の再誕を祝っているように見えて。
『楽しみ事態は、まだまだありそうだ。なぁ? 我が眷属よ』
彼の影が蠢く。
彼の喝采が夜の闇にこだまする。
不死王の復活に、闇が歓喜の黒を広げていく。
誰もが知る、血を吸い、強力な不死性を持つ悪魔。
その象徴が、カリストの目の前にいた。
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