第四十八話 作戦会議
「あらぁ、ワンコ君。元気そうで良かったわぁ」
「一番目さん!?」
僕とバンジャックが話を終えて、彼のテントに戻ると、そこにはすでに起き上がった一番目がいた。
手をひらひらと振って余裕そうな表情だが、先程までのカプセルに浮かんでいた生首状態を考えると俄かに信じがたい。
まだ三十分も経っていないはずだが……。
その横でカリストが呆れたように首を振っている。
「さすがとしか言いようがないわね。死んでておかしくない状態で、生の祝福を使わず、かつ自力で回復しきる人間を、私は一番目以外に知らないわ」
「とか言いつつ私に癒術をかけてくれたの、私知ってるんだからぁ」
「私の癒術は外傷を塞ぐ程度の力しかないわ。貴方にとってはバフにもならないでしょうに」
カリストはツンとそっぽを向く。
自分の力では一番目に及ばないことを恥じているのだろうか。
各々が得意とする分野は違うのだから、仕方ないとも思うが、カリストは役立てなかったことが嫌なのかも知れない。
それを察して一番目は、優しくカリストを撫でていた。
カリストもまんざらではない表情だった。
「もう動いて平気なんですか……?」
「んぅ? まぁ、そもそも目を覚まさなかったのは、私の空間知覚能力を底上げしてたところが理由だからねぇ。どうしても研究所に望むものがあるか知りたくてぇ」
「空間知覚能力……?」
「なんて言ったら伝わるかしらぁ、ほら、目が見えない人って他の感覚が鋭いとか言うじゃない? 私の場合、あれを擬似的に感覚を鋭くできるのよぉ。再生特化による細胞・身体機能から何までを支配下に置いてるからできることねぇ」
「言ってることがとんでもない……」
僕の一番目に対するイメージは“死なない武闘家”だ。
カリストのような派手な技は使わないが、絶対に死なないことに特化している。
だが、今の説明を聞くと彼女には他にも能力があるような気がした。
二つ名も“白骸”という物騒なものだし、まだまだ底が知れない。
さすがに、第一支部の一を背負う者は伊達じゃないと言ったとこか。
「それで。お前らのリーダー? で良いのか。が起きたところで、今後の方針を決めたい」
僕らが再会に喜ぶ中、バンジャックは一人冷静に訊いてきた。
「このガキが第二支部に乗り込むって言ってるんだが、お前らは賛成なのか?」
バンジャックの指摘にカリストも一番目も驚くことはなかった。
逆に、二人がそれを待っていたような空気を出してくるので、僕が驚いてしまう。
「反対……しないんですね」
「うーん、多分私と理由は違うんだろうけどねぇ。カリストちゃんから訊いたわぁ、あのブラザーが何をしようとしてるのか。正直言って、私は上手くいくと思えないしぃ、何よりリスクの方が大きいわぁ」
「リスク?」
「三重奏の聖遺物よ」
僕が首を傾げると、カリストが指を立てる。
「世界を救えるであろう強力な遺物でありながら、その力を使用するにはその他の聖遺物が必要な、ある意味矛盾を抱えた聖遺物。確かシムラが持っているのは“勇者の遺骨”だったわね。魔力を象徴とする聖遺物。でもそれを使用するには本来もう二つの聖遺物が必要なのよ」
カリストは更に二つの指を立てた。
魔力を象徴とする聖遺物“勇者の遺骨”。
祈祷を象徴とする聖遺物“プリマ・マテリア”。
気力を象徴とする聖遺物“如意宝珠”。
これら三種が互いの揃って、漸く一つの聖遺物が効力を発揮出来るらしい。
つまり、三種揃わなければ使うことは出来ず、ゴミと変わらないのだとか。
だが、其れ等は世界を救えるだろう力を持つ物であるならば、どこにリスクがあるというのだろうか。
カリストは続けた。
「現在、例え三つ全ての聖遺物を集め正規の手順を踏んでも、聖遺物を使用できる人間はいないとされているわ。聖遺物には絶大な力に使用者が耐えられないのよ。意味がわかる? つまり、本来ならばそれだけ危険な聖遺物を正規の手順以外で使用して、もし失敗した場合。誰にも予想がつかない“災害”が起こると言われているの」
「災害……? それって」
「勇者の遺骨。その発動に失敗した場合、大陸一つが消し飛ぶとされているわ」
「な……!?」
そんなリスクがあるというのにシムラは実験を行っているのか。
しかもキメラの技術を使って、無理矢理に。
そんなことしたら──
「上手くいったら英雄どころか神になれるでしょうね。でも素人目に見て、そんなことしない方がいいと思うわ。成功するとは思えないから」
「っていうことだから、私達も世界平和を謳う教会の人間として阻止させてもらうわぁ。私個人としては研究所に用もあるしぃ?」
「教会……?」
一番目が言ったその言葉に、バンジャックは首を傾げた。
同時、僕らは飛び跳ねて円陣を組む。
「わ、忘れてたわ! 彼、私達が魔殺しの子供達って知らないじゃない!」
「と、とりあえず異端審問官で乗り切りましょぉ!」
「そんな雑で大丈夫ですかね!?」
「やるしかないでしょ! 話合わせなさい!」
話し合いが終わり、僕らはバンジャックに振り返る。
なんとか笑みを作って、バレないように……。
「そ、そうなの。私達見習いの異端審問官で……」
「第二支部に怪しい動きがあったから調べに来てたのよぉ」
「僕は見習いのそのまた見習いです!」
「なるほどな。天魔教の異端審問官の中には“最強”と呼ばれる対悪魔対人間共に特化した奴がいると聞く。そんな奴らがいる場所ならそのガキの強さも納得だ」
バンジャックは自慢な顎髭を触りながら感心した。
それはおそらく、僕とバンジャックさんの初めての出会い。路地裏でのことを言っているのだろう。
僕らはホッと胸を撫で下ろす。
バンジャックは嬉しそうに微笑んだ。
「ま、お前らの気持ちの足並みが揃っているなら一つ目はクリアだな」
「一つ目?」
「もちろん、第二支部に俺が行くための理由だ。肝心なのは二つ目だ。お前ら──作戦はあるのか?」
「「作戦??」」
僕が反応する前にカリストと一番目が両者見合った。
一瞬の静寂ののち、不穏な空気に訝しむバンジャックに視線を合わせて言ってのける。
「「ないわ(ぁ)」」
「なにぃっ!?」
二人が淡々と、当たり前のように言ってのける言葉に、思わずバンジャックもひっくり返る。
それもそうだ。まるで作戦など必要? と言わんばかりの態度である。
それも彼女らだからこそ通用するのだろうが。
「相手が悪魔ならいざ知らず。研究所に篭ってるやつなんて魔術で派手に爆破してやるわ」
「私一人だと不安だけどカリストちゃんがいるなら問題ないわよぉ。近距離ならともかく、遠距離戦でカリストちゃんに勝てる相手なんてそうそういないわぁ? 魔人だって相性さえ良ければ一対一で勝てるポテンシャルがあるんだからぁ」
一番目のその言葉に、カリストは自信が回復したのか。
鼻がどんどん高くなる。
お調子者というか、褒められ慣れていないのか。
そんな二人を見て、頭を抱えるバンジャック。
「やっぱガキはガキか。あのなぁ、場所は相手の本拠地! 敵は第二支部の五人だけじゃあねぇ。あの得体の知れねぇキメラも相手にしなきゃなんねぇのさ!」
僕は暗闇でよく見えなかった、最後に追いかけられていた時、通路から聞こえた追跡音。
それがキメラだとバンジャックは言っていた。
彼の予想では五人以外の子供達を実験に使ったのだと言っていたが。
「あれがもし、元子供だということを加味するなら何人くらいかしら」
「確か第二支部所属の子供達は五十人と聞いたことがあるわ。そう考えると四五人いるということねぇ」
「なら問題ないわね」
「大アリだぁっ! そんな奴らを相手にしてたら日が暮れちまう! だぁぁもう、まずは整理が必要だな」
そういうと、バンジャックは小さな袋を取り出すと徐に中から黒板を取り出す。
その黒板をバン! っと強く叩いて、注目させる。
どこから取り出したか、いつの間にかメガネもかけていた。
「いいか。俺たちの目的は二つだ。一つ、“勇者の遺骨”の回収、そして“少女の救出”だ」
「ちょっと、少女の救出は初耳なんですけど」
「良いからきけ! それは俺の目的だ。協力してやるから、それものめ。とはいえ、だ。そこのクソガキの話によれば、少女は勇者の遺骨を取り込んだって話じゃねぇか。つまり。この二つの目的は同時に存在するってわけだ」
黒板に纏められていく現在の状況。
少女と骨の絵が描かれ、順番に番号が振られる。それら二つを、バンジャックは大きく円で囲んだ。
「しかも、だ。既にクソガキの血は、少量とはいえ摂取されたんだったな? 現状向こうの状況がわからない以上、今にもシムラの勇者計画とかいうのが発動しかねない状態なわけだ。事は一刻を争う」
「はい。僕の目の前でキメラ化が行われました。僕の血で……」
悪魔憑きの血。
それが引き起こす強力な結合作用。
それをシムラは欲していた。
ならば僕がそこに行くのは悪手なのではないだろうか。
その考えを見透かすようにバンジャックは答える。
「人手が欲しい。お前を連れていくのはリスキーだが、この嬢ちゃん二人だけだと研究所自体吹き飛びかねない」
「私はそれでも良いわ」
「俺が困るんだよ!! バケモンチャイルドども!」
カリストと一番目の目的は勇者の遺骨を使用させない事と一貫している。
それはつまり、実験体の女の子がどうなろうと、知ったことではないということだ。
「カリストは……それで良いの? その人の命を」
「それは……」
カリストが言い淀むと、一番目が鋭い目で応える。
「心が痛まないわけではないわぁ。でもね。“勇者の遺骨”を取り込んだ。その事実は相応に重いのよ。そんな女の子が今後どんな人生を送るかなんて想像に容易いとは思わない? それこそ、今のうちに人生を終わらせてあげる方が優しさ、ということもあるのよ。とある大司教のお言葉を借りるなら──死より楽な救済はない」
二人の覚悟だった。
別に彼女らも、やりたくてやっているわけではない。
現状のリスクと命を天秤にかけた時、第二支部とシムラ、少女の命はそれほど軽いということなのだ。
今まで危険な任務に何度も行っていた二人だからこそ、即決出来ることなのだろう。
それに比べて、僕は。
「と、に、か、く、だ」
仕切り直すようにバンジャックが手を叩く。
「突入は俺に任せろ。少女を助ける役は俺だ。第二支部の面々はお前らに任せる。どうだ?」
「私はリオと適当に複数人を請け負うわ。さすがに楓までは厳しいけど……」
広範囲に大火力で攻めることができるカリストだからこその提案だ。
とはいえ楓は強い、ということなのだろう。
とても複数人での戦いで紛れ込ませて良いような人材ではない。
「私が楓を担当するわぁ」
すると一番目が挙手する。
その言葉にカリストは、
「大丈夫?」
と、一言投げかけた。
その真意を僕は測りかねたが、一番目は静かに笑った。
「問題ないわぁ」
「よし。それなら俺とクソガキが勇者の遺骨と女の子を助けるってことで良いな」
バンジャックが突入の作戦を考えるか、と顎を叩く。
だが、懸念点はまだある。
「あ? どうしたクソガキ」
「そろそろそのクソガキはやめて欲しいですが……まぁそこは置いておきます」
挙手をした僕に注目が集まる。
本来ならあんまり言いたくないことではあるのだが、これからまた戦闘をしようという時に隠し事はいけない。
僕は深呼吸して正直に告げた。
「僕今、能力が使えないみたいで……」
バンジャックは再び、背中からひっくり返った。
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