第四十二話 完敗
「悪魔……憑き。雑用の、君が?」
思わず口を滑らせたその宣言に、世界は停止したように皆止まった。
カリストは驚愕の表情で、一番目は苦笑して、第二支部の面々はカリストとはまた別種の驚愕の表情だった。
まるで、幻でも見るような疑う視線。
それが何を意味するのか、僕には全く想像はつかなかったが、真っ先に。
「あんた! バッカじゃないの!!」
カリストからの怒号が轟く。
その表情は驚きから怒りに変わり、
「ご、ごめん。カリストでも──」
「悪魔憑きがどう見られるかなんて、言わなくてもわかるでしょ!?」
そうだ。
悪魔憑きの一般的な認識は、シスターワテリングのような悪魔に乗っ取られた危険な存在として認知される。
特に教会所属の人間に自分は悪魔憑きだなんて紹介をすれば、一発で捕縛対象に、最悪討伐対象として認識される可能性だって。
だが、僕らは見た。
眼前の第二支部達の反応が、
「まさかこんなところに」
想像と全く違ったことを。
「ダイル!!」
「分かってる!!」
リオの叫びに再び呼応するダイル。
だがその様子は、先ほどまでとは熱量が違った。
「混成変化!!」
ダイルの身体は隆起して、服を突き破り現れる鰐の獣人。
子供であっても変身後は大人を凌駕する巨体だ。
バケモノの突然の出現に、町民の叫び声が路地に響く。
「おとなしくしやがれ!!」
だが町民のことなど、気にすることはない。
その巨体を惜しみなく振るって、歩道を踏み砕いて突進するダイル。
僕が避けてしまえば、カリストと一番目が直撃してしまう。
だから──
「やめろ!!!」
真正面から迎え撃つ。
ダイルの鱗は鋭利に、そして岩肌のように固くなっており掴むだけで手のひらから血が吹き出した。
まるで牛の突進を食らったような衝撃に真後ろへズルズル引き摺られたが、カリスト達への到達だけは阻止した。
「うぉ!? お、オレの突進を、素手で止めやがった!?」
大人でも容易に吹き飛ばす衝撃だ。
渾身の力で受け止めた僕の身体は、たった一回でバカになってしまった。
もう拳も握れない。
力の入らない腕はダラリとぶら下がっているただの飾りになった。
狼化をして応戦するしか──
「あ、あれ……」
いつも通り力を込める。
魔力の核心に従うように身体の中の魔力を沸騰させる。
だがなぜか。狼化しない。
感覚ではあるが、熱が足りない。
そんな気がした。
「ならこれはどうだ!!」
「ちょ、ちょま──ぶっ」
ダイルの剛腕から繰り出される拳が頬に直撃。
力のまま脳を揺らされ、視界が眩む。
「なんだ? 突然威勢がなくなったな。チ、こんな雑魚が本当に悪魔憑きか、疑わしいな!!」
狼化がなぜか出来ない。
理由は判然としないけれど、兎も角ダイルに向き合わねばならない。
だから、拳をあげてファイティングポーズを取って、目の前に迫る黒に対応できなかった。
「が──────」
勢いのままに吹き飛ぶ。
建物に背から突っ込んで埋め込まれる。
もう僕の意識は消えていた。
—
「へ。オレの回転クロコテイルに卒倒かよ。しょーもねぇ」
ダイルが身体を回転させた勢いを利用してぶつける肉厚な尾は、鉄塊の直撃を受けたのに等しい衝撃を持っていた。
しなやかさがある分、単に鉄塊を振り回すより威力が増大している。
そんな攻撃を結界も防御のバフも無しに生身で受ければ、木っ端微塵になってもおかしくないが、ケンは悪魔憑き。
肉体が頑丈になり、四肢は吹き飛ばずに済んだ。
「なぁ、リオ。こいつが本当に悪魔憑きなのか? オレには信じ難いが……」
「この頑丈さは充分証拠になりうるさ。よくやったねダイル」
「へへ、まぁな」
リオにはケンが悪魔憑きである事がある程度、真実である可能性があると踏んでいた。
あのタイミングで見栄を張るように言ってのけた言葉、そしてこの頑丈さ。
魔術なしで説明するのであれば、悪魔憑きという事実は十分信憑性があった。
精密な検査こそ、シムラに任せる予定ではあるが、リオらの捜索に光明が差したこと自体がなかった。
そのレベルで悪魔憑きは珍しい。
そんな悪魔憑きが自ら歩いてやってきていたなんて、誰も考えやしないだろう。
「これで漸く先生の研究が完成する」
思わず笑みが溢れる。
今まで先の見えない闇でもがくような不快感がずっとリオらを襲っていた。
一体これはいつまで続くのか。
そんな絶望が眼前まで来ていた矢先だ。
まさか、雑用が希望の光だったとは誰も思うまい。
ダイルがケンの足を掴んで持ち上げる。
だらりと力なく手足がぶらつく様は、完全に気絶していることを表していた。
「よし。行こう」
リオの合図と共にダイルと楓はその場を後にしようとした──その時。
「待ちなさい」
「ぐぇっ」
ダイルの喉元を掴んで跪かせる。
ベアほどではないにしろ、身長は獣人化で二メートルほどのダイルが容易に膝を折った。
一番目は、ダイルを見下しながら、リオに視線を移す。
「驚いた。自力で解いたんですか」
「まぁね。骨が折れたわ」
ぶらぶら垂れる左腕は物理的に折れていた。
皮の所々が破け、骨が飛び出している。
それが瞬時にして再生して、握ったり開いたりして調子を確認した。
問題ないことを確認し、リオを睨みつける。
「この子が死にたくなかったら今すぐケンを放しなさい」
「怖いですね。一番目に睨まれるのは」
カリストは未だに罠に囚われているが、ケンだけならば救える。
九の段の祈祷術は破壊のコツがあり、それを知らないと術者以外は手出しが出来ない。
せめてケンだけでも、と講じた一か八かの行動だったが、まさか。
「でも私には楓がいる」
声すら出せずに殺されるとは。
一番目は目を疑った。
ダイルが自分の拘束から抜け出していることを。
目の前に、自分の首から下の体があることを。
「この程度、一切仔細無し」
「さすがだ」
|リオの言葉より先に抜き放たれた刀。
楓は一番目の首を両断し、頭を刀の上に乗せたままという神業を披露して見せた。
じゅくじゅくと音を立てて首の下から再生しようとする一番目に、楓は手で印を結び、
「第六九の祈祷 光鎖天縛六道廻廊」
一番目の頭を光の鎖でがんじがらめにして、その再生を中断させた。
鎖の先端を持って、まるで手土産のように一番目を持つ楓はゆっくり目線まで持ち上げていう。
「第一支部の一番目もこの程度……」
「待ちなさいよ!!!」
体勢を整えて、今度こそ帰ろうとするリオ達を止めるのは最後の砦カリストだ。
長い時間を要してしまったが、彼女もまた魔術の天童である。
一番目が行った解除を解析して、なんとか間に合わせた。
「二人をどこに連れて行こうってのよ!!」
カリストの魔力が膨れ上がる。
胸元から取り出したバッジを掴み、魔女の姿に変わろうとして、
「な、なに──きゃっ!」
腕を何かに絡みとられた。
見えない何かに。
それだけではない。
瞬時に身体に組みつかれた、ヌメヌメする触手のような何か。
カリストの四肢を固定して、強力な力で締め付ける。
(いし────き、が)
抵抗しようにも身体の自由が効かない。
口も分厚い肉で塞がれたカリストは徐々に意識が消え、暗転。
糸が切れたように力が抜ける。
その様子を背後から絞め落とした蛸の獣人、アッコロはにしし、と笑った。
「コイツもいたほうがいいんでしょ? 先生喜ぶよ、そこそこに」
「あ、アッコロ、ちょっとそれはえってぃがすぎるんじゃねぇでぁ?」
アッコロと共に現れるのは影で隠れていたベアだ。
しっかと混成変化も済ませ、臨戦体勢を整えていた。
アッコロがカリストに絡みつく様子を、指の間から見て頬を赤らめていた。
「なにぃよぉ、変な想像してんじゃないでしょぉねぇ?」
「し、してねぇであ! もししてたらそれはアッコロがえってぃなのがいけねぇでぁ!」
「なぁーにぃ、あーしのせいってぇ!?」
「まぁまぁ、二人とも」
二人が喧嘩を始めてしまったのでリオが制する。
今日はとても良い日だ。今ならどんな大罪人であっても、リオは許せる気がしていた。
「さぁ、先生の元へ帰ろう。今日は美味しいものを食べよう!」
「「「「おー!」」」」
五人は上機嫌で自分らの基地へと帰還する。
先生──シムラが待つ研究所、へと。
—
「な、なんてこった……」
第二支部と第一支部が戦い、第二支部の子らがいなくなるその時まで、海賊風の男──バンジャックは息を潜めていた。
彼らに嗅ぎ付かれることなく、やり過ごせたとはいえ事態は最悪だ。
元々助けを請おうとしていた相手がボロ負けで連れて行かれてしまった。
「くそ、ちくしょう……俺は……俺は!」
バンジャックは涙ぐむ。
こんなことに首を突っ込むべきじゃあないのだろう。
でも諦められない。
だって海賊は信念の生き物だ。
信念を曲げて生きてゆくくらいなら死んだほうがマシなのだ。
バンジャックは飛び出した。
路地裏の闇から、光当たる大通りへと。
読んでいただきありがとうございます。
少しでも“面白そう”と“続きが気になる”と感じましていただけましたら、『ブックマーク』と『評価』の方していただけますと幸いです。
皆様の応援が作者のモチベーションとなりますので、是非ご協力よろしくお願いいたします。